第112話 交わらない吸血鬼

「キャスパー、吸血鬼は殺せ」


「待てコラ!!」


 俺は追撃するように身体の周りに雷を生成する。

 バチバチと雷鳴を轟かせるそれは、それぞれが槍の形状を形どる。


 俺は右手を、背を向けるアビスのリーダーへとかざす。


 周りに浮かぶ雷の槍は吸い込まれるように次々と射出される。


 しかし、その行く手を阻むキャスパーが両手を広げ、その悉くを叩き落す。

 その両手からは焦げ臭い煙が立ち上がる。


 そうこうしているうちに、キャスパー越しに見える、漆黒に揺蕩うゲートは、完全に"アビス"のメンバーを包み込む。


 そして、まるでシミが消えたかのようにさっぱりと消える。


「くそっ‥‥‥吸血鬼‥‥‥! 余計な事しやがって!!」


 俺の雷により焼け焦げたキャスパーの手が、驚くべき速さで回復していく。


 既に、俺の攻撃した痕跡は完全に消える。


 キャスパーは髪をかき上げるようにしながら、ぼそりと呟く。


「あぁ‥‥‥分かっている‥‥‥分かっているさ‥‥‥。良いように使われているのは‥‥‥」


 くそ、あの野郎言いたいことだけ言って消えやがって!

 何もわかんねえよ!


 存在証明だ? 今日この町で自分たちの存在を大々的にアピールするつもりか‥‥‥!


 追うか?

 ――いや、それよりもこの門番をどうにかしねえと。


 目の前の相変わらず痩せこけた色白の男は覇気は無く、ただ執念が灯る瞳だけが俺とクロを見据えている。


 立ちはだかるのは、地上最強の生物。

 吸血鬼、キャスパー。


 彼の置かれている状況が、今、完全にわかってしまった。


 クロは言う。


「キャスパー‥‥‥。君が同胞殺しをする理由は理解したよ」


 クロは哀れみの籠った目でキャスパーを見つめる。


 他人事ではない‥‥‥そうキャスパーが言った意味。

 人との繋がり‥‥‥。


 キャスパーはゆっくりと目を瞑り、深く息を吐く。


「――それなら本望さ。私は‥‥‥私はただ、最善を尽くすだけだ」


「君の最善というのが、私を殺すことか? 反抗する牙すら抜かれてしまったのか?」


 キャスパーは頷く。


「君を殺せば、少なくともを乗り切ることが出来る‥‥‥最悪の結末は回避することが出来る。私は‥‥‥下手なことをして万が一を引きたくないんだよ、クローディア」


「回避じゃないさ。君のやってることはただ先延ばしにしてるだけだ」


「ふっ‥‥‥そうかもな。だが私にはどうすることも出来ない。‥‥‥リエラが‥‥‥彼女が俺に打ち込んだ楔は、まるで呪いだ。振りほどこうにも、深く刺さって抜けないんだ‥‥‥」


 キャスパーは苦しそうに自分の胸の辺りを握りしめる。


「彼女が散り際に残したは、私を‥‥‥私をこうも束縛する。私は、選択を間違ったのさ」


 自嘲気味に笑うキャスパーに、クロが呆れた様子で言葉を零す。


「吸血鬼の端くれの癖になに言ってるんだ。私達が行く道が正解だ、後悔なんてしない、そうだろう?」


 しかしキャスパーは頭を振る。


「言っただろう‥‥‥いずれ君にも分かると。‥‥‥孤独であるということが、どれほど自分を最強たらしめていたか。‥‥‥今の私は、下等な人間にさえ操られるただの人形だ」


「キャスパー‥‥‥」


 言いたいことはある。

 だが、これは吸血鬼の生き方の問題だ。


 俺に口を出すことは出来ない。


 吸血鬼という最強の種族が、たった一つ弱点を握られただけでこれほど衰弱してしまう。

 その姿は、到底人間とは次元の違う生物だとは思えなかった。


 結局、吸血鬼もまた俺たちと同じだ。


「君の言い分は分かった。その決意も。――ならば‥‥‥」


 クロは拳をパキパキと鳴らす。


「――私達は殺し合うしかないな」


「元からそれでしか解決できない問題さ。そうだろ? クローディア。私のことを調べたようだが、意味はないのさ。――結局、私たちは相容れることはできない。‥‥‥お互いの理想を通すなんてことは不可能だ。どちらかが死に、どちらかが望みを叶える」


「我を通すのが、私たち吸血鬼だ」


 クロの目が赤みを帯びる。


 牙が鋭さを増し、爪がまるで刃物の様に鋭く伸びる。

 バキバキと音が鳴り、肉体が覚醒していくのが分かる。


 対して。


 反対側に立つキャスパーの目が黄色く光る。


 色白い肌はより不健康さを増し、青い血管が浮き上がる。

 牙、爪が伸び、獣のように低く唸る。


「同胞殺しの罪‥‥‥死んで詫びろ、キャスパー!」


「間違った選択だとしても! 私はこの道を進むしかないんだ!」


 クロとキャスパーが、臨戦態勢に入る。

 空気がビリビリと震える。


「行くぞギル! 絶対にこいつを殺す!!」


「わかってる‥‥‥"アビス"の思い通りにはさせねえ!! 何よりクロを殺させるかよ!」


 キャスパーも吠える。


「人間如き、とるに足らん! 油断はもうしない‥‥‥前回のようにはいかんさ!」


「私が認めた男だ! 甘く見るなよ‥‥‥!」


「ほざけ‥‥‥!!」


 闇の中に、キャスパーの黄色い眼光が光る。

 その動きはまるで獣だ。


 俺は殺気を感じ、勢いよく後方へと飛びのく。


 刹那、俺の立っていた場所に鋭い爪痕がくっきりと刻まれる。


 こいつ、本気だ!


「ギル!」


「大丈夫だクロ! 2人でやるぞ、お前は血が足りねえんだ、サポートは任せろ!」


 クロはコクリと頷くと勢いよく壁を走る。


 天井まで一気に駆け抜け、勢いよく空中で回転すると、そのまま踵落としをキャスパーの脳天に繰り出す。


 それを横に飛びのき避けようとしたキャスパーの足に向けて、俺は"ブリザード"を放つ。


「ぐっ!」


 瞬間的に凍った足は、キャスパーの逃げる隙を潰すのに十分な時間を稼ぐ。


「オラアアアアア!!!」


 ガン!!! っと鈍く低い音が部屋中に響き渡る。


 キャスパーは両腕を上げ、交差してクロの踵落としをガードする。


 ――隙あり!


 俺は両腕の上がったキャスパーの脇腹に手を添える。


「"ブレイク"!」


 キャスパーの脇腹が抉れ、血が噴き出る。


 これで多少は――と喜んだのも束の間、その傷は一瞬にして回復する。


 回復速度は前回の比じゃねえ‥‥‥!


「わかっていれば‥‥‥回復するくらい造作もない」


「いちいちうるさいんだよ、陰気野郎が!!」


 クロは踵落としを受け止められた姿勢からそのままグルンと身体を回転させ、回し蹴りの要領でキャスパーのこめかみを蹴りぬく。


 それを更に腕でガードしたキャスパーは、その勢いに負け横に吹き飛ばされる。

 家の壁が崩壊し、通りに吹き飛んでいく。


 俺たちもそれに続いて外に出る。


 月明りに照らされる坂に、額の血を拭う色白のくたびれた吸血鬼。


 その吸血鬼は自分の首を切り裂くと、血を全身に浴びる。

 虫食いの様に、キャスパーの身体が消えていく。


 そして、完全に姿を消す。


 闇が襲い掛かる。

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