第99話 最初の接触
ディアナの家に戻り、俺たちは改めてさっきの話をまとめる。
「6番倉庫‥‥‥あそこが事件現場っていうのは間違いないみたいだな」
「それは確定だな。後はディアナが吸血鬼だとバレているのも確定だな。あの
「‥‥‥そして俺が一番気になるのは、裏にいるのが"アビス"の連中なのかどうかってことだ」
クロは腕を組んで溜息を漏らす。
「魔神信仰の盗賊風情か‥‥‥。私としては、それには疑問が残るがな。
クロははっきりと言い切る。
確かに、吸血鬼が人間に利用される姿は想像ができない。
たとえあの"アビス"だとしても。
「それには俺も同意だな。あるとすれば、
しかし、クロはそれにも難を示す。
「それも有り得ない気がするけどねえ。吸血鬼が人間と手を組むなんて考えられない」
「でも時代が変わったんだ。吸血鬼の中に人間に手を貸すように変化をもった奴が居てもおかしくはねぇんじゃねえか? 個人に限れば、クロだって既に俺に手を貸してると言えなくもないだろ?」
クロは渋い顔をしながら応える。
「まあおかしくはないんだが‥‥‥だとしても今回のは少し不可解すぎる。犯罪に手を染めるだけならまだしも、同胞殺しをする意図が見えん。――それこそ、昨日言ったように吸血鬼同士の思想の違いで仲違いした結果、殺してしまったという方がまだ納得できるさ」
「そう言われるとなあ‥‥‥。確かに同胞殺しを決意するほどの取引が人間にできるとも思えないし‥‥‥不可解ではあるな」
「人間の集団に手を貸して得られるメリットなんて吸血鬼にかかれば1人で事足りることばかりだからな。金にせよ物にせよ、私達はその程度じゃ靡かない。ましてや力など有り余っているさ」
「
「そう考えるのが自然だろう? そうなると、"アビス"とやらの関与もどこまで本当かわかったもんじゃない。あの
クロは呆れたように肩を竦め、水を一杯飲み干す。
俺個人としては、正直その方がありがたいが‥‥‥。
魔神と関わるなんて、あまりしたくない。だが――。
「吸血鬼としてのクロの見解は理解できるんだけどよ。ただ‥‥‥どうもこの歪な状況を見ると、"アビス"が‥‥‥魔神が関わっているんじゃないかっていう嫌な予感が俺もするんだよ。イレギュラーな事態が起こっても不思議じゃない、そんな空気感っていうかさ」
「ふむ‥‥‥まあ君の勘も馬鹿にならんからな。私がギルと友好を築いているように、
クロは顎に手をやり、少し考え込む。
だが、辻褄の合う説明なんて今の時点で出来やしない。
わかっているのは、
その上でこの町から動こうとしていないこと。
そしてそれを異形狩りとゾディアックが追っているということだけだ。
「――ま、考えてもわかんねえよ。本人に直接聞いてみないとな」
「ま、そう言うことだな。それが手っ取り早い。結局ここで言ったことも想像でしかないからねえ」
「でも倉庫にはキャスパーは現れなかった。どうするんだ? 他に手がかりもねえし」
「キャスパーなら居たさあの場に」
「はぁ!? それ本当か!?」
クロは頷く。
「あぁ、帰り際にちょろっとね。吸血鬼は緩く繋がってるといったろ? 確かにあの場の近くに来ていたよ。向こうも私を捕捉したみたいだし、いよいよ接触してくるだろうさ‥‥‥楽しみだよ」
「んな悠長な‥‥‥。でも、その場で攻撃してこなかったところを見ると敵意だけではなさそうだな。多少は対話を望んでいるのか?」
「私達吸血鬼が人を巻き込みたくないなんて言う高尚な心を持っている訳がないからね。対話を求めている可能性は十分にある。最終的な目的が殺しだろうが、他の何かであろうがね」
あそこで俺たちに手を出さなかった理由‥‥‥。
考えられるとすれば、やはりクロとの対話が目的か。
一応吸血鬼だ、人間の居る場所での接触を避けたという可能性は無くはない。
「何にせよ、近いうちに奴は私達に接触するだろう。こっちは見つけ出した、次は向こうのターンだ。対話を狙って穏便に接触してくるか、私達しかいないこの家で寝込みを襲ってくるかは不明だがね」
「寝込みを襲うとか厄介すぎるだろ‥‥‥おちおち寝ても居られねえな。結界でも張っておくか?」
「いや、私の気配の察知だけで十分さ。君は万全な状態で寝てくれ。いざとなったら血を貰うんだ、ヘロヘロになられちゃ困る」
そう言ってクロは俺をぐいぐいとベッドの方へと押しやる。
「本当にいいのか?」
「もちろん。私を舐めて貰っちゃ困る。寝ながらでも神経を研ぎ澄ますことくらい朝飯前だ。特に同族相手にはな。――という訳で私も寝させてもらおうかな。暑い暑い」
そう言いながら、クロはおもむろに着ていた服を脱ぎ、黒い下着姿になる。
急に自然と脱ぎだすものだから、俺は一瞬それを凝視してしまう。
抜群のスタイルに、透き通るような肌。
何と言う強制力だろうか‥‥‥俺の目は勝手にクロの身体へと吸い寄せられる。
いかん、これはいかん!!
俺は慌ててベッドに飛び込み枕の下に頭を突っ込む。
「やめろやめろ!! その恰好はやめろ!! 早く服を着ろ!!」
「なんだ~ギル? そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。ツリーハウスで一緒に暮らしていた時もたまにこうやって一緒に寝ただろ?」
そう言ってクロは俺の寝ているベッドに入り込んでくる。
生暖かい足が俺の太ももに触れる。
きめ細やかな肌が、俺の足を這うように上がってくる。
クロの腕が強引に俺の首の下に差し込まれ、もう片方の腕で完全に抱き着く形になる。
背中にピッタリと密着するクロに、思考がパニックになる。
「いや~久しぶりにギルを抱き枕にするのは気持ちがいいな!」
「お、おま、おまえ‥‥‥!!」
俺は我慢ならず、思い切りシーツを引っぺがすと、クロがどさっと床に落ちる。
「痛いじゃないかギル! そんなに照れるなよ」
「照れるわ!! バカ! もう大人だぞ! 俺は椅子で寝る!!」
そう言い、勢いよくベッドから飛び降りようとしたが、クロが強引にそれを制止する。
「あはは、悪かったよギル、もうからかわないって。君にはしっかり休んでもらわないといけないんだ、椅子で寝かせる訳にいかないだろう?」
「‥‥‥‥‥‥」
俺は床に座るクロに視線がいかない様に必死にそっぽを向く。
「そう不貞腐れるなよ。少しのスキンシップくらい良いじゃないか‥‥‥遅れてきた思春期か? 可愛い奴め」
クロはつんつんと俺の腹を突く。
「うぜえ‥‥‥!」
「はぁ、やれやれ、わかったよ。一緒に寝はするが抱き枕にはしない。それでいいだろ?」
「‥‥‥‥‥‥」
何となく、ほんのすこーしだがもやっとする物が心に湧き上がってくる。
後悔? 残念? いや、んなバカな。クロだぞ?
別に俺は役得でラッキーだなんて微塵も思っていなかったさ。
本当だ。
「そ、それでいいなら‥‥‥」
「よしきまりだ。さあ、さっさと今日は寝よう。明日は忙しくなるぞ」
そう言ってクロはベッドの右半分に、俺に背を向ける形で横になる。
相変わらずの下着姿だが、クロはもうこちら側を見ようとしない。
その何とも艶めかしい背中を俺は必死に振り切り、左半分にこれまたクロに背を向けるように横になる。
そうこれでよかったのだ‥‥‥これで‥‥‥。
「おやすみ、ギル」
「‥‥‥おやすみ、クロ」
◇ ◇ ◇
俺が目を覚ましたのは、隣に寝ていたはずのクロが勢いよく飛び上がったときだった。
ガタンっとベッドが軋み、弾むように俺の身体が揺れる。
「――‥‥‥どうした?」
「待ってろ!」
クロはそう叫ぶと勢いよくドアの方へ走っていく。
少しずつクリアになってきた俺の脳が、事態を理解する。
――でたか、キャスパー‥‥‥!
俺は慌ててクロの後を追う。
クロは下着姿のままドアを勢いよく開き、月明り差す夜道に躍り出る。
きょろきょろと辺りを見渡すが、クロはそれ以上動こうとはしなかった。
「どうしたクロ!? キャスパーか!?」
「そうみたいだ‥‥‥だが何もしてこなかったな‥‥‥。もう近くにはいない」
外は完全にまだ暗闇で、陽の光はまだ当分先の用だ。
閑散とした外は肌寒く、俺は思わずブルブルっと身を強張らせる。
何となく目線を下ろすと、1枚の紙が地面に落ちているのを発見する。
俺は恐る恐るそれを拾い上げる。
紙の表には「キャスパー」とだけ書かれていた。
「おいクロ‥‥‥これ」
「どうした?」
俺は拾った紙をクロに渡す。
「キャスパー‥‥‥!」
クロは俺からその紙を受け取ると、名前を確認した後、裏返す。
「なんか書いてあるか?」
「‥‥‥なるほどな。招待状か」
そう言うと、クロは俺に見せつけるように紙を突き出す。
月明りに照らされ浮かび上がった紙面には、ただ一言書かれていた。
『今夜、12番倉庫で』
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