第111話 存在証明

「魔獣か‥‥‥!」


 魔術学校ロンドールの時と同じ‥‥‥!

 また魔獣が‥‥‥しかもこの町に放たれたのか‥‥‥!


「察しが良いな」


「この町には普通の人が沢山いるんだぞ‥‥‥なんてことしやがる‥‥‥!!」


 すると仮面の男は焦る様子もなく淡々と言葉を紡ぐ。


「安心しろ、ここ数日私達を嗅ぎまわっていた奴らが相手をしているさ。それより、せっかくのいい機会だ、今は話をしようじゃないか」


 仮面の男は攻撃の意思はないと言わんばかりに両の手の平をこちらに向けて上げて見せる。


 話だと?

 わざわざ俺と‥‥‥。いや、確かにこいつらは前から俺のことを気に掛けるそぶりがあった。

 何か聞き出せるチャンスかもしれない。


 冷静になれ、俺。


 向こうには吸血鬼もいる‥‥‥迂闊に動けばお互いただでは済むまい。


「どうやら俺のことを何処かで知ったみたいだが‥‥‥お前は何者だ?」


「私は"アビス"のリーダーであり、先導者であり、過去を体現するものだ」


「リーダーね‥‥‥‥‥‥」


 俺のことをなぜか知っていて、そしてわざわざ新人戦を楽しめとまで言ってきた人物だ。俺とただの無関係とも思えない‥‥‥。


 正直リーダーという事以外、何のことかさっぱりわからねえが、魔神が関与してるってことだけはハッキリしている。


 それだけで、俺がこいつらを止める理由は十分だ。


「‥‥‥何が目的だ? お前らがこんな騒ぎを起こしてまで俺たちの前に姿を現した理由がわかんねえな。今までだって俺に接触する機会はいくらでもあったはずだ。何でこんな堂々と」


「順番が逆だよ、ギルフォード。逆なのさ」


「何?」


「何も君だけが目的じゃないという事さ。‥‥‥これは言わばおまけみたいなものだ。都合がよかったからにすぎない。今なら、邪魔も入らないだろう」


「じゃあなんだってんだよ」


 仮面の男は手を掲げ、人差し指を立てる。


「――――これは私達の存在証明だよ」


「存在証明‥‥‥?」


「今宵、人々は初めて私達の存在を認識する!」


 仮面の男は高らかにそう叫ぶ。


「魔神とは‥‥‥魔神と言う絶対的な力を求めた非魔術師達による信仰によって顕現したこの世を破壊する者だ」


「‥‥‥それをわかった上で繰り返そうっていうのかよ」


「時が来ればわかる。魔神信仰は広まり、また時代は千年前にさかのぼる!!」


 魔神信仰‥‥‥俺たちが生きた‥‥‥魔術師の黄金時代‥‥‥。


 俺は思わず鼻で笑う。


「はっ下らねえ、今魔神が復活したところで、誰も喜びやしねえよ。何百、何千、何万と犠牲者を出したあの魔神との大戦を求める奴なんかいねえ」


「いいや、いるさ! 暗黒時代、失われた歴史や文化・魔術的遺産。そして、今なお続く魔術衰退の歴史‥‥‥。魔神と言う最大の敵を前に、魔術は最盛期の力を取り戻す!! それに魅力を感じる人がゼロとはいえない。‥‥‥特に君ならわかるだろう? ギルフォード・リーブス。あの時代を生き抜いた君なら! この弱り切った世界を、君は自分の世界と認められているのかい?」


 認められる? 最盛期? 

 ――なんだそりゃ。


 俺は力一杯拳を握りしめ、仮面の男を睨み叫ぶ。


「当たり前だ!! 俺たちが命がけで救った世界だぞ! 魔術の最盛期!? そんなの関係ねえ。魔術師なんか必要としない、平和な今の時代こそ、人類にとって幸せな時代だ!」


 俺の叫びに、仮面の男はやれやれと肩を竦める。


「――君ならいずれ分かってくれると思っているよ。今は相いれないようだがね。‥‥‥だが世界は今夜で一変する。国が隠し続けた私達の存在が明るみになる。魔神信仰という新たな希望。行き詰ったこの時代を次のステージへ導く新たな存在を知るのだ。――今夜はその存在証明だ」


 仮面の下の顔はわからない。

 しかし、俺にはわかる。奴は笑っていた。


 子供のように、楽しげに。


「だれがそんなのに付いていくってんだよ。人類が苦しめられた魔神なんかに」


「何度でも言おう、時代は、歴史は繰り返すのさ‥‥‥。君にとっては昨日の出来事でも、この時代にとっては千年も前の忘れさられた記憶‥‥‥ただの伝説だ」


「戯言だ。お前達はここで俺に全員殺される」


「ふっ、君なら可能だろうな。だが、彼の存在を忘れていないか?」


 パチンと指を鳴らすと、キャスパーが一歩前へ出る。


「吸血鬼は人類の脅威たり得ていない‥‥‥それは彼らの特性が為せることだ。だが、その力は絶大。魔神信仰の土壌を安定させるうえで、魔神に対抗しうる存在は必要ない。今の時代に、君の様な魔神に対抗できる魔術師などいやしないのだから」


 その時、やっと俺はキャスパーが同胞殺しをさせられようとしている理由を理解する。


 そうか、そういうことだったのか。


 至極単純で、奴らにとってみればむしろ当然の願い‥‥‥!


 魔神の居る世界に、最強の生物は2つもいらない。


「それが狙いか‥‥‥! お前にとって魔神が何だってんだ!? そこまでする信念があるのか!?」


「今は君にそれを語る時ではない。‥‥‥気が変わったらいつでも待っているよ。どのみち今夜でこの国は変わる。魔神信仰という新たな道を知るのだ。それはじわりじわりと緩やかに地面に浸透し、やがて地盤沈下のようにしてこの国を揺るがす。私は急いではいない。これは始まりだ。君はただそれを見ていればいい‥‥‥青春の1ページとしてな」


 そう言って仮面の男はエリーに合図する。


 すると転移ゲートが現れ、仮面の男とエリー、そして捕らえられていた女性が中へと入っていく。


「行かせるかよ!」


 俺のサンダーボルトが仮面の男の背後に放たれる。


 しかし、それをキャスパーの爪が弾く。


「キャスパー‥‥‥!!」


「さらばだ、ギルフォード・リーブス!! 今夜は始まりだ!! 私達の門出に相応しい夜にしよう!」

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