第114話 脅威

 負傷しているとはいえ、キャスパーの攻撃の手は緩まない。

 ただでさえ素早い吸血鬼の動きに、また誰か人間の血をのだろう‥‥‥完璧な覚醒状態というおまけ付き。更に、前回と違い奴に俺に対する油断もない。


 クロは前回より俺の血を大目に摂取してはいたが、それでもやはりまだキャスパーに力負けしているのは否めなかった。


 火花を散らし、鋭い爪が交差する。

 まさに文字通り死闘が繰り広げられていた。


 クロの戦いは実にトリッキーだ。


 バク転しながら敵の攻撃を回避し、逆立ちの状態から足技で相手を牽制する。


 回し蹴りにサマーソルト。フェイントからの切り裂き。

 態勢を崩しても強引にあの手この手で攻撃に転じる。

 

 柔軟な身体を使ったその動きはまさにアクロバティックで、圧倒的手数の乱舞だ。


 一方で、キャスパーの攻撃は一撃一撃が重い。


 クロの攻撃を弾き、強引にねじ伏せる。


 クロが二手三手と使いキャスパーの態勢をやっと崩して得たアドバンテージを、一撃の攻撃で一気に跳ね返す。


 まさに柔と剛の戦い。


 お互いの姿がはっきり見える今だからこそ、その凄まじさがよくわかる。


 魔獣にはない知性――駆け引きが、短い攻撃のやり取りの中に散りばめられている。


 これが地上最強の生物同士の戦い。


 吸血鬼同士の戦いが、過去にあったのかどうかを俺は知らない。

 クロは吸血鬼の表面上の事情や文句は口にしたことはあったが、深いところまで話してくれたことはなかった。


 だから、クロ自身が吸血鬼と戦った経験があるのかは聞いたことがなかった。


 吸血鬼は人間との戦いでは死なない‥‥‥それはつまり、常に模擬戦をしているようなものということだ。


 しかしこの戦いは違う。

 吸血鬼同士の戦いは――何よりこの闘いは必ずどちらかが死ぬ。


 クロにとっては恐らく、千年前以来の緊張感ある戦い。


 それでも、いつものようにクロは薄っすらと笑みを浮かべ拳を交えている。


 そんな中で、何とか隙を見てクロの援護に回る。 

 "ファイアボール"、"サンダーボルト"、"ブリザード"、"ブレイク"‥‥‥様々な汎用魔術、特異魔術を行使し、牽制、時には仕留めにかかる。


 しかし、与えたダメージは瞬時に回復されてしまう。


 クロとキャスパーの覚醒状態のの差を埋められるだけの効果を出すことが難しい。


 一方で広範囲の攻撃魔術は接近戦をしているクロを巻き込みかねず、なかなか発動できないでいた。


 そうこうしているうちにも、クロとキャスパーのダメージの差は開き始めていた。


 徐々にクロの傷が増え、肩で息をし始める。

 強がって笑みを浮かべているが、疲労の色が濃いのは目に見えている。


 対してキャスパーは、まだ余力を残しているように見える。


「クローディア‥‥‥あぁ。お前も所詮、人間に絆された仲間だ‥‥‥。敗因はそこだ」


「――‥‥‥戦闘中にうるさい奴だ、陰気野郎。私はあんたとは同類じゃない。‥‥‥それに、勝ちを気取るのは私が膝をついてからにしな」


 キャスパーは少しヘラっと笑みを浮かべる。

 覚醒状態でハイになっているのか。


「それもそうだ‥‥‥。私はもう――自分の意思では‥‥‥止まることはできない‥‥‥!」


 このままじゃジリ貧だ‥‥‥俺の魔力も無限じゃない。


 さすがにそろそろ限界か‥‥‥。


 相手を怯ませる程度の魔術じゃだめだ。


 やはり、キャスパーを仕留めるには、修復する暇もないほどの魔術をぶち込むしかねえ‥‥‥!


 極限までキャスパーの体力を削いで、クロにトドメを刺させる。

 それしか道はねえ。

 

 使うか‥‥‥一発限りの大魔術‥‥‥!

 消費魔力が多すぎて、一発限りなのはネックだが、今はそれしかねえ。


 俺は腹を決め、地面を破壊しキャスパーの戦闘範囲から離脱する。


「クロ、をやる! 少し時間を稼いでくれ!」


「なっ‥‥‥」


 一瞬困惑した声を漏らすクロだったが、すぐさま理解する。


「"メナス"か‥‥‥!!」


 その様子の変化に、キャスパーが反応する。


「何をするか知らないが‥‥‥余計なことはさせる訳には‥‥‥いかない!」


 クロを弾き飛ばし、キャスパーが俺に襲い掛かる。


 しかし、クロがその間に強引に割って入り、攻撃を受ける。


「くっ‥‥‥!! ギル、さっさとしろ!」


「クローディア‥‥‥! まだ余力があったか‥‥‥!!」


「任せたぜ‥‥‥!!」


 俺は魔力を深く深く練る。

 身体の中の魔力が循環するのを感じる。


 俺はキャスパーに向け手をかざす。


 これは――俺が使える魔術でも唯一、使魔術だ。


 俺は深く息を吸い込む。


『天から降りし浄化の慈雨、天に浮かびし慈悲の光帯――』


 風がやみ、静けさが訪れる。

 嵐の前の静けさ――。


 それは俺の魔術が呼んだものではなかったが、明らかに空気が変わる。


『光り、束ね、瞬き、崩壊す。その穢れなき閃光をもって――』


「これは‥‥‥まさか‥‥‥!」


 キャスパーがハッとした表情で上を見上げる。

 多重の魔法陣が、キャスパーの頭上を覆う。


 クロは頭を覆うようにして俺の後ろへ飛びのく。


『不浄なる者を滅却せよ。聖なる光の脅威を知れ』


「くっ‥‥‥!!」


 キャスパーは腕を交差して頭上に掲げ、ガードの姿勢を取る。


『――"メナス・レイ"』


 刹那、白く輝く眩い光線が、キャスパーの頭上に降り注ぐ。


 目の前が真っ白になる程発光し、視覚も聴覚も全てが無になる。

 全てをゼロに還す浄化の光。


 それは、光の脅威。

 キャスパーを包み込むように、優しく暖かい光が静かに降り注ぐ。


 詠唱有りの光魔術。

 光の魔女ニルファ‥‥‥つまり、オーレリアから教わったとっておきだ。


 地獄の炎インフェルノも真っ青の――超高威力魔術!!


「蒸発しろ! キャスパー!」


「ぐおおあああああああ!!!」


 けたたましい叫び声をあげ、キャスパーが白い光の中で黒い炭となる。

 一瞬にして身体が崩壊するほどの激しい魔術。


 穏やかな光と真逆の、想像を絶する光景。

 しかし、吸血鬼の驚異的な回復能力ですぐさま肉体は再生する――――が、すぐにまた燃え尽きる。


 破壊と再生、無限に続くそのループに、キャスパーの叫びは鋭さをます。


 ボロボロの身体をしたクロが、俺の元に寄る。


「メナスか‥‥‥――何度見てもおっかないねえ‥‥‥あれ使ったの本当久しぶりだろギル」


「久しぶりに決まってるだろ‥‥‥! こんなの人間に使えるかよ‥‥‥! つーか集中切れるから話しかけるな‥‥‥!」


 全盛期には及ばねえが、威力は申し分ねえ。

 これで魔力はほとんど使い果たすことになる‥‥‥。


 だが、恐らくそれだけの価値はあった。完全にキャスパーの体力を削れている。


 今なおキャスパーは叫び声をあげながら、光の中で灰になり、また再生してを繰り返している。


 このまま魔術が途切れるまで破壊と再生を繰り返せば、いくら吸血鬼といえど消耗は激しいはず。


「クロ! 今のうちにトドメを刺すために態勢を――」


 ――瞬間、パキンと、何かが割れる音がする。

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