第103話 逃走
俺はスピカさんの顔を真剣に見つめる。
スピカさんは困惑した様子で俺を見つめ返す。
「舐めてるって‥‥‥吸血鬼の恐ろしさは私もわかっているわよ。だからこそサイラス君が行ったんじゃない! 私もすぐに追わないと」
駄目だ、何もわかっていない‥‥‥。
覚醒状態の‥‥‥いや、そもそも吸血鬼を舐めすぎている!
あのクロが、仮にも覚醒状態で殺されかけたんだぞ‥‥‥? そして俺でさえトドメをさし切れないあの生命力‥‥‥。
平和に慣れ過ぎている‥‥‥感覚が麻痺してんのか。
奴らは魔神の居た時代から変わらず存在し続けているんだぞ、その意味が何故わからない?
――いや、無理もないのかもしれない。
吸血鬼は人前に出ることは無い、伝説上の生物。
その危険性はあくまで噂でしか広まっていない。自分たちなら倒せると思っていても不思議ではない。
実際、異形狩りを専門にしているサイラスでさえ、本物の吸血鬼を見るのは今回が初めてだろう。
異形狩りの前進と思われる俺の時代にあった吸血鬼狩りでさえ、数回の遭遇しかできず、その戦いも甚大な被害があったという話だ。
想像できないのだ、人間よりはるかに上の生命体がいるという事実を‥‥‥。
もちろん、魔獣なんかも人間1人なんて相手にならないほどの力を持っているだろう。けれど、手練れの騎士や、魔術騎士団所属の魔術師なら討伐は可能だ。
でも吸血鬼は次元が違うんだ。
とにかくマズイ。非常にマズイ‥‥‥。
何とかしてサイラスを追わねえと、本格的にやべえ!
「何度も言うけれど、分かってないのはあなたよ。あなたは学生‥‥‥まだこんなところで死ぬ訳にはいかないでしょ?」
「だから――」
とその時、スピカさんの後方から一人の騎士が声を掛ける。
「スピカさん、あっちにも負傷者が‥‥‥」
「あっちって‥‥‥クローディアさん!?」
「一応怪我はありませんが、意識を失っているみたいで‥‥‥」
スピカさんはエド(だったと思う)と呼ばれていた騎士に釣られクロの方に意識を持っていかれる。
今しかねえ!
俺はその隙を突いて一気に駆け出す。
「あっ‥‥‥‥‥‥ギル君!!」
「わ、私も行きます‥‥‥!! サイラスさんを1人に出来ないので‥‥‥!」
俺に続き、サイラスと同じ異形狩りのメンバー、リザさんも走り出す。
「あぁ、もう!! エド、クローディアさんは任せたわよ!」
◇ ◇ ◇
サイラスが駆けて行った方を追いかける。
俺は倉庫の隙間を縫い、港に出る。
すると、開けた場所でサイラスの物と思われる松明の光が路地に入っていくのが見える。
「あそこか‥‥‥!」
俺の後方に、だいぶ遅れてリザさん、そしてその更に後ろにスピカさんが続く。
依然降り続く雨の中をひたすらに走り続ける。
路地に入る瞬間、強い魔力反応を感じる。
――始まったか!?
更に、もう1度強い魔力反応。
これは‥‥‥!
石造りの建物に挟まれた細い道を駆け抜け、角を曲がる。
しかし、サイラスらしい姿は見当たらない。
「どこに‥‥‥」
と、路地をゆっくり進みもう1つ角を曲がると、眼前には更に予想だにしない光景が待っていた。
「‥‥‥まじかよ」
「あら、久しぶりね。こんな雨の中で面倒だったけど、あんたが居るなら少しは気分が晴れるわね。新人戦は楽しかった?」
雨に濡れてペタッと潰れた銀髪。その前髪の隙間から覗く妖しい瞳。そして聞き覚えのある軽口。
忘れもしない、この女は――。
「エリー・ドルドリス‥‥‥!!」
エリーは腰に手をつき、呆れたように大袈裟に頷く。
「質問は無視ね~はいはい。ま、名前を覚えてくれてありがと。感動の再会ね、そんな情熱的に名前呼んでくれるなんて私嬉しいかも」
そう言うエリーの横には、あの日見た物と同じ黒い空間。
そこだけ切り取ったかのような不気味な穴。
しかも、それが2つも。
くそ、2つの魔力反応はこれか‥‥‥!
「サイラスをどこへやった‥‥‥!」
「あぁ、さっきのローブの男? どこかしらね? 適当なところに飛ばしたからわからないわ」
片方の黒い空間は、どんどん縮小し、やがてその姿を消す。
恐らく、そっちの方からサイラスをどこかに飛ばしたのか‥‥‥!
無事だといいが‥‥‥。
一見、血の跡なども見えない。
身体ごと全て飛んだのなら無事の可能性は高い‥‥‥場所によるが‥‥‥。
一方で目の前では、キャスパーが残ったその穴に入ろうと身をかがめる。
「キャスパー‥‥‥やっぱり"アビス"の連中と‥‥‥!」
キャスパーはゆっくりとこちらを振り返る。
「‥‥‥私にとってはそれが誰だろうと関係ないさ。‥‥‥クローディアによろしく言っておいてくれ。また伺うと」
そう言ってエリーの転移魔術に入っていく。
キャスパーの姿は一瞬にして消える。
くそ、消えたか‥‥‥。でもなぜだ、何故奴は退いたんだ‥‥‥? 6番倉庫の時といい、何か引っかかる。
――と考え込んでいると、エリーが転移しようとせずにまだいることに気付く。
「雨もうざいし早く帰りたいんだけど‥‥‥その前に私試したくなっちゃった」
「は‥‥‥?」
「私って、結構気まぐれなのよね」
エリーは聞いても居ないことをペラペラと話し出す。
「今誰もいないし、別にいいわよね」
「何を言って‥‥‥」
「千年前の英雄‥‥‥今の私なら殺せちゃうかも」
そう言って、エリーは不敵に笑う。
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