第105話 長い夜の終わり
俺たちはスピカさん達と共に一旦ディアナさんの家に帰る。
被害者が出てしまった倉庫は立ち入り禁止となり、騎士達がくまなく調べることとなった。
クロは俺がおんぶして運んだが、どうやら途中から目が覚めていたようで、呑気に俺の背中でゆったりしていたようだ。
俺、クロ、スピカさん、リザさんの4人でディアナさんの家に籠り、今日あったことを話し合う。
もちろん、クロが吸血鬼だということは隠し、俺が吸血鬼やエリーと一戦交えたこともなるべく控えめに話した。
その話をうんうんと頷きながらスピカさんは真剣に耳を傾ける。
「吸血鬼‥‥‥魔術は使えないけれど特殊な能力がある‥‥‥なるほどね」
「その情報は貴重ですよ‥‥‥! 私達でも吸血鬼と戦ったことは無いんですから。‥‥‥よくそれで生き延びれましたね」
そう言ってリザさんは感慨深そうに俺の顔を見る。
「さすが新人戦で優勝しただけはあるってところかしらね?」
俺はあははと軽く笑って誤魔化す。
「――まあ吸血鬼側に殺意がそこまでなかったのが救いかしら。‥‥‥とりあえずあなた達の話で何があったかは概ね分かったけれど‥‥‥」
ま、今はそれくらいの認識の方がちょうどいい。
下手に吸血鬼に対抗したというのがバレると、クロの正体までばれて取り返しがつかなくなるかもしれない。
クロとキャスパーの本気の戦いがあったなんてバレれば、クロが何しでかすかわかんねえし‥‥‥。
「それで、私を振り切ってサイラス君を追った後、彼は見ていないのね?」
「そうそれです! ど、どうなんですか!? サイラスさんは生きてるんですか!?」
リザさんは俺の顔すれすれまで身を乗り出し、目をカッと見開く。長い睫毛の下の瞳が、微かに潤んでいる。
今まで焦る気持ちを押し込んでいたのか、リザさんの顔にはさっきまでにない動揺が現れている。
相当尊敬されてるみたいだな、サイラスのやつは。
「どうかな‥‥‥。多分無事だとは思います。殺された形跡はなかったし‥‥‥」
「そうね。今私が連れてきた騎士達が現場を見ているけれど、サイラス君に関する物は何も見つかっていないわ」
「あぁ。だから、多分身体を丸ごと何処かに飛ばされたんだと思うんですけど‥‥‥」
スピカさんがぴくっと反応する。
そう、そいつらこそ、スピカさんの本当の標的。
吸血鬼はあくまでそこへの繋がりを疑ったから追っていたにすぎないのだ。サイラスと違って。
そして、彼女の勘が今完璧に当たっていたと証明された。
「飛ばされた‥‥‥?」
リザさんは不思議そうな顔で俺たちを見る。
「エリー・ドルドリス‥‥‥通称運び屋。君の‥‥‥うちの息子の学校にも現れた転移魔術の使い手ね」
「転移魔術!? そんなものが‥‥‥!?」
そうか、異形狩りのリザさんは"アビス"については殆ど知らされていないのか。
「そう、転移魔術。今までそんなものを使える魔術師なんていなかったんだけれどね。彼女の危険度は相当高いわ。――"アビス"‥‥‥彼らのメンバーは正直曲者揃いよ。運び屋、死霊魔術師、魔獣に精通する者‥‥‥そして吸血鬼。このことは他言無用よ」
リザさんはごくりと唾を飲み込み、神妙な面持ちで頷く。
"アビス"をあまりよく知らない辺りや、リザさんのもろもろの反応からすると、どうやら異形狩りに配属されたのは最近みたいだ。
「で、その‥‥‥サイラスさんは‥‥‥」
「どこかへただ飛ばされただけなら無事だろうけど‥‥‥」
「そうね、変なところに飛ばされてたらわからないわね‥‥‥。転移魔術の有効最大距離もわかっていないし、予測がつきにくいわ」
「へ、変なところって‥‥‥」
リザさんの顔が強張っていく。
「まあ‥‥‥海の底とか、超上空とか‥‥‥?」
「あとはそうね、魔獣の巣とか?」
「魔‥‥‥」
リザさんの顔面が徐々に蒼白になる。
「ちょ、リザさん! 大丈夫ですか!?」
「え、えぇ‥‥‥」
スピカさんが慌ててフォローする。
「落ち着きなさい。あのサイラス君がそう簡単に死ぬわけがないでしょう? どうせしばらくしたらひょっこり帰ってくるわよ」
「そ、そうでしょうか‥‥‥」
「そうよ。自分の上司の無事くらい祈ってやりなさい。死んでて欲しいわけじゃないんでしょ?」
リザさんはブンブンと顔を振る。
ま、俺もサイラスに限って死ぬことは無いだろうとは思っている。
何となくだが、サイラスにはまだ底知れないところがある。
それが何かは分からないが、多分、大丈夫だ。
「そうですね‥‥‥サイラスさんはどんなピンチでも颯爽と切り抜けてきましたから。きっと大丈夫だと思います。異形狩りから何人か捜索に出してますし、きっとすぐ見つかりますよね」
「そうよ。ま、新人で辛いかもしれないけれど頑張りなさい」
「――はい‥‥‥!」
やっぱり新人か。
幼げな顔は、歳相応だったみたいだ。もしかすると俺と、歳も言うほど離れていないのかもしれない。
その歳で異形狩りの部隊、しかもサイラスの下に付くってことは結構な有望新人って訳か。
「やはり、彼らが裏にいた訳ね‥‥‥私の予想通り"アビス"が」
「"アビス"‥‥‥」
「――よし‥‥‥とりあえず事情はわかったわ。いろいろと疑問は残るけれど‥‥‥」
スピカさんは俺とクロを見る。
「ま、そこは今気にしても仕方がないわね。12番倉庫で吸血鬼と戦った経験はこの先私達にとっても役立つわ。吸血鬼と"アビス"‥‥‥今のところその2つとも接触しているのはあなた達くらいだからね」
「もちろん、協力しますよ。なあクロ」
「あぁ、もちろんさ。恐ろしい吸血鬼と犯罪集団を放ってはおけないからね」
ったく良く言うぜ。
「‥‥‥もちろん、情報提供として協力はしてもらうけれど‥‥‥危険なことはやめなさいよ。あなた達は一般人なんだから。そういうのは、私達みたいな専門家に任せて。いい?」
クロはクスっと鼻で笑うと、やれやれと手を広げる。
「了解だよ、スピカさん。もちろん、私たちは自分たちから何かしようなんて思っちゃいないさ。自分たちからはね」
それを聞き、スピカさんは呆れたように溜息をつく。
「ギル君を守れる身近な大人はあなただけなのよ、しっかりしてね」
「あぁ、もちろんさ。なあギル」
クロはニヤニヤとしながら俺の頭をぐりぐり撫でる。
「やめろ!」
結局、キャスパーの背後には"アビス"が居た。
吸血鬼が人間に従う訳はない‥‥‥そう考えていた俺たちの考えは見事に覆された。
しかし、あのキャスパーの様子を見る限り、快く協力しているとは思えない。
そしてキャスパーの目的‥‥‥つまりの"アビス"の目的は吸血鬼の根絶‥‥‥。
恨みか? 力の誇示か? それとも圧倒的上位者へ対する恐怖か?
その真の狙いは分からない。
何にせよ、キャスパーがまたクロを狙って戦いを挑んでくるのは目に見えている。しかも、対話なんてものは今度は求めていないかもしれない。
文字通り、次会えば即殺し合いが始まるだろう。
「とりあえず、今日は私達はお暇するよ」
「あぁ、お疲れ様スピカさん、リザさん」
「一応外に私の私兵を置いていくわ、あなた達が狙われる可能性も無くはないからね」
「別にいいのに‥‥‥」
「念の為よ。何もないに越したことはないわ。――それじゃあね」
そう言ってスピカさんとリザさんはディアナさんの家を後にした。
――こうして、長い夜が終わった。
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