第104話 ジャンプ

「本当は手出し無用なんだけど‥‥‥いいよね、少しくらい」


「手出し無用‥‥‥?」


 エリーは答えない。


「あんたも消化不良でしょ? 吸血鬼も逃げたし、私ともまだまともに戦ったことないしねえ~」


「学校の地下では逃げたし、ロンドールの街じゃ顔出しただけで帰っていったからな」


「あはは、煽ってるつもり? 残念、あれは別に用事があったからねえ。私は仕事を優先する人間なの」


 エリーはニコニコしながら、誇るように胸に手を当てる。


「今は邪魔が居ないからね。ほら、私って天才でしょ? 普通なら死んでる英雄と戦えるなんてまたとない機会じゃない‥‥‥!」


「‥‥‥自意識過剰なんだな」


「あはは! あんたに言われたくないわね」


 エリーは楽しそうにケラケラと笑う。


 どうやら俺が千年前に魔神と戦って、今は英雄とか呼ばれちゃっている人物だってのは"アビス"の連中には周知の事実らしい。やはり奴らのリーダーが俺のことを知っている‥‥‥?


 正直俺と親交がある上で魔神をもう一度信仰して、復活あるいはそれに則したことをしようとしているなら、絶対に許せない。あの戦いはなんだったのかという話だ。


 その可能性だけは、あっては欲しくない。


「あんたを再起不能にして、私が最強の魔術師だって証明してあげる。ま、リーダーには後で吸血鬼に殺されたとか言っておけばいいでしょ」


「仕事を優先するんじゃねえのかよ」


「仕事はもう終わったから。あんたを気に掛けるリーダーもここには居ないし、絶好の機会じゃない」


 あぁ、こいつも‥‥‥。


 こいつも、自分を最強だと信じて疑わないタイプの魔術師か‥‥‥。


 強い力は、時にその人自身の考え方や人格までも捻じ曲げてしまう。


 ――もしかすると、だからこそ俺たちが死んだあと、暗黒時代なんてものがあったのかもしれない。


「‥‥‥まあ、俺としても次に会った時、お前は絶対に許さないと覚悟を決めてたからな。死んでも後悔するなよ」


「いいわ~その情熱的な眼。私のことしか眼中にないって感じ、最高よ。‥‥‥その自分が最強だと思っている顔、苦痛に歪めてあげる!!」


 瞬間、俺の周囲に転移ゲートが展開される。


 俺を包み込むように、ドーム状に展開された複数の転移ゲート。


 その接続先は、恐らく、エリーの手元にある転移ゲートだろう。


 エリーは腰から複数のダガーを取り出し、構える。


「さあ、どこから攻撃――」


 だが、わざわざこいつの曲芸に付き合う必要はない。


 俺は地面に手を触れる。

 魔術の反応が走る。


 一気に地面が崩壊を始め、足場が崩れる。


「ッ!?」


 エリーはバランスを崩し、身体をよろめかせる。


 その隙は逃さねえ!


「"サンダーボルト"!」


「クッ!!」


 エリーは慌てて自分が設置した転移ゲートに飛び込む。


 俺の電撃は、激しい雷鳴を轟かせながらエリーの居た地面を焦がす。


 ゲートに飛び込んだエリーは、俺の頭上に設置されていたゲートから落下してくる。


「やるわね‥‥‥だけどまだ甘いわよ。もらった!」


 エリーは握ったダガーを俺に向けて投げつける。


「――"展開"」


 瞬間、俺の周囲を破壊の領域が覆いつくす。


 エリーが俺へ投げたダガーが領域に触れ崩壊する。

 それを見て、慌ててエリーは攻撃を中断する。

 

 このまま落下すれば、死は免れない。


「クソッ‥‥‥! "ジャンプ"!!」


 俺の領域ギリギリのラインに発現した転移ゲートに、エリーは落ちるように吸い込まれる。


 ビュンビュンと飛び回るのが好きな奴だ。

 恐らくエリーの飛んだ先は――。


 エリーは元居た場所にあったゲートから転がるように飛び出してくる。


 ビンゴだ。


 先回りしていた俺は、丁度飛び出してきたエリーに馬乗りになり、地面に押さえつける。


「うっ‥‥‥!」


 腕を押さえつけ、顔面に手を当てる。


 ハァハァと、エリーの息が上がっている。 

 目は見開かれ、生唾を飲み込む音が聞こえる。


「じゃあ、さよならだ、天才魔術師」


 俺が顔面を破壊して終わりだ。


 と、俺が魔術を発動させようとしたその瞬間、エリーは手のひらを地面に当て、叫ぶ。


「‥‥‥"ジャンプ"!!!!」


 すると、地面に転移ゲートが出現し、エリーは身体ごとに沈んでいき、俺の手から離れる。


 まずい‥‥‥これは恐らく退避用のゲート‥‥‥!


 一緒に入っていくとその先に吸血鬼キャスパーが待ち構えている可能性がある。下手に入るのは得策じゃねえ。


 俺はゲートから距離を取る。


 エリーの体はあっという間に視界から消える。

 ――かと思いきや、その中からエリーは手を出すと、俺に向けて中指を立てる。


 直後、手がさっとゲートの中に消えると、それに合わせて地面に現われた転移ゲートが何かで吸い取ったかのようにさっと消える。


 路地には、俺だけが取り残される。

 ただ1人、何もない空間を見つめる。


 気付けば雨も小雨になり、さっきまでの激しい雨音はなりを潜める。

 

「くそ、殺しそびれたか‥‥‥」


 せっかくのチャンスだったが‥‥‥仕方がない。

 

 クロの無事も気になる。それに、一応サイラスの行方も。


 サイラスは海中とか谷とかに飛ばされていないといいけど。


 ――と、丁度その時、リザさんとスピカさんが路地裏に駆けつけてくる。


 少し遅かったが‥‥‥あそこに出くわさなくて丁度よかったかもしれない。2人の実力がわからない以上、エリーに人質に捕らえられ可能性もある。


 ‥‥‥まあリオルの母親ってことはスピカさんは相当やり手だろうけど。


 2人は険しい顔で同時に叫ぶ。


「ギル君‥‥‥!」


「サイラスさん!!」


 しかし、その路地に俺しかいないのを見た2人は、唖然とした表情で固まる。


 そして、思い出したかのように肩で息をし始めると、2人で顔を見合わせる。


「えっと‥‥‥話、聞かせてもらえるかしら。どういう状況‥‥‥?」

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