第100話 同胞殺し
翌日、深夜。
伝言を記した紙が置かれて以降、キャスパーからの接触はそれ以上なかった。12番倉庫‥‥‥そこでの対話を求めているというのはどうやら本当らしい。
カリストの港はコの字型に造られており、1から6番倉庫は東側に、7から12番倉庫は西側に存在する。
深夜の12番倉庫側には騎士達の見回りもなく、完全に閑散としている。
空には厚い雨雲の様なものが立ち込めている。
月は満月に近く丸々としているが、雲が半分以上月を覆い隠し、その隙間からわずかに月明りが漏れる。
「12番‥‥‥あそこだな」
俺たちは薄明かりの中12と書かれた倉庫を発見する。案の定、周りには誰もいない。
反対側の倉庫群は松明の光がチラチラと灯っているのが見える。6番倉庫は今日も警備の騎士がいるのだろう。
俺は隣に立つクロに話しかける。
「どうだ、
「――あぁ。あの中に確実に居る」
吸血鬼を殺した吸血鬼‥‥‥同胞殺しのキャスパー。その前代未聞の生物が今、この倉庫の中にいる。
もし戦いになれば、俺はクロに血を提供することになるだろう。そしてもしクロがやられるようなことになれば‥‥‥。
ある程度は覚悟はしておかねえとな。
「この気配‥‥‥既に臨戦態勢だねえ、怖い怖い」
「戦いは避けられそうにないな。だが何にせよ、クロをここまで呼び出したからには話があるんだろ。いきなり攻撃してくるなんてことはねえだろ?」
「恐らくね。‥‥‥もしもの時は、頼むぞ」
クロは俺の目をじっと見つめる。
俺は返事の代わりにポンとクロの肩を叩く。
「よし、じゃあ行くぞ」
巨大な倉庫の入口は、厳重に鍵が掛かっていて、ここから入るには壊さないことには無理そうだ。だがどこかからキャスパーは中に入ったはず。入口は他にあるんだろう。
どこか‥‥‥。
と視線を彷徨わせていると、上の方に取り付けられた窓が1つ割れているのに気付く。
「おいクロ。あそこ」
「あそこから入ったのか‥‥‥豪快だな。万が一の為に無難なところから入ったんだろう。‥‥‥すでにこの行動がキャスパーの人格を物語っているよ」
「吸血鬼の癖に用心深い性格してるのか。どんな奴なのか俄然興味がわいてきたぜ」
するとクロはじとーっとした目で俺を見る。
「なあギル、ちょっと楽しんでないか?」
「んなことは‥‥‥――いやまあ、純粋にこんな極悪なことをする吸血鬼がどんな奴なのか気になるだろ? それに俺からしたら吸血鬼を見るのはクロ以外初めてだからな、興味があるんだよ」
するとくすっとクロが笑う。
「君は相変わらずだよ全く。――さて、あの上から私達も中に入ろう」
「入るって言ってもどうや――――ってえええ!!」
クロは俺を小脇に抱えると、グッと足を曲げ勢いよく飛び上がる。
びゅんと風をきり、一瞬にして高さにして10m以上の位置まで到達する。
相変わらず吸血鬼の脚力は人間離れしてやがる‥‥‥。
クロは窓枠に器用に飛び乗る。
倉庫の中は真っ暗で、何も見えない。
俺は自分の目に触れる。
「――"ナイトビジョン"」
ブワッと目の前が一気に開け、視界がクリアになる。
これで暗闇でも良く見える。
そのままクロは何も言わずに倉庫の中へと飛び降りる。
高さ10mから勢いよく地面に着地する。
「うおっ‥‥‥!」
激しい音と共に着地し、その振動が俺に伝わる。
頭が少しぐわんぐわんと揺れる。
俺はクロの腕から降ろされながら首をぐるぐると回す。
「ったく‥‥‥抱えるなら飛び込む前に言ってくれよ‥‥‥」
「悪い悪い。‥‥‥さて、キャスパーは何処にいるかな」
倉庫の中はかなりの広さで、木箱や樽などいろんなものが大量に保管されている。
正面の扉の前は積み荷を運び込むためか、結構なスペースが確保されている。
すると扉の前から突然声がする。
「――待っていたよ、クローディア‥‥‥。あぁ、君なら来てくれると思っていたよ」
古びたローブを雑に着た1人の男。
ぼさぼさの黒い癖っ毛が無造作に伸び、額の真ん中で分けられている。目じりの上がった鋭い蒼い眼光‥‥‥吸血鬼に年齢など関係ないのだが、見た目は30代中盤と言った感じだ。
キャスパーの顔は痩せこけ、肌は色白というより青白い。
その口元には、赤い血が一筋垂れている。
キャスパーはその血を舌で舐めりとる。
あの血は‥‥‥。
キャスパーの周囲を探ると、倉庫の隅に倒れている女性を見つける。
俺は慌ててその女性の元に駆け寄る。
「おい、大丈夫か!?」
しかし、女性に反応はない。
「そいつは‥‥‥死んでいる‥‥‥。残念ながらね」
「てめえ‥‥‥!!」
俺は拳を握りしめる。
こいつ‥‥‥覚醒の為に人の命を‥‥‥!
しかし、吸血鬼に反省の色などある訳がない。
俺や女性にもう興味はなく、キャスパーはクロだけを見つめている。
「キャスパー‥‥‥やはり君だったんだね」
「今更‥‥‥それを言うか? わかっていたことだろう?」
落ち着いた低い声。
‥‥‥いや、落ち着いたというよりは、酷くテンションが低いと言ったほうが正しいかもしれない。
「相変わらず陰気臭いな、キャスパー。なんで6番倉庫で私達を襲わなかった? 私と対話したかったのか?」
キャスパーは淡々と話す。
「そう‥‥‥目的は対話であり、釈明であり、そして‥‥‥まあ、察しの通りだ。昨夜は、少々都合の悪い人間が居たのでな。接触は避けさせてもらった」
「はっきりいったらどうだ? 私も殺すと。‥‥‥だが、お前に私が殺せるとでも?」
クロはパキパキと指を鳴らす。
挑発するような不敵な笑み。
「やってみなければ分からないさ。うん。‥‥‥ディアナも結局は、私に殺されてしまったのだから」
「それだ‥‥‥なぜディアナを殺した‥‥‥!」
クロの目が怒りに燃えている。
いつもの飄々としたクロとは、明らかに違う。
ピリピリとした空気が伝わってくる。
「‥‥‥悪いが‥‥‥余計なことは、言えない。ただ私は‥‥‥私は‥‥‥命令通り、吸血鬼を殺す。私が吸血鬼の最後の1人となるまで」
「命令‥‥‥!? やはり誰かと手を組んでいるのか?! "アビス"とかいう連中か!?」
昨日クロと話して到達した結論――吸血鬼が操られる訳がない。
しかし、この
それに、最後の1人になるまでだって‥‥‥?
という事は、カリストに残っていたのはやはり報復に来る吸血鬼達を返り討ちにするため‥‥‥自らを囮にしてたのか?
キャスパーの顔が歪む。
「‥‥‥! これ以上は‥‥‥言えない‥‥‥!」
キャスパーが悲痛な叫びを漏らす。
キャスパーは落ち着きを取り戻すように、深呼吸をする。
「――駄目なんだよ、クローディア。‥‥‥駄目なんだ」
キャスパーは俺の方をチラッと見る。
「人間に深入りしてはいけない‥‥‥。君も他人ごとではないぞ」
「生憎、私は深入りする人間は選んでいる」
「関係ないさ‥‥‥そういうことじゃないんだ。人間など下等生物‥‥‥所詮吸血鬼にとって足枷でしかない‥‥‥。私はそれを痛感しているよ」
「どういうことだ‥‥‥?」
キャスパーは空を見つめながら、遠くに思いをはせるように視線を彷徨わせる。
「繋がりは枷だ。枷が重ければ重いほど、繋がりは私の首を強く締める‥‥‥。今にわかるさ、クローディア。お前ならな」
「何を言っている‥‥‥! お前は孤独に生きる吸血鬼だろ! 繋がりなんてないはずだ‥‥‥!」
「私も君と同じさ。結局、同じなんだ‥‥‥。――話過ぎたな。どうせここで死ぬんだ、君は。言いたいことは言った」
「待て、キャスパー!! もっと話を――――」
「もう遅い! 私はこれ以上君に語ることはない!! 察してくれなんて大それたことを言うつもりはない‥‥‥だが、少しはわかって欲しい‥‥‥わかって欲しかった‥‥‥!! この対話は私の罪滅ぼし‥‥‥自己満足だ‥‥‥!! 私はもう、この道を突き進むしかない!!!」
キャスパーは目をカッと見開く。
キャスパーの身体が、ドクンドクンと鳴動を始める。
「あぁ‥‥‥あぁ‥‥‥」
キャスパーの身体が、目に見えて筋肉質になり、両手の爪は鋭く伸びる。
眼は黄色く光り、口の牙もその長さを増している。
覚醒状態‥‥‥!!
血走った目。
青白い肌に浮き上がった血管。
くそ‥‥‥やるしかねえのか‥‥‥!
「チィ‥‥‥!! 対話なんて期待外れもいいところだ!! ‥‥‥ギル!」
クロがガバッと俺に抱き着き、襟を広げる。
俺はクロに首筋を差し出す。
クロは俺の首にキスをするように齧りつく。
「ぐっ‥‥‥!」
牙が突き刺さる鋭い痛みに一瞬俺は顔を歪ませる。
じわっとした暖かさが牙を中心に広がり、体中が熱くなるのを感じる。
血が吸い上げられるのが感覚でわかる。
数秒間、俺の血を吸いとると、クロはその牙を俺から離す。
クロの目は赤く光り、キャスパー同様筋肉質に、そして爪、牙が伸びる。
「さあ‥‥‥来いクローディア!! 私を止めてみろ!! 覚悟は決まっている‥‥‥ディアナを殺した時から!!!」
クロは牙を剥き出し、咆える。
「同胞に手を出したことを後悔して死ね!! キャスパアアアアア!!!!」
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