第110話 襲来

 深夜――。

 その時は本当に突然訪れた。


 今後キャスパーや"アビス"達がどういう行動を取ってくるのか……。

 あれやこれやと思考を巡らせ、結局どれもあり得るような気がしてきて。


 そんな思考が疲れ放棄し、とりあえず眠ろうとクロとともにベッドに入ったのが数刻前。


 真っ暗闇の中、シーンと静まり返るカリストの町に突如、魔術の反応が走る。


 その反応に俺の身体が反応し、俺は無意識に飛び起きる。

 この反応は、明らかにしかあり得ない。


 ――そして、ベッドの横で俺と同じように飛び起きた女性が1人。


 クロもを察知したようでバッと俺の方を見る。


「ギル‥‥‥出たぞ‥‥‥!」


 そう言いながらクロはベッドから飛び出し、お気に入りの黒い服を着る。


 俺も起き上がり、ロンドールの制服を着ながら頷く。


「わかってる、恐らくエリー・ドルドリスの転移魔術‥‥‥!」


「そこにタイミングよくキャスパーの生命反応か‥‥‥!! セットでお出ましときたか」


 俺は詳細な魔力反応の位置を割り出す。

 反応の少ない夜は魔力の反応を察知するのに絶好の環境だ。


「これは‥‥‥前回と同じ‥‥‥倉庫街の方か? いや、もっと近い‥‥‥港の方だな」


 クロも同意するように頷く。


「そっち方面なのは確かみたいだな‥‥‥キャスパーの反応もそっちだ。でもなんで急に町に‥‥‥私を狙っているんじゃなかったのか?」


「何かするつもりなのかもしれん。でもこれだけバカでかい反応だ、スピカさんやリザさんが見逃すはずがない」


 "アビス"の目的はあくまでキャスパーを使った吸血鬼殺しだったはず。


 だとしたら、またキャスパーによってクロが呼び出されるものと思っていたが‥‥‥。

 そもそもキャスパー自体、人に見つかるのを避けていた節がある。それが、特定の誰かにせよ。


 それが港に堂々と現れたとなると‥‥‥もうこそこそする必要がなくなったということか?

 

 ――いや、もともと"アビス"はこそこそしていたと言うよりは、やることを最小限のリスクでやっていただけだ。


 だとするとこの登場にも何か意図があるはず‥‥‥。


「ギル、先に血を貰うぞ」


「あぁ、そうだな」


 クロは俺の首筋に口を当てる。

 鋭い牙が俺の皮膚を貫く。


 鋭い痛み。

 身体が火照る。

 血が吸い上げられ、身体の力が抜ける。


 キュポンっと牙が抜け、クロは口元を拭う。


「ふぅ‥‥‥これでいつでも覚醒できる」


「相変わらず血を抜かれるのは気だるいな‥‥‥。で、キャスパーの反応はどうだ?」


「キャスパーは‥‥‥いや、ちょっとまて、キャスパーの反応が動いてる。どんどん近づいてるぞ‥‥‥!!」


「近づいてる? 俺たちに?」


 クロは渋い顔で眉間に皺を寄せる。


「ちょっとまて、待て待て待て待て‥‥‥!! 反応が近――」


「近いってどれくら――」


 瞬間、クロが鬼の形相で俺を押し飛ばす。


「うおっ」


 刹那、ディアナの家の壁が崩壊し、勢いよく黒い何かが部屋に飛び込んでくる。

 黄色い、2つの閃光。


 俺を突き飛ばしたクロは、ものすごい勢いで後方へ吹き飛び、激しい音を立て壁に激突する。


 飛び込んできた何かを微かにとらえた俺の眼は、それを見たことがあった。


 近いって‥‥‥そういうことかよ!!!


 は俺の前を勢いよく通り過ぎ、クロに絡みつくように飛びつく。


 激しい雄たけびを上げながら、はクロに長い爪と牙を突き立てる。

 クロはすんでのところでそれを躱す。


「クロ!!」


 家に空いた穴から、綺麗な月光が差し込む。

 室内が、ほんのりと明るく光る。


 クロは飛び掛かってきたの口と手を必死に抑え、身体に打撃を何発も加える。

 鈍い音が何度も響くが、しかし、覚醒したには一切効かない。


 ――瞬間、クロも覚醒し、目が赤く光り、獣のような形相で叫ぶ。


「ちぃ‥‥‥この、キャスパアアアアアアア!!!」


「クロ―ディア!!!」


 やはりキャスパー!!

 既に戦いが始まってしまった‥‥‥!


 すると、部屋に差し込む月光を遮るように、何者かが壊れた壁の上に立つ。


 そこには3人の姿があった。


 1人はエリー・ドルドリス。相も変わらずふてぶてしい表情で、けだるそうに俺を見つめはにかむ。

 前回の戦いが余程癇に障ったのか、若干のいら立ちが見える。


 その左腕には、初めて見る茶髪の女性が、腕を縛られ捉えられていた。

 うつむき気味に顔を伏せ、目だけでキャスパーとクロを見つめている。


 そしてその隣‥‥‥明らかに他の2人より怪しいオーラを放つ人物。


 鉄の仮面のようなものを被り、その下の素顔は見えない。

 ただ、背格好からして恐らく男だろうということはわかる。


 この2人と一緒にいるということは、おそらくこいつも"アビス"だ。


「揃ってお出ましかよ‥‥‥!」


 まさかこんな直接的な行動に出るなんて、こいつら‥‥‥!

 まさか、町中で堂々と襲ってくるなんて。


 すると、仮面の男は、至って冷静に静かに声を出す。


「一旦下がれ、キャスパー」


 しかし、キャスパーはクロから離れようとしない。


 仮面の男はエリーに合図を送る。


 直後、エリーの捉えている女性が苦悶の表情を浮かべ叫ぶ。


「あぁあああああ!!」


 すると、クロを襲っていたキャスパーの動きがピタリと止まり、ワナワナと震えながら振り返る。


「ぐっ‥‥‥!! わかった、わかったからやめさせろ‥‥‥!」


 女性は叫ぶのをやめ、ぐったりとその場に座り込む。


 キャスパーはいったんクロから体を離すと、マスクの男の横に移動する。


 何だ今の反応‥‥‥まさか‥‥‥あの女性が。


「大丈夫か、クロ」


「ああ‥‥‥。ったく、寝起きにいきなり不意打ちとはやることがえげつないねえ、キャスパー‥‥‥!」


「どういうことだ‥‥‥。"アビス"の連中と吸血鬼が揃いもそろって人んちに何の用だ? こんな事したら、すぐに異形狩りやゾディアックの奴らが押し寄せるぞ」


「落ち着け、ギルフォード・リーブス」


 こいつ、俺の名前を‥‥‥。


「聞こえないか? この悲鳴が?」


「は‥‥‥?」


 すると遠くから人々の叫ぶ声が、かすかに聞こえてくる。


 それとともに、何かが唸る、低く身体の芯に響く猛々しい声。


 それに呼応するように、発生する魔術の反応。


「まさか‥‥‥!」


「――だから慌てる必要なんてないんだよ、ギルフォード」

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