第62話 ブラフ
「ぱ、パンツ‥‥‥?」
カエラは、一瞬ドロシーが何を言っているのかわからないようでキョトンとした顔をする。
少しして、その言葉を咀嚼しやっと理解したようであわあわと声を張る。
「――は、はぁ!? ちょ、冗談よね!? 見えてた!?」
カエラは軽く赤面し、慌ててスカートを抑える。
なんだおい、一応恥ずかしさはあるのかよ‥‥‥。
「モロ見えだったわよ」
「~~ッ!! 本当下品‥‥‥! 許さないわ‥‥‥!」
明らかに機嫌が悪くなるカエラ。
「ふふ、そんなふわふわ浮いてるからよ。嫌だったらズボンでも履くことね」
ドロシーは少し嬉しそうにニヤニヤする。
多少今のでカエラに精神的ダメージを与えられたかもしれないが、相変わらずドロシーが絶望的な状況には変わりない。
攻撃役のアルフレドは自爆で粉々、しかもその自爆はカエラに避けられてしまった。
残されたのは防御タイプのパピヨンのみ。
恐らくパピヨンにも自爆を仕込んでいるはずだが、これをカエラが警戒しない訳がない。
手の内が悟られてしまっている状態でどう戦うか‥‥‥。
カエラは呆れ気味に溜息をつく。
「下らない‥‥‥。もう終わりにしてあげるわ。私を怒らせたことを後悔するのね」
カエラは攻撃の態勢に入る。さっきまではカエラも様子見の姿勢が強かった。
それが完全に攻撃に回るとなると、ドロシーに反撃の隙があるかどうか‥‥‥。
「パピヨン!」
「フシュー‥‥‥」
ドロシーはパピヨンの腕に飛び乗る。
さっきまでは移動を前提に軽くドロシーを腕に乗せるような感じだったが、今度は完全に上半身を使ってドロシーに覆いかぶさる。
完全防御態勢だ‥‥‥! カエラの風でパピヨンをどうにかできるのか‥‥‥?
「小賢しい‥‥‥! 閉じこもってばかりじゃ勝てないわ‥‥‥よッ!!」
カエラは腕をドロシーに目掛けて振りぬく。
空を裂くように、風が吹き抜ける。
鋭い風の鎌が次々とカエラの手から繰り出される。
そのすべてが、吸い込まれるようにパピヨンへと飛んでいく。
遠目でも分かる程パピヨンの表面に次々と傷が増えていく。
しかし、パピヨンの鉄壁を切断するには威力が足りない。
「くっ‥‥‥さすがに硬いか‥‥‥!」
アルフレドを吹き飛ばした時は、ほぼゼロ距離での風魔術の発動だった。
今は目算で30メートルは距離がある。
さっきと同じ原理なら、より近づけばパピヨンを切断し得る威力も出るのかもしれないが‥‥‥。
恐らくここまでのカエラの戦闘スタイルを見るにあまり近接戦闘は好まないようだ。
近づく敵は吹き飛ばし、遠距離からカマイタチでじわじわと体力を削っていく。遠距離スタイル。
‥‥‥いやらしい戦い方だ。
一発の威力がデカい魔術師が相手なら後手に回るんだろうが、ドロシーにはちょっと相性が悪すぎる。
――と、その時、カエラの攻撃が一瞬止んでいる間にドロシーがパピヨンから降りる。
なんだ、何をする気だ‥‥‥?
「あら、引きこもりは止めたの?」
「それだけじゃあんたに勝てないでしょ」
ドロシーはパピヨンを自分の前に出す。
「何をするつもりか知らないけど‥‥‥所詮そっちのデカいのは攻撃できるような速さはないでしょ! ただの的よ!」
カエラのカマイタチが次々と襲い掛かる。
パピヨンの前面に更に傷が増えていく。
するとドロシーはパピヨンの背中にそっと手を触れる。
浮かび上がる、魔法陣。
「こういう使い方も出来るのよ‥‥‥"ブースト"!!」
瞬間、パピヨンの目が赤く光ると、急加速してカエラへと突進する。
「なっ!」
防御を捨てた捨て身の突進‥‥‥!
でも‥‥‥どうする気だ!?
「パピヨン、掴め!!」
「そういう事‥‥‥!」
パピヨンは突進しながら両手を広げる。
そうか‥‥‥捕まえてゼロ距離で自爆させるつもりだ‥‥‥!!
パピヨンが一気にカエラとの距離を詰める。
この速度なら、ワンチャンスあるか‥‥‥!?
「甘いのよさっきから‥‥‥!」
しかし、カエラは勢いよく上へと飛び上がる。
まただ‥‥‥自分を上空へ逃がした。
手を広げ突進したパピヨンは、さっきまでカエラがいた場所を通過し、ズザザっと倒れこむ。
「わざわざそっちからゼロ距離に来てくれてありがとう。――粉々にしてあげる」
カエラは降下しながら手を下に向ける。
「"カマイタチ"‥‥‥!」
多重の魔法陣が、カエラとパピヨンの間に出現する。
ゼロ距離で一気に畳み掛けるつもりか……!
無数の風の斬撃が、ゴーレムを包み込む。
巻き上がる砂埃と煙に、パピヨンの姿が見えない。
「パピヨン‥‥‥!」
煙が晴れるとそこには、片腕、両足を失いボロボロになったパピヨンが無残にも転がっていた。
もう動く気配がない。
カエラは着地しながら光悦な表情を浮かべる。
「あは、思ったより力何ていらなかったわね。簡単にバラバラになったわ‥‥‥手ごたえ無さ過ぎよあなたのゴーレム。‥‥‥さて、後はあなたね」
「くっ!」
ドロシーは両手を顔の前にクロスさせて防御の態勢をとる。
しかし、そんなものは効果があるはずもなく、カエラのカマイタチにより次々と傷が増えていく。
服が破け肌が露わになり、血が滲む。
パピヨンを失ったドロシーは、格好の的だ。
もうドロシーを守る物は何もない。
必死に耐えるドロシーに、カエラが笑う。
「あはは、これで有言実行ね。このまま衰弱していくのを見ていてもいいけど、それはちょっと後味が悪いわね‥‥‥早くギブアップしてくれないかしら?」
「誰が‥‥‥ギブアップなんか‥‥‥!」
「往生際が悪いわね。もう勝負はついているのよ。それとも攻撃されるのが好きなのかしら!」
「う‥‥‥‥‥‥きゃぁ!!」
カエラの攻撃が強まる。
もう明らかに勝負は決まっていた。
ドロシーにはもう使えるゴーレムはおらず、新しいゴーレムを作る魔力も残っていない。
最後の頼みの綱だったであろうパピヨンの突進も不発に終わった。
もうドロシーに成す術は――とその時、俺は微かにパピヨンの眼に光が戻るのに気付く。
まさか‥‥‥完全に壊れた訳じゃない‥‥‥?
意図的なのか? だとしたらあの時と同じ‥‥‥地下で俺たちがやった戦法か!?
カエラに破壊の手ごたえがなかったのは自壊したから‥‥‥バラバラになってコアを守るために!
ドロシーは攻撃に耐え歯を食いしばりながら言葉を振り絞る。
「あんたの敗因は‥‥‥自分の力を過信していたことよ‥‥‥簡単に壊れる訳がないじゃない!」
カエラは呆れたように溜息をつく。
「本当、自意識だけは一流ね。もう勝負は決ま――ッ!?」
刹那、カエラの後方から片腕だけだったパピヨンがカエラに飛び掛かる。
完全に意識の外だったカエラは、あっさりとパピヨンの腕に捕まれる。
「ちょ、何‥‥‥ゴーレム!?」
カマイタチでボロボロになったドロシーが、フラフラしながらカエラを指さす。
「私がボロボロになっている間‥‥‥さぞ優越感がすごかったでしょうね‥‥‥!」
「ちょ、ちょっと待って! これってまさか――」
「正解。‥‥‥――大爆発」
カエラの表情が一気に強張る。
焦り、額に汗が滲む。
「ちょ、この距離はさすがに‥‥‥!」
カエラは慌てて上空へ逃げようとするが、がっしりと掴まれた身体が腕から抜けず、逃げ切ることが出来ない。
「パピヨン‥‥‥」
「ちょ‥‥‥ストップ!! ストップ!! 待って!! 死んじゃ――」
「開ほ――」
「ぎ、ギブアップ!! 降参!!」
カエラが必死にそう叫ぶと、会場がしーんと静まり返る。
ドロシーがニヤリと口角を上げると、力なくその場に崩れ落ち、ぺたりと地面に座りこむ。
それと同時に、パピヨンもボロボロと崩れ去る。
もう自爆の力は残ってなかったのか‥‥‥ブラフかよ‥‥‥怖え‥‥‥!
「し、試合終了~~!! 第2試合は波乱の展開だあ! 完全優勢に見えたカエラ・ホーキンス、まさかのギブアップ!! 勝者はウルラ所属、ドロシー・ゴート!!!」
ワーッと激しい歓声が上がる。
運が良かった‥‥‥と言えばそれまでだけど、見ようによれば勝つべくして勝ったとも言える闘いだった。
はじめにアルフレドで自爆の切り札があることを匂わせたことで、カエラはパピヨンを警戒していた。
それを捨て身の攻撃をしたように見せて壊させ、一瞬思考の外へと追いやる。
見事パピヨンの存在を完全に壊れたものと考えていたカエラは余裕しゃくしゃくにドロシーを斬り刻む。
そして虚を突かれゼロ距離に近づかれたカエラはパニックになり思考を放棄。
ドロシーの大爆発の言葉に焦ってギブアップを選択した‥‥‥。
あの距離なら、パピヨンをもしかしたら風魔術で粉々に出来たかもしれない。
だがその発想に至らなかった。
距離を置いて戦ってきたカエラには捕まえられた後に冷静に対処する実力がまだなかったという事だ。
――ま、何にしても勝っちまったわけだ、ドロシーが。ボロボロになりながら。
カエラはへなへなと力なく座り込み、唖然とした表情で崩れ去ったパピヨンを見る。
「な、何よ‥‥‥もう自爆する力残ってなかったんじゃない!」
ドロシーは係の人に肩を担がれながらカエラを振り返り、ベッと舌を出す。
「私の勝ち」
「――あ~~もう!!」
カエラは悔しそうに地面を叩く。
まあそりゃ悔しいわな。
ドロシーは俺を見つけると、弱った顔でほほ笑む。
俺は手を上げ、それに答えた。
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