第102話 元英雄

「思い上がった人間は嫌いだ‥‥‥」


「そもそも人間に興味ねえだろうが」


「――敵意満々だな‥‥‥やる気か‥‥‥。仕方ない、すぐ楽にしてやる」


 目の前から一瞬でキャスパーが姿を消す。


 キャスパーは超高速で俺の周りを移動する。

 雨音に紛れ、キャスパーの足音だけが聞こえる。


 このスピードに恐らく俺の地の速さが追い付くことは出来ない。

 肉体強化でもいいが‥‥‥ここは一気に終わらせる!


 一気に魔力を練り上げる。

 多重の魔法陣が、俺の前に出現する。


 周囲に、冷気が漏れ出す。


 ――"アイスエイジ"‥‥‥!


 瞬間、時が止まったかのように俺の周りが一瞬にして凍り付く。

 辺り一面白銀の世界。


 降り注いでいた雨粒が俺の魔術効果範囲に入り、小さな氷の塊となってパラパラと地面に落ちる。その上から範囲外だった雨が降り注ぎ、氷の表面がゆっくりと溶けていく。


 その景色の中に、彫刻の様に凍り付くキャスパーを見つける。


 キース先生の場合はこれで活動を停止した訳だが――‥‥‥そう簡単にいくはずもなく、キャスパーの周りの氷がピキピキとひび割れていく。


 卵を割るように氷は砕け、あっという間に凍結状態は終わりを告げる。

 氷塊の中からキャスパーが姿を現す。


 キャスパーは身体に付いた氷の欠片をパラパラと払う。

 

「‥‥‥ただの人間ではなかったようだな。魔術師か‥‥‥。だが所詮は――」


「"光縛"」


 地面から飛び出す光の鎖が、ジャラジャラと音を立てキャスパーの手足に縛りつく。


「‥‥‥! 次から次へと‥‥‥!」


 外気の暖かさに加え、激しく降り続く雨で、地面の氷はあっという間に水に還っている。


 これなら、いける!


 俺は光縛を維持し続けながら、キャスパーとの距離を詰める。


 腕、首、足、すべてが拘束出来ている今がチャンス‥‥‥!

 恐らく吸血鬼相手に2度目の光縛は通用しない!


 俺はキャスパーの胸に右手を当てる。


「何を‥‥‥」


「さよならだ」


「ッ!!」


 閃光のような魔法の反応が走り、キャスパーの身体に俺の特異魔術がダイレクトに発動する。


 胸を中心に、肉体が崩壊し、キャスパーの血が飛沫を上げる。

 

 胴体の左半分が千切れ飛び、右側の筋肉と皮で紙一重で身体がまだ1つに繋がっていた。


 吸血鬼の肉体の強靭さゆえか、完全な破壊とまではいかない。


 だが、頭はその重みで右の方へと倒れこみ、今にも地面に触れそうだ。


 普通ならこれで絶命してもおかしくない。


「ふぅ‥‥‥これで終わり――」


 刹那、キャスパーの目がカッと見開かれ、口を開く。


「わかったよ‥‥‥なるほどな」


 キャスパーは右手で頭を持ち上げると、ゆっくりと元の位置に戻す。

 細い繊維の様なものが離れ離れになった胴体を繋ぎ、元の形を取り戻していく。


「‥‥‥なわけないよね」


 俺は呆れて軽くため息を付く。


 これが吸血鬼が最強と言われる所以。

 吸血鬼は人間には殺せない。


 クロだって、普通の攻撃ならあんな傷一瞬で修復してしまうのだが、自力で回復できなかったのはそれを与えたのが吸血鬼キャスパーの攻撃だったからだ。


 キャスパーは俺を見て何かを納得した様子だ。


「そういう事か」


「急に納得してどうしたんだよ」


「多様な魔術‥‥‥そしてあの破壊の化身とも呼ぶべき特異魔術‥‥‥。何でこんな子供何かをクローディアが囲っているかと思えば、これで合点がいった」


「は、クロに陰気臭いと言われるだけはある。はっきり結論だけ言ったらどうだ?」


「‥‥‥その昔いたな‥‥‥。私達の命をもってしても昔と表現するに足る時代‥‥‥千年も前だ。クローディアとつるんでいた人間の英雄が‥‥‥!」


「俺がその英雄だと?」


 キャスパーは相変わらず死んだような顔で俺を見る。

 何を思っているのか、その表情からは汲み取れない。


「人間の命で千年など、有り得ない。‥‥‥子孫‥‥‥だとしてもこの千年間クローディアが人間と居た記憶もない。‥‥‥どうやったかは知らんが、子孫でもなく、千年の命でもない‥‥‥だが本人。そう考えるしかないだろう。‥‥‥思い出すな、千年前を」


「‥‥‥懐かしいか? 千年前が」


「あの時代は‥‥‥私の肌には合わなかったよ。私はひっそりと暮らすのが好きでね。あの時代も人間は所詮下等生物だったが‥‥‥魔術師だけは皆そこそこ強かった、今と比べるとだが。それに、変なも居たしな。――今の方が私には平穏さ」


「じゃあなんでこんな平穏を乱すようなことを‥‥‥」


 キャスパーの顔が、初めて揺れ動く。

 この感情は俺にも汲み取れる。


 怒りだ‥‥‥それが誰に向けられたものかはわからない。


「すべては‥‥‥繋がっているんだ。人間という下等生物と関わることを選んでしまった私の‥‥‥私の枷がこの悲劇を‥‥‥裏切りを呼んだ。もう、後には引けない」


「よく分かんねえけど‥‥‥結局お前は"アビス"の指示で動かされてんのか? どうなんだ!?」


「それをお前に言う権利は俺にはない」


 結局俺たちに詳しく話す気はないって訳ね。


「そうかよ‥‥‥だったら力づくで聞き出すしかねえな‥‥‥!」


「さっきまでの様に簡単にはいかないぞ‥‥‥人の英雄! もう私が‥‥‥油断することはない」


 キャスパーの目の黄色い輝きが増す。


「――残念ながら、今は元英雄だ‥‥‥!」


 俺とキャスパーは一手の距離を保ちにらみ合う。


 とは言ったものの‥‥‥果たして行けるか‥‥‥?

 再生できるからと捨て身でこられたんじゃ後手に回っていくのは目に見えてる‥‥‥。

 その上奴の攻撃は俺にとっては全部一撃必殺みたいなもんだ。


 さてどうしたものか。


 ――とその時、キャスパーが一瞬俺の後方に目をやり、戦闘態勢を解く。


 ガシャガシャと鎧の足音がどんどん近づいてくる。

 

「何があったの!?」


 真紅の鎧に、赤い揺れる髪。

 松明を持った女性が駆け寄ってくる。


「――スピカさん!? ‥‥‥とサイラス!?」


 なんで‥‥‥くそ、派手に音立てて戦いすぎたか!?

 いや、魔術反応で駆けつけたのか‥‥‥!


 俺がスピカさんに動揺している一瞬の隙をつき、キャスパーが俺に一撃を加える。

 俺の肩に爪が掠る。


 間一髪――!


「ぐっ‥‥‥!」


「外したか‥‥‥」


 キャスパーはチラッと再度俺の後方を見る。


「‥‥‥そうかわかった。一旦今は引こう‥‥‥面倒臭い殺しはしたくない」


 そう言ってキャスパーは逃走していく。


 なんだ‥‥‥どうして皆殺しにしようとしない‥‥‥?


「大丈夫!? 肩から血が‥‥‥」


 スピカさんが俺の元に駆け寄る。


「私が追おう! ギルは任せたぞ!」


 そう言ってサイラスがキャスパーの後を追っていく。


「おい待て‥‥‥サイラス! 吸血鬼を舐めてるのか!? 追うな!」


 するとスピカさんが俺の顔をぐっと掴む。


「何言ってるの‥‥‥! 舐めてるのはあなたの方よ、吸血鬼と戦うなんて‥‥‥自信過剰にもほどがあるわよ! 私達が来なかったらどうなっていたか‥‥‥。ここはサイラス君に任せて、あなたは安静にしてなさい! 彼は異形狩りのエースよ」


 おいおいおい、正気かよこの人‥‥‥!

 吸血鬼をわかってるのか!?


「舐めてるのはどっちだ‥‥‥! あいつ殺されるぞ!!」


「‥‥‥!」

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