第106話 尊敬

 翌日から、ゾディアック、異形狩りの2つの部隊はそれぞれ調査を始めた。


 スピカさんは連れてきた部下の騎士たちを使い、先日の吸血鬼との邂逅でとうとう姿を現したエリー・ドルドリスの足取りの調査を。


 異形狩りの新米魔術騎士、リザ・アルフォートさんは、吸血鬼の捜索とサイラスの捜索の2手に分かれて調査を始めた。


 しかし、結局のところ今ある唯一の手掛かりは、吸血鬼キャスパーはエリー・ドルドリス‥‥‥つまり、"アビス"の連中と一緒にいるということだ。リザさんはサイラスの捜索を異形狩り所属の他の騎士たちに任せ、少数でスピカさんと共にエリーを追う選択をしたようだ。


 俺とクロはその間少しの休息を取り、今後についてお互いに何をするべきか思いをはせていた。



 そして、キャスパーとの死闘から2日後、リザさんが俺たちの家を訪れた。


「すいません、突然押しかけて‥‥‥」


 リザさんは恐縮した様子で身を縮こませ椅子に座る。


「なぁに、情報に関しては協力するって話だったじゃないか。なぁギル」


 そう言いながら、クロはリザさんに飲み物を差し出す。


 リザさんは小さく会釈する。


「もちろん。何か俺たちに聞きたいことがあれば何でも聞いて下さいよ」


 ‥‥‥ま、話せることはかなり限られているが。


 リザさんは安心した様子でほっと胸を撫で下ろすと、早速本題ですが‥‥‥と切り出す。


「以前聞いた運び屋‥‥‥エリー・ドルドリスについてもう少し詳しくお聞かせ願えないかと。能力、容姿、性格‥‥‥何でもいいんです」


「何でもか‥‥‥」


「そりゃギルの役目だな。私はそいつに会ってない」


「だな‥‥‥。そうだな――」


 俺はかいつまんでエリー・ドルドリスについてリザさんに情報を提供する。


 転移魔術、攻撃手段、出会った場所、そして憎たらしいくらいの軽口を叩く性格。


 俺が知っていることをツラツラと語っているとき、リザさんはそれを興味深そうにウンウンと頷きながら紙にメモを取る。なかなかマメな性格のようだ。


 一通り俺の知ってることを聞き終えると、リザさんは顔を上げ笑顔を浮かべる。


「ありがとうございます‥‥‥参考になりました!」


「それなら良いんですけど‥‥‥。結構難航してるんですか? 奴らアビスの調査は」


「えっと‥‥‥まあ、魔術が特殊ですからね‥‥‥」


 リザさんは少し言い淀むと、申し訳なさそうに俯いてしまう。


「あーっと、スピカさんも一緒に調査を?」


「ええ、一緒に。ただ元はカリストでの"アビス"が関わってると見られる失踪事件の調査が目的だったみたいで‥‥‥スピカさんはそれと並行してる状況ですね。本当すごい人ですよスピカさんは。さすが王に選ばれた騎士です」


「失踪事件ねえ‥‥‥」


「この町に住む宿屋の1人娘らしくて‥‥‥確かレイモンド家とかなんとか‥‥‥」


 "アビス"が一般人を誘拐‥‥‥?

 彼女に魔術的な何かアドバンテージがあるのか?


 とそこまで口にしたところで、リザさんは慌てて口に手をやる。


「あっと‥‥‥あのこれ以上は‥‥‥」


 流石にこれ以上は口外禁止か。

 初めて会ったときもサイラスの口の軽さに苦言を呈していたし、多少弱っているとはいえそこはわきまえているみたいだな‥‥‥。


 じゃあ、ちょっと話題を変えるか。


「それじゃあ、サイラスの方はどうですか? 何かわかりました?」


「そっちは私の部下が‥‥‥というかサイラスさんの部下ですけど、彼らが今懸命に探しています。まだこれと言った情報はないですけど‥‥‥」


「そうですか‥‥‥。まあ、スピカさんも言ってたけどサイラスなら自力で帰ってきそうだし、そこまで気にする必要もなさそうだけどな」


 すると、リザさんは不思議そうに俺の顔をまじまじと見る。


「な、なんですか?」


「そこまで信頼してるんですね、サイラスさんのことを」


「はっ?! いやいや、信頼というか何というか‥‥‥。一応少しの間一緒に暮らしてたし、なんなら俺をロンドール魔術学校に入れたのもあいつですからね。家族じゃないけど、割と親密な仲ではありますからね‥‥‥残念ながら」


 俺は頬をポリポリと掻きながら苦笑いする。


「そ、そうだったんですか?!」


 リザさんは予想だにしなかったのか、口をアングリ開けて目を見開く。


「えっ、サイラスから聞いてなかったんですか‥‥‥?」


「初耳です‥‥‥そうですか‥‥‥なら早く見つかって欲しいのは同じはずなのに‥‥‥。私ばかり取り乱して、大人失格ですね」


「いや、そんなことは‥‥‥。リザさんにとってサイラスってどうなの? ほら、俺からしたらお節介なオッサンって感じだからさ。友達に凄い人だーって言われてもピンとこないんですよ」


 するとリザさんは目をキラキラと輝かせてペラペラと喋り始める。


「サイラスさんは私の憧れなんです‥‥‥!! 若くしてエリート部隊と呼ばれる異形狩りに抜擢され、しかも異例のスピード出世であっという間に部隊長‥‥‥!! 次期異形狩りの総隊長もサイラスさんで決まりって声が大きいんですよ! 本当は私もサイラスさんと同じロンドール魔術学校が良かったんですけど、残念ながら落ちてしまって‥‥‥。だから私はアマルフィス出身ですけど‥‥‥。それでもアマルフィスをなんとか卒業して、この度異形狩りへの配属が決まったんです!!」


「そ、それはおめでとうございます‥‥‥」


 あ、圧がすごい‥‥‥そしてめっちゃ早口‥‥‥。


 リザさんの話はまだ続く。


「私を異形狩りに推薦してくれたのもサイラスさんで‥‥‥しかも新人の私なんかに今回の事件の補佐を任せてくださって‥‥‥!! 本当頭が上がらないですよ!!」


「あはは、凄い尊敬っぷりだな。まるで自分のことのように語るじゃないか彼のことを」


 クロは空気を読まず思ったことを口にする。


「おいクロ‥‥‥」


 クロの笑いで我に帰ったのか、リザさんは少し顔を真っ赤にして俯いてしまう。


「あっ‥‥‥その‥‥‥話しすぎました‥‥‥。ただまあ、ああいう人ですから結構仕事はルーズなんですけどね‥‥‥ある意味私がお目付け役見たくなってしまってますね」


「その状況は目に浮かぶよ‥‥‥実際見たしな」


 あはは、と気恥ずかしそうにリザさんは笑う。


「なのでその‥‥‥とにかく私もあなた方と同じくらいサイラスさんの安否が心配なんです! でも私だけが心配をし続けるわけにもいかないですからね! 「君なんかにまだまだ心配される私じゃないよ」って言われちゃいます」


 軽くサイラスの真似をしながら、リゼさんは気丈に振る舞う。


「――という訳で、私はサイラスさんが戻ってきた時に困らないよう、エリー・ドルドリス経由で吸血鬼の足取りを追います! 情報提供ありがとうございました!」


 そう言ってリゼさんは勢いよく立ち上がると、お辞儀をして家を出ていく。


「やれやれ、サイラスにも熱狂的なファンがいたもんだ」


「あはは、君が英雄と崇められてるのに比べれば可愛いもんじゃないか」


「あれはもう俺じゃねえよ、ただの偶像だ! まったく‥‥‥伝説ってのは勝手に尾ひれがつくもんだからなあ」


 すると今度はクロがリザさんの座っていた席に腰を下ろす。


「――でだ、エリー何某経由でキャスパーを追っている彼女らには悪いが、追わなくてもどうせ私の前に奴は現れる訳だが‥‥‥」


「ま、だろうな。いつかはわかんねえけど」


 クロは頷く。


「そこでだ。キャスパーのあの時の言動から察するに、何か人間との関係が拗れて自由が効かなくなってると推測できる」


「そんなこと言ってたなそういや」


「という訳で、私は彼にキャスパーについて聞いてみようと思う。キャスパーについて知ることこそ、奴を止めるにせよ殺すにせよ最善手だと思うんだ」


「彼って?」


 クロはニヤリと笑みを浮かべる。


「吸血鬼の王と呼ばれる男さ」

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