第107話 見慣れた顔

「吸血鬼の王って‥‥‥俺のイメージだと吸血鬼って横並びで上下関係なんてないと思ってたんだが‥‥‥」


「もちろんその通りさ。吸血鬼の王ってのはまあ何というか彼の愛称みたいなものでね。それぞれの吸血鬼たちについて詳しい男なのさ。吸血鬼の中で一番吸血鬼を愛している男と言い換えてもいい」


 吸血鬼の中の吸血鬼‥‥‥。


 だとすると、吸血鬼の集会を始めようなんて言い出したのも彼かもしれない。


「何だそれ‥‥‥吸血鬼博士みたいなものか?」


 するとクロはブルブルと身体を振るわせた後、大声で笑う。


 足をバンバンと叩き、豪快に声を上げる。


「おい、ツボに入り過ぎだろ!」


「いやいや博士って‥‥‥! 奴が聞いたら即殺されるぞ、ギル」


「めんどくせえな‥‥‥。頼むから俺がそう言ってたというのはその王様とやらには言わないでおいてくれよ」


 ただでさえキャスパーを相手にしなきゃいけないってのに、吸血鬼の王まで相手にしてたらさすがの俺も死を覚悟せざるを得ない。


 一通り笑い終えると、クロはふうっと軽く息を吐く。


「まあ冗談はさておき‥‥‥情報を得るために一応君も連れて行きたいところではあるんだが‥‥‥」


「どうせ、そいつも人には興味ないんだろう? 吸血鬼愛が強すぎて、人間への興味がまったく持てないタイプと見た」


「ご明察。悪いがギルはカリストで居残りしていてくれ。幸い今はカリストにキャスパーの気配はない。しばらくは安全だろう」


「つーか狙いはクロだし、クロが近くに居なければ基本安全だからな」


「はは、それは言えてる」


 結局キャスパーの狙いはクロ‥‥‥ひいては吸血鬼の全滅だ。

 吸血鬼の近くに居さえしなければ俺たち人間に何ら害は無い。


 ‥‥‥はずだが、裏で"アビス"が糸を引いていると分かった以上、そう簡単にその事実を受け入れていいものか。


 何故なら、奴らの目的がそれだけとは限らないからだ。

 もしキャスパーを自在に操る術を持っているのだとしたら、彼らは最大級の暴力を手に入れたようなものだ。


 吸血鬼殺し以外にも何か目的があるのだとしたら、人間にとって吸血鬼が初めて脅威と呼べる存在になってしまう。


 ――それに、クロに死なれても困るしな。


「という訳で、私は数日居なくなる。その間カリストでも観光していてくれ」


「ま、そうだな。綺麗な町だし、いろいろと散策でもしてるわ。せっかくの休みがずっと血生臭いのも嫌だからな」


「楽しい休日をすごせよ、ギル。これも青春だ」


「どの口が言うんだよまったく‥‥‥」


 そうしてクロはあっという間に身支度を済ませ、カリストを出発した。


 クロなら何らかのヒントを持って帰ってくるだろう。


 吸血鬼の王‥‥‥少し興味はあるが、仕方ない。

 

 キャスパーの情報。

 それがこの戦いの何か決定打になってくれるといいが‥‥‥。


 本来はキャスパーさえ殺してしまえば済む話なのだ。

 それでもクロがそのを読もうとしている。


 あの倉庫での対話が、少なくともクロに何かを考えさせるきっかけになったのだろう。


 ならば、俺はクロが気のすむまでやるべきだと思う。


 とりあえず、今はクロの帰りを待とう。


◇ ◇ ◇


 という訳で、久しぶりのオフだ。


 俺は何となくカリストの町を見て回る。


 港や酒場、武器工房を見て回り、露店なんかも散策した。


 坂が多い町だけあって、歩くのは結構骨がいるが、最高の天気と涼しい潮風で絶好の観光日和だった。


 まさかこんな町で吸血鬼同士の戦いが起こっているなど、誰も想像できないだろう。


 血生臭い戦いは、夜の闇に紛れ行われている。


 あの時もし‥‥‥スピカさんやサイラスが来ていなかったら。

 吸血鬼キャスパーが、あの場の全員を皆殺しにすると覚悟を決めていたら、正直どうなっていたかはわからない。


 ――まあ、結局たらればだ。今は何もなかったことに感謝しよう。

 

 そんなことを考えながら俺は少し人通りの少ない道に入り、たまたま目に入った雑貨屋に入る。


 さすが港町だけあり、見たことのないような装飾品や嗜好品が並んでいる。


 だが、正直俺には用のない店だったかもしれない。


 そう思い店を出ようと踵を返すと同時に、店のドアが開く。


「あーいたいた。久しぶりね、ギル」


「お久しぶりです、ギル君」


「元気そうだね!」


「お前ら――」


 声の主は3人の少女。


 1人は赤髪のポニーテールに、可愛らしく恰好をした少女。


 もう1人は銀髪のボブヘアをした、おっとりした目つきの少女。性格とは裏腹に少し露出のある恰好は意外と目のやり場に困る。


 最後の1人は黒髪のあっさりした顔立ちの少女。制服はスカートだが、私服はパンツ姿なのはこっちが本当の好みなのかもしれない。


 ――そう、彼女たちは我らがロンドール魔術学校にて同じウルラクラス所属の天下の女子組。


 ドロシー・ゴート、ベルベット・ロア、そしてミサキ・ニカイドウだ。


「なんでここに‥‥‥?」


「あら、いちゃ悪いわけ?」


「ドロシー、そんな言い方は‥‥‥」


 相変わらずドロシーの歯に衣着せぬ言いっぷりに、ベルの優しさが染みる。


 それに前は割り込んできたミサキだったが、今はそのやり取りを楽しそうに笑って見ている。


「いや、悪くはねえけどよ‥‥‥。普通驚くだろ!? というかそっちの驚かなさの方が驚きなんだが!? 何その廊下ですれ違った程度な感じ」


 するとベルが答える。


「あのー実はリオルさんから今ギル君がカリストにいるらしいって話を聞いて、もしかしたら会えるかなあと思ってね」


「そうそう、まあ結局は偶然よ」


「リオル‥‥‥? そういうことか」


 あの親バカ‥‥‥!

 息子に逐一何があったか報告してんのか!?


 俺と会ったことも言いまくってるに違いない!


 俺は衝撃でクラっと体を揺らす。


 筋金入りの親ばかだ‥‥‥。


 俺は思わずため息がでる。


「――それで俺がこの町にいるって知ってた訳か‥‥‥。にしても何の用だよカリストに。港町だぞ?」


 するとドロシーはトントンと足元を指さす。


 足元には、大きめのカバンが3つ並んでいる。


「見て分からない? 旅行よ、旅行。ほら、私達3人で旅行でも行こうって話してたの聞いてなかった?」


「あ~‥‥‥そういえば寮でそんな話してたような‥‥‥」


 くそ、この面倒くさい状況に俺が追い込まれてるってのに、楽しそうなことしてやがる‥‥‥。


 するとドロシーが俺の顔を見るや否や、身体を捻らせ拒否のポーズをとる。


「あ、何その顔‥‥‥! 駄目よ、連れてかないんだからね!? 女子だけの旅なんだから!」


「い、いや別にそんな顔をしたつもりは――」


 するとミサキが割って入る。


「えーいいじゃないドロシーちゃん。ギル君も居たら楽しいよ」


「いやいやいや、何言ってのミサキ。こんな奴いてもねえ‥‥‥」


「ほら、荷物とか持ってくれそうでしょ、ギル君紳士だし」


 ハっとした表情で、一瞬ドロシーが固まる。


「た、確かにそれもそうね。一緒に旅行ってのも楽しそうではあるし‥‥‥いや、もちろん荷物持ちがメインよ!? だけどほら、ねえ。同じクラスの仲間と親睦を深めるのも悪くないと言うか‥‥‥」


 と、なにやらごにょごにょとドロシーが呟き始める。


 するとミサキがポンポンとドロシーの背中を叩き、笑い始める。


「あはは、冗談よ冗談! 女旅に男の子なんて混じったらいろいろ大変じゃない!」


「わわわわかってるわよ!! 冗談よね冗談!! 一応その、荷物持ちとしていたら便利だなあって少し考えただけよ!」


 するとミサキはニヤニヤと楽しそうに笑みを浮かべる。


「どうだか~。ねえベルちゃん。怪しいわよね」


「あはは‥‥‥あ、あんまりドロシーを虐めないで上げてね‥‥‥」


 どうやら最近のミサキの趣味はドロシーいじりのようだ。


 完全に俺を蚊帳の外にして盛り上がっているあたり、かなり仲良くなったんだなと少し嬉しい気持ちが込みあげでくる。

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