第98話 好きじゃないの
「警告‥‥‥警告ねえ」
クロはうんうんと頷くようにしてその言葉を吟味する。
警告‥‥‥ま、十中八九この倉庫でディアナが殺されたのは間違いなさそうだな。
それが分かっただけでも収穫があったと言えるだろう。
「それと、警告とは別ですが‥‥‥」
ヴァルゴは鋭い目つきでクロを見る。
「あなた‥‥‥ディアナ・シュラウドと友人、と言ってたわね?」
「あぁ、その通りだよ」
「‥‥‥‥‥‥」
明らかにクロを疑っている目だ。
ディアナと友人であるという事実。
クロが吸血鬼本人だとは思っていないにしても、もしかすると事件に関係あると疑っているのかもしれない。
彼女が、被害者であるディアナが吸血鬼だと理解した上で捜査をしているとするならば、それはその先を見据えているということに他ならない。
何故なら、吸血鬼は人ではないからだ。
魔獣‥‥‥俺たちの学校に"アビス"が放ったマンティコアやオークやゴブリン‥‥‥。
言うなれば吸血鬼はそれらと同列のものだ。
その特異性や希少性、そして伝説上の生物だということから吸血鬼は異形狩りという特殊な部隊の管轄として分けられているが、一般人の分け方などそんなものだ。伝説上の生き物であろうと、扱いは魔獣と一緒なのだ。人間にとって脅威となる存在、ただそれだけだ。
だとするならば、ヴァルゴがディアナ自身を殺した犯人を捜索している訳がない。
魔獣を殺した人間を捜索する必要がないように。
――つまり、ヴァルゴはその先を見ているのだ。吸血鬼ディアナが死んだと言う事実。その先に、"アビス"の存在が関与していると、ディアナは睨んでいるということだ。
そう考えれば、
ここに現れた俺たち、特にクロは"アビス"への一番の手がかりという訳だ。
殺人現場を探し出し、ディアナと友人だと言う謎の女性。"アビス"と繋がっていても不思議はないと疑うのは自然な流れと言える。
「いつからの友人かしら? あなたはディアナさんから何か秘密を聞いたりしてない?」
「秘密? どれのことかな‥‥‥私たちは友人だからね、秘密何てそりゃ数えられないほど共有しているさ。何も不思議なことはないだろう?」
「‥‥‥では、いつからカリストに? 何故急にディアナさんに会おうとしたのかしら?」
ヴァルゴの追求が続く。
だが、これ以上続けても無意味だ。クロがぼろを出すわけがない。
そもそも"アビス"との繋がりなんてないんだから。後は吸血鬼だという事実だが‥‥‥クロの口からそれが割れることはないだろう。ま、適当にクロなら受け流すだろう。
――とクロにゆだねていると、予想外の所から援護射撃が飛んでくる。
「まあまあヴァルゴさん。それ以上聞いても意味はないでしょう?」
「なにを言ってるのかしらサイラス君。まだ聞くことは山ほど――」
「それ以上は僕の管轄のはずですよ。あなたは背後関係を追う。僕は被害者を追う。線引きはしっかりと‥‥‥ですよ」
「‥‥‥私はそっちについては興味がないわ。だからあくまで私は背後関係についての聞き取りを――」
「忘れましたか? そもそもこの事件は僕たちの管轄です。本来ならあなた方の出る幕ではないんですからね。‥‥‥あまり度を過ぎた行為は控えて貰いたい」
「‥‥‥‥‥‥」
思った以上に強い口調のサイラスに、場がしーんと静まり返る。
この事件がシンプルに吸血鬼絡みと考えれば異形狩りであるサイラスの管轄だ。
つまり、ヴァルゴはこれが"アビス"に繋がると確信をもってここに居るという訳じゃないということだ。
無理を言って一緒に捜査しているにすぎないという訳か。
権限はサイラスにあると‥‥‥。
ヴァルゴは何かを言いたそうに一瞬息を吸い込むが、諦めたようにそっと目を瞑りはぁっと息を吐き出す。
「――わかったわ、サイラス君の指示に従いましょう。古くからの知り合いみたいだし、余計な詮索は無用ってことね」
「そういうことです。分かっていただけてなによりですよ」
サイラスはいつものようにニコニコと笑みを浮かべ、こちらに軽くウィンクする。
なんだおい、恩でも売ったつもりか?
サイラスが俺たちを庇う理由は良くは分からない‥‥‥ただの情に流される男とは思えないが‥‥‥。
「あと、何度も言ってるけれど、私のことはヴァルゴじゃなくてスピカと呼んで。私ヴァルゴって呼び名好きじゃないの」
「おっと、失礼。スピカさん」
クロがヒュ~っと口笛を吹く。
おいおい、この二人デキてねえだろうな‥‥‥。
確かにヴァルゴ‥‥‥スピカさんはリオルの母親にしてはかなり若めで美人ではあるけど‥‥‥。
嫌だぞ俺こんなところで泥沼展開は!!
――いや、余計なことは考えないでおこう、巻き込まれたくない‥‥‥。
すると慌ててスピカさんはクロに訂正する。
「そういうのじゃないわよ! ヴァルゴって何か語感が硬いでしょ? ちょっと好きじゃないのよ‥‥‥。あなた達も私を呼ぶときはスピカでお願いするわ」
「ま、彼女は子煩悩だからね、余計な心配は無用さ。‥‥‥それじゃあクローディアさんとギルに話を聞くのは追々でいいかな。そもそも以前から知っているし、僕にとっちゃ家族みたいなものだしね」
「勝手に家族にしてんじゃねえよ!」
「あはは、反抗期の息子みたいでかわいいでしょ?」
サイラスは心底楽しそうに笑いながらスピカさんに話しかける。
「余計にうぜえ‥‥‥」
本当こういうところはホムラさんに似てるよなあ。2人って本当は兄妹とかそういう落ちじゃねえよな‥‥‥。
すると、スピカさんが穏やかな顔に戻り、クロに話しかける。
「サイラス君の優しさに免じてこれ以上は追及しないであげるけど」
「それはどうも」
スピカさんは俺をチラッと見る。
「私も人の親だから言っておくけれど、こんな危ないところに子供を連れてくるのは感心できないわね。魔術師と言ってもまだ子供よ? ちゃんと大人が守ってあげないと」
「大人が‥‥‥守る‥‥‥クッ‥‥‥ぷ」
クロは笑いが漏れるのを必死に我慢すようにプルプルと身体を震わす。
「な、なによ!!」
「いや‥‥‥ゴホン! いや、まさしくその通り! 私としたことが‥‥‥可愛いギルを危険な目に合わせてしまった‥‥‥! 以後気を付ける!!」
相変わらずクロの顔はにやけているが、どうやらスピカさんは満足したようでうんうんと頷く。
「そうよ、わかってくれればいいのよ。今は‥‥‥あまり詳しいことは言えないけれど、本当物騒だから」
物騒‥‥‥吸血鬼のことだろうな。
吸血鬼は吸血鬼しか殺せないということを知らないにしても、吸血鬼の強さは想像ができるはず。
それを殺せる何かがいるとなれば、警戒もするだろう。
「だそうだ、ギル。悪かったな、連れまわして。か弱い君は家でお留守番していた方が良かったみたいだな」
クロはニヤニヤと俺を見る。
俺は軽くため息をつく。
「俺も出来るなら家でのんびり過ごしてえよ」
「まあ何はともあれ、今日はもう帰った方がいい。ここは僕達騎士団がずっと警備しているからね、ここで何かを探そうとしても無理さ。何かわかれば僕が報告しよう」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥クローディアさん?」
瞬間、クロは何処かをちらりと気にするそぶりを見せたが、すぐにサイラスの目を見る。
「あぁ、そうだな、そうさせてもらおうかな。邪魔したね。‥‥‥さ、ギル、今日は帰ろうか」
「お、おう‥‥‥」
「またね、ギル。それと優勝おめでとう。君ならできると信じていたよ」
「‥‥‥まあな」
「ははは、相変わらずそっけない。――じゃあリザ、そこの大通りまで彼らを送っていってもらっていいかな?」
「了解です! ささ、お二人ともこちらへ」
そう言ってリザは俺とクロを帰り道へと促す。
「あ、ギル君!」
スピカさんが俺を呼び止める。
「あの‥‥‥一応グリムのことよろしくね。‥‥‥また会うか分からないから先に言っておくわ」
「真剣に戦った俺たちはもう戦友ですからね。‥‥‥サジタリウスとキャンサーにもよろしく言っておいてください」
スピカさんは優しい笑顔でコクリと頷く。
あの過保護なスピカさんあってのリオルか。そりゃ戦いにも飢えるわなあ。
こうして俺とクロは、リザさんに途中まで送ってもらい、帰路についた。
これは、俺が思っていた以上に複雑で怪奇な事件かもしれない。
単なる吸血鬼同士の仲間割れでも、一方的な粛清でもない‥‥‥。
魔神が絡んだ、大きな‥‥‥。
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