第63話 第3試合、開始

 さて、次は俺の番か。


 ドロシーとカエラの戦いもあり、第3試合ともなると会場の熱気が上がってきている。

 下手な試合は出来ねえな。


 相手はユンフェ・タオ‥‥‥見た目はミサキに近い物を感じる。

 腰まで届きそうな長い黒髪をハーフアップでまとめている、清楚さ全開の少女‥‥‥と言うかもう女性みたいな色気がある。


 どことなくホムラさんっぽさのある大人びた感じだ。

 ホムラさんよりよっぽど中身は大人っぽい気はするけど。


 アングイスで1番の実力者と言われていて、4名の優勝候補としてグリム・リオルと共に名前が挙がっている。

 ちらほら耳に入ってくる観客の噂話でも、ユンフェが勝ち上がりベスト8でリュークと対戦するのは確定的だと見ている人がかなり多い。


 この試合も、ユンフェの前哨戦と見る人が多いだろう。

 言わば、ウォーミングアップみたいなものだ。


 確かに、ユンフェの立ち居振舞いを見てもかなりの実力者だというのはわかる。

 凛とした顔立ちに、涼し気な表情‥‥‥自信に満ち溢れている。

 恐らく精神的な弱さもない。


 と、俺がユンフェをチラチラと観察していると急に本人が俺の視線に気付いたのかこちらを向き、目が合ってしまう。


「あっ‥‥‥」


「えっと‥‥‥」


 やべえ‥‥‥気まずっ!


 しかし、ユンフェはニコっと微笑むと「がんばろうね」と言い、前に向き直る。


 よかった、一瞬ドキっとしたぞ‥‥‥。何ジロジロ見てるのとか言われたら死ねる。


 というか、ユンフェ、めちゃくちゃいい奴っぽいな。

 これから戦おうって奴にも礼儀を忘れない、根っからの武人タイプか。


 たしかに、この体つき‥‥‥戦闘に特化した体型。スラっとしていて、筋肉が引き締まっている。

 魔術だけを使う闘いではなく、武器を使う類の戦闘スタイルだというのが容易に想像できる。


 だとすると手ぶらだというのが気になるな‥‥‥。

 生成するタイプ、あるいは召喚するタイプか。


 ――まあ、今それを考えても仕方がない。


 ドロシーも自分の力以上のものを発揮して勝利を収めた。俺も、ミサキと戦う為に絶対にこの試合は落とせない。


 ユンフェが強敵なのはもう明白‥‥‥だが、俺が負けることはない。というか、千年前の英雄が現代の学生に負けてたらシャレにならねえ。


 今までは力を抑えてきたが、今回から俺も殻を1つ破ると決めたんだ。悪いが、俺の特異魔術のリハビリ第1号はユンフェ、お前にさせてもらうぜ。今日この試合がユンフェにとって魔術師人生で初めての挫折になるかもな。


 


「さあ、盛り上がって参りました‥‥‥! 準備が整ったようです! 続いて第3試合!! ウルラ所属、ギルフォード・エウラ!!」


 俺はアナウンスの後、入り口から演習場の中へと入ってく。

 瞬間、一斉に会場から歓声が上がる。


「うおっ‥‥‥すげえ!」


 実際にこの場に立って受ける歓声は、外で見てるときの何倍も大きく感じる。

 肌にピリピリと響く。


 こんな歓迎されて戦うことなんていつ以来だろうか。いつも敵の憎しみの籠った表情と、味方の悲痛な叫び声の中で戦ってきた。その俺が、まさかこんなところで魔術で戦えるなんて。


 いま改めてその現実に感謝したくなった。


 観客席を見ると、クロやユフィが手を振っている。

 反対側の一角にある小さい生徒用の観戦席を見ると、ドロシーやレンたちが応援しているのが目に入る。


 俺は手を上げてその応援に応えると、パチンと自分の頬を両側から叩く。


 気合を入れろ‥‥‥! 久しぶりの特異魔術だ‥‥‥もう覚悟は決まってる。

 まずは1勝。そこは譲れねえ。


「――続きまして、アングイス所属、ユンフェ・タオ!!」


 瞬間、ドッと歓声が沸き、会場が揺れる。

 待ってました! と言わんばかりの大歓声。

 

 うお‥‥‥とんでもねえ人気だな‥‥‥。


 俺の時の歓声とは質そのものが違うのを肌で感じる。

 これはもう、ユンフェ本人の人気の高さだ。


 これが優勝候補と一般生徒の人気の差か‥‥‥。

 この歓声を上げている奴らの期待を裏切るのは若干悪い気がするが‥‥‥心を鬼にして勝たせてもらうぜ。


 俺とユンフェは演習場の真ん中で向かい合う。


「よろしくね、ギルフォード君」


 ユンフェは軽くお辞儀をする。


「あ、あぁ、よろしく」


 俺は慌ててユンフェに釣られてお辞儀をする。


 この歓声の中でも動じていない。

 慣れてるのか。


「正々堂々戦いましょ! 負けないわよ!」


 予想とは裏腹に、かなり活発な雰囲気だ。

 ハキハキした喋り方に、にこやかな笑顔。

 こりゃ人気がある訳だ。これに実力もあるんだから当然という感じだ。


「おう‥‥‥皆には悪いが、この試合は勝たせてもらうぜ」


「あは、良かった、やる気十分ね。――私、弱い人には興味ないの」


「は、はぁ?」


 おぉ? 急に何か言い出したぞ‥‥‥?


「だから、ちゃんと私を満足させてよね」


 ユンフェは相変わらず爽やかな笑顔を見せる。

 が、目が笑っていない。

 なんだこいつ‥‥‥真面目な子かと思ったらぶっ飛んでるタイプか‥‥‥?


「ロンドールに入学すれば凄い魔術師と会えると思っていたけど、所詮は学校って感じよね。今のところ刺激がないのよ」


「はあ‥‥‥まあ、学校だし」


「だからこの大会で本気の皆と戦って、改めて見定めようと思ってね。最初の相手はギルフォード君だから‥‥‥いきなり失望させないでよね」


 そっちかあ‥‥‥こいつも自分が最強だと信じて拗らせてるタイプかあ。

 そういやリュークはアングイスにも喧嘩売ったとか言ってたし、この2人のやり取りが目に浮かぶぜ‥‥‥。


 ユンフェが負けた時が怖いな‥‥‥。


「ま、期待に答えられるか分からんが‥‥‥俺に負けても自分が弱いなんて思わなくていいぞ」


「‥‥‥どういうこと?」


「俺が最強なだけだからな、もし負けても自分を責めなくていい」


 よし、一応これで俺が勝った時の心のケアは万全だな。

 こういっておけば、そもそも俺が最強だったから負けたと自尊心が保てるだろ、うん。


 ――と思いきや、どうやら俺の言葉はユンフェを怒らせたようで、明らかに不機嫌な顔をする。


「‥‥‥やっぱりやめたわ」


「え?」


「実力を見るためにまず様子見から始めようと思ったけど‥‥‥最初から全力で勝負を決めさせてもらうわ」


 ユンフェの身体が臨戦態勢に入るのがわかる。

 本気でやりに来るつもりだ‥‥‥!


 よくわからねえが、調整には申し分ない相手だ。

 全力で来てくれるのは願ってもない。


「いいぜ、受けて立つ」



「それでは第3試合‥‥‥はじめ!!」


 ユンフェは開始の鐘と同時に右手を伸ばす。


 すると、さっきまで何もなかったその右手に、瞬時に槍が現れる。


 槍の生成――いや、召喚か!

 

 その槍をくるくると回し、構えると、矛先を俺へ向ける。


「――口だけじゃないところ、見せて貰おうじゃない」

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