第113話 透明

 外は騒ぎになっているようで、一般人が港の方から逃げてくる。


 しかし、俺たちの家の周りもさっきの音で警戒されたのか、こちらに逃げてくる人はいない。


 魔術の反応は殆ど港の方から感じ取れる。


 坂の下、大通りの方では、魔獣が蔓延っているのが分かる。

 キマイラやゴブリン、オーク‥‥‥一般人に敵う相手ではない。


 騎士達が応戦する姿が遠目に見える。


 恐らくリザさんスピカさんが連れてきた騎士たちが対応に当たっているんだろう。


 騎士団の精鋭部隊だ、遅れを取ることはないか‥‥‥。


 でも、さっさと俺もキャスパーをどうにかして向かわねえと。


 存在証明‥‥‥。


 魔神信仰が本当に復活すれば、歴史が繰り返してしまう‥‥‥。

 奴ら本当に何を考えてやがる‥‥‥。


「よそ見してる暇はないぞギル!!」


 クロが俺に声を掛け、俺はハッと目の前の相手に意識を戻す。


 そうだ、まずはこいつを何とかしないと始まらない。

 集中しろ。


 キャスパーの姿が消えた‥‥‥完全に。

 これは奴のブラッドスキルだ。


 能力は透明化‥‥‥前回の戦いを踏まえればほぼ肉眼で捕らえることは不可能。


 動きが速いだけの相手なら攻撃の瞬間や使っている魔術で魔力探知が可能だが‥‥‥吸血鬼は魔力を発する攻撃をしないため、魔力探知での捕捉も不可能。


 クロのように吸血鬼の気配を察知できれば良いんだが、残念ながら人間の俺には分からない感覚だ。


 ――ここは純粋に音と殺気で判断するしかねえ。


 範囲攻撃で無差別に攻撃するか‥‥‥あるいはギリギリまで引きつけて接近戦に持ち込むか。


 透明化を使うような魔術師とは戦ったことはないが、気配遮断の魔術が似たような感じか‥‥‥。


 そう考えると、不思議とワクワクした感情が込み上げてくる。

 懐かしいこの感覚。死と隣り合わせの、真剣勝負。


 やっぱり戦いはこうじゃねえとな。

 俺もリオルのことを言えねえな。

 

「一気に行くぞギル」


 そう言ってクロも自分の手首を掻き切る。


 ドクドクと溢れ出る血液が、じっとりと地面に垂れていく。

 垂れた血が足元に水たまりの様に広がり、その中から人型の物体が姿を現す。


 それはまるで彫刻を作っているかのように、少しずつ細部がハッキリとしだす。


 クロと瓜二つのドッペルゲンガー。


 これで数は3対1だ。


「行くとするか」


 タッタッと地面を蹴る音だけが闇に木霊する。

 そのスピードで、風が吹き抜ける。


 意識を音に傾け、キャスパーの位置を把握することだけに集中する。


 ――瞬間、ゾワっと身体が反応する。


「ギル、そっち行ったぞ!!」


「わかってるよ――っ!」


 正面ジャスト‥‥‥!!


 "ファイアボール"を複数個宙に浮かべ、弾幕のように放出する。

 火球はそれぞれ別の軌道を描く。


 地面や壁に衝突し、黒く燃え跡を残す。


 ――しかし、手応えはない。


 刹那、空を切る音。


 俺は咄嗟に上半身を後ろに逸らす。


 俺の頬を鋭い何かが掠める。

 頬にツーっと血が垂れる。


「っぶねえ‥‥‥速えな相変わらず‥‥‥!」


 集中しろ俺‥‥‥!!


 敵は目の前、俺なら避けられる!!


 殺気と風‥‥‥見えないけど、


 右、左、右――上、斜め下から斬り‥‥‥上げッ!


 動きを予測し、ギリギリでキャスパーの攻撃を躱す。


「下がれ、ギル! 交代だ!」


「オッ‥‥‥ケー!!」


 俺は振り下ろされるキャスパーの両手に合わせて、特異魔術を発動する。


 弾けるようにしてキャスパーの血が飛び散る。


 確かな感触‥‥‥!


 その隙に、一旦キャスパーと距離を取る。


 そこに入れ替わるようにクロ達が入り込む。


 何もないはずの暗い空間に、火花が散る。

 刃物にも勝る覚醒した吸血鬼の爪が弾け、剣戟のような音が響く。


「「ハアァアアアア!!」」


 恐ろしく連携の取れたクロ達の攻撃は、キャスパーの意識を俺の方に全く割かせない。


 膠着状態が続く。

 お互いがその鋭い爪で斬り合い、強靭な肉体が激しくぶつかり合う。


 他の騎士が見たら魔獣だと思って攻撃してきそうだなこれ‥‥‥。


 吸血鬼同士の斬り合いに、付近の家は斬り刻まれ倒壊し、踏み込んだ足跡が地面に残り、その衝撃で風が吹き抜ける。


 その戦いは、まさに嵐のようだ。


 慌てるな、チャンスはくる‥‥‥。


 しばらく拮抗した戦いが続く。

 地上最強生物同士の殴り合い。


 ――が、やがて拮抗が崩れる瞬間が訪れる。


 足を掬われたクロの分身がキャスパーの蹴り(見えないが恐らくそうだろう)を食らい後方に吹き飛ばされ、クロ自身も両腕を掴まれると捻り上げられ苦悶の表情を浮かべる。


 クロは全力で頭突きを繰り出すと拘束から抜け出し、一旦分身の位置まで後退する。


 ――今だ!


「"アイスエイジ"」


 俺を中心に、バキバキと冷気が広がり、一瞬にして辺りが凍り付く。


 前回はこれで一瞬動きを止められたが――しかし、周りにキャスパーの姿は見当たらない。


 すると、クロが叫ぶ。


「ギル、上だ!」


 魔術の効果範囲外に逃げたか‥‥‥!


 だとすると、このまま俺に攻撃してくる可能性が高い!!


 俺は"展開"で破壊領域を拡大し、防御態勢に入る。


 バチッ!! っと音が響き、俺の領域内に何が入り込む。

 サラサラと砕けた欠片が降り注ぐ。


 恐らく、キャスパーの爪か‥‥‥!


 タタッと足音が聞こえ、キャスパーが俺の領域から一旦離れるのを感じる。


 その動きをクロは見逃さなかった。


「行け!!」


 分身のクロは勢いよく飛び上がると、透明なキャスパーを鋭利な爪で切り裂く。


「ぐっ‥‥‥!」


 瞬間、キャスパーのブラッドスキルが解除される。

 透明だったキャスパーが視認出来るようになる。


 キャスパーは切り裂かれた脇腹を抑えるようにして苦悶の表情を浮かべる。


 それに追撃するようにクロが飛び上がる。


 キャスパーはそれを迎え撃とうと、攻撃に転じようと体制を立て直す。


 俺はそれを阻止するよう、"光縛"を発動する。

 触手の様に伸びる光の鎖が、キャスパーを空中に固定する。


「喧しい魔術だ‥‥‥!」


「死ね、キャスパー!!」


「甘い‥‥‥!」


 キャスパーは身体を捻り、強引に俺の光縛から抜け出す。


 さすがは吸血鬼か‥‥‥!

 身体能力が尋常じゃねえ‥‥‥!


 逆に空中に無防備で飛び上がったクロは腕を掴まれると、背負い投げの要領で地面に叩きつけられる。


「ガハッ!!」


「クロ!」


 そのままキャスパーは降下のスピードを利用し、地面に伏すクロに襲い掛かる。


 伸ばした爪が、クロの首を目掛けて勢いよく突き出される。


「くっ‥‥‥!」


 瞬間、クロは身体を子供の状態まで一気に退化させ、頭の位置をずらす。


「?!」


 さっきまで頭のあった位置に、深々と4本の穴が空く。


「あぶねえ!」


「小賢しい機転を利かせおって‥‥‥!」


 可愛らしい幼女の姿のクロが、ゴロゴロと転がりながらキャスパーの攻撃圏内から脱出してくる。


 俺の横まで来るとすぐさま身体を元に戻し、態勢を立て直す。


 ――と、安心した刹那、クロの分身が勢いよく後方に吹き飛び壁に激突する。


 分身は溶けるようにその表面が歪むと、その場に水をぶちまけたかのように弾ける。


「これで五分だ、クローディア‥‥‥!」


「その傷で言われてもねえ‥‥‥お前を殺すのは私達だ‥‥‥!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る