第108話 色恋

「んで、どこに行くんだ?」


「え、何が?」


「何がって……旅行だよ旅行」


 ドロシーは、あぁっと素っ頓狂な声を上げると、南の方を指さす。


「観光地といえばセレスしかないでしょ!」


「セレス?」


 どこだ‥‥‥セレス?

 聞いたことのない街だ。


 この千年の間で出来た新興の街か。‥‥‥まったく、多いなそういうのが。


 すると、ドロシーがジト―っとした目で俺を見る。


「な、なんだよ‥‥‥」


「相変わらず無知ね‥‥‥。セレスを知らないとか信じられないわよ」


 すると頼みの綱のベルも苦笑いを浮かべる。


「さすがにセレスを知らないとは思わなかったかな‥‥‥あはは‥‥‥」


 心優しいベルでもさすがにそれは擁護できなかったらしい。


「う、うるせえよ! で、そこはどんなとこなんだよ」


「所謂避暑地みたいなところよ。水の都」


「水の都‥‥‥! すげえ、楽しそうだな」


「そういうこと。これから女子3人親睦を深めるために旅立つのよ。その前にあんたに自慢しようと思ってね」


 そういってドロシーはにやにやしながら俺の顔を見る。


 それでわざわざ俺を探したのか。こいつ暇人か!


 すると、ミサキがそっと俺の近くによる。


「――といいつつ、ベルちゃんがギル君が近くにいるってって言ったらすごい張り切って探してたのよ、かわいいでしょ」


「俺を煽るために探し回る奴の何がかわいいんだよ」


 するとミサキの肘が俺の脇腹に刺さる。


「ぐおっ!」


「もう、それだから君はいつまでたってもそん何なんじゃないかな!?」


「そんなんとは!?」


 ミサキはベーっと舌を出して俺から離れていく。


 何なんだ一体‥‥‥。


「そういえばクローディアさんは? 一緒にいるって聞いたけど?」


「ああ、今ちょっと野暮用でな」


「ふーん‥‥‥。しばらくカリストに居るの?」


「ああ、多分な」


 すると、ドロシーの顔が少し暗くなる。


「‥‥‥また何かに首突っ込んでたりするんじゃないでしょうね」


「‥‥‥‥‥‥まあ、特にそんなことはねえよ」


「本当‥‥‥?」


 ドロシーがじっと俺の眼を見る。


 長いまつげ、綺麗な前髪、美しい瞳。

 その圧に負け、俺はプイと顔をそらす。


「――本当だよ」


 するとドロシーはほっと胸をなでおろす。


「ま、それならいいわ。休み明けにクラスのメンバーが1人減ってるとか休みの余韻ぶち壊し必至だからね。ちゃんと登校してくるのよ」


「わかってるよ、まったく。俺の親かよ」


「うるさいわね! ああもう、行きましょ2人とも! ごきげんよう、ギルフォード君!」


 そういってドロシーはツカツカと店を後にする。


「あはは、ドロシーちゃんはわかりやすくて面白いね」


「優しくしてあげようね、向こうで‥‥‥」


 そうして、残りの2人も俺に挨拶をして店を出ていく。


 本当に俺に挨拶をしに来ただけだったようで、彼女たちは嵐のように去っていった。


 ま、学生だしな。休みに吸血鬼狩りに勤しむなんかより旅行でもした方が何倍もましってもんだ。


◇ ◇ ◇


 そして翌日、クロはあっという間にカリストへと帰ってきた。


「いや~お待たせお待たせ。ついつい話し込んでしまってなあ。あの野郎が久しぶりに会えたってうるさくてね」


 あの野郎とは、恐らく吸血鬼の王のことだろう。

 そんなフランクな感じなのか‥‥‥。


 孤独を愛するような吸血鬼とは何となくイメージがかけ離れる。


「久しぶりって、集会の度に会ってるんじゃないのか?」


「そんなことは無いんだなこれが。ラウリーに会うのはかれこれ30年ぶりくらいさ」


「なんだか30年って聞くと全然会ってない気がするけど、俺たちの感覚だけなんだろうな‥‥‥」


「よくお分かりで」


 そう言ってクロはふぅっと椅子に腰かける。


「で、何かわかったのか?」


 するとクロはブイっとVサインを作り、その指をパチパチと開いたり閉じたりする。


「奴が私も同じだといった理由が判明したよ」


 同じと言った理由。

 クロならわかると、彼はそう言っていた。


「‥‥‥それで?」


「あぁ‥‥‥実はキャスパーは、65年前にある女性に恋をしている」


「恋? クロにだったりして」


 そう言って俺は何となく茶化すが、クロは笑っていない。


「違うんだよ、ギル。根本が」


「え?」


 クロは一言一言かみしめるように、言葉を続ける。


「キャスパーが恋したのは吸血鬼じゃない‥‥‥‥‥‥だ」


「は‥‥‥はあ!?」


 衝撃の事実に、俺は思わず大きい声を出し、体をのけ反らせる。


 吸血鬼が人間を好きになった‥‥‥!?

 有り得ない‥‥‥いや有り得るのか‥‥‥!?


 だめだ、頭が混乱してきたぞ。


「まあまあ、落ち着けって」


「いや‥‥‥あの人を下等生物と罵っていた吸血鬼が人間に恋をしていたって正直信じられないというか」


「まあ、私も耳を疑ったよ。だが、ラウリーが言うんだ間違いはない。――で、その人間の女の名前はリエラ‥‥‥。そしてその女は10年前に既に死んでる」


「その繋がりが、キャスパーが奴らに操られる原因になっていると?」


「どうだろうねえ。少なくとも無関係とは思えないね」


「奴は確かあの時、頻りに繋がりは枷だのなんだ言っていた。だとすると、キャスパーにとっての枷はその女性ってことか?」


 クロは少し考えた後、両肩を竦める。


「さあ、どうだろうね。ちなみにそのリエラって人間はカリストの人間らしい」


「何から何までカリストなんだな」


「あぁ。ここはキャスパーにとって思い出深い町なんだろう。だからこそここを選んだ」


 キャスパーなりに何か思うところが合ったのかもしれない。


 1人の女性の血を、あっさりと吸い尽くし殺した吸血鬼が、おそらく唯一好きになった人間のいる町‥‥‥。


「なるほどな‥‥‥。で、どうするんだ? 何かその人について情報はあるのか?」


「まずはその女の生前住んでいた場所に行こうと思う。なんなら子孫にでも会えるかもしれないからな」


「その意見には賛成だけどよ、どこか知ってるのかよ?」

 

 するとクロは自信満々に、そして誇らしげにドヤ顔をする。


「ふふふ、任せておけギル。しっかりと場所も聞いてきたさ」


「おぉ‥‥‥。その吸血鬼の王とやらは人の色恋にまで首を突っ込むとかなかなかいい趣味をしてるな」


「あはは、そういうな。おかげでキャスパーがああなってしまった手掛かりがつかめるかもしれないんだ。早速いくぞ!」

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