第61話 風走る

 ドロシーは指を2本立て、カエラへ差し向ける。


「GO!」


「ブルアアアア!!!」


 一気に加速して駆け出すアルフレド。

 獣の姿をしたアルフレドは、まさに生き物のようだ。


 カエラはあのスピードに付いていくことができるのか‥‥‥。


「ゴーレム‥‥‥。珍しい魔術ね」


 カエラは冷静にアルフレドの攻撃を観察している。


 腰を落とし、しっかりアルフレドを凝視している。

 迎え撃つ気満々のようだ。


「アル! 思う存分食い散らかしていいわよ!」


「口が悪い女ね‥‥‥」


 カエラはまるで手を差し伸べるように、手のひらを上に向ける。

 そこに、魔法陣が浮かび上がる。


 すると、カエラやドロシーのスカートがフワリと浮き上がり、髪なども風に吹かれているように靡き始める。


 そしてその手を思い切りアルフレドの方へ向けて振り下ろす。

 瞬間、アルフレドの踏み込んだ足が、地面に触れることなく空振る。


「っ!?」


「ブルアアア!!」


 まるで地面から何かが突きあがってきたかのようにアルフレドの身体が一気に数メートル上空へと吹き飛ぶ。

 

 アルフレドはそのまま宙で一回転するとドロシーの近くに着地する。


「風‥‥‥!?」


「ま、すぐわかっちゃうわよね。――風っていいわよね、優雅で。私にぴったり」


「言動が相変わらず鼻につくわね‥‥‥私のゴーレムの方が美しい造形で優雅に決まってるでしょうが」


「土塊の分際で何言ってるのかしら」


 ドロシーの目が怒りに燃え上がっている。


「あーもう許さないからあんた!」


 開始早々バチバチしてな、この2人。


 それにしても、アルフレドの体重で吹き飛ばされるだけの風を発生させられるというのは脅威だな。

 万が一パピヨンでも吹き飛ばされるとなるとかなり危険だが‥‥‥。


 すると、次に動いたのはカエラだった。

 フワッとドロシーの髪が揺れる‥‥‥風魔術発動の合図!


「風っ! パピヨン!」


 パピヨンはドロシーを抱えるように持ち上げる。

 腕の中にすっぽりと包まれたドロシーは、そのまま後方へと下がる。


 とは言えパピヨンにはスピードは全くない。

 攻撃は不可避だ。


 下から突き上げる風が、ドロシーとパピヨンを包む。

 ‥‥‥が、流石にパピヨンの体重を動かせるほどの力はないようで、パピヨンはがっしりと地面に足をつけ、微動だにしない。


「あは、さすがにパピヨンは吹き飛ばせないみたいね」


「どうかしらね‥‥‥"カマイタチ"!」


 カエラは両手をクロスするようにドロシーに向けて振り下ろす。

 風を切るような鋭い音が響く。


「何度やっても変わらないわよ!」

 

 パピヨンはドロシーを包み込んだまま、どっしりと構える。


 一陣の風がドロシーとパピヨンの周りを吹き抜ける。

 さっきと風の様子が違う‥‥‥!


 次の瞬間、ドロシーの身体から血が噴き出す。


「――!?」


 腕や頬、足などに複数の切り傷が出来、そこから血が噴き出しているようだった。

 服もところどころパックリと切れている。


 カエラはニヤリと笑う。


「浮かせるだけしか能がないと思った?」


 風で斬ったのか‥‥‥!

 見たところ深手を負わせる程の威力はないようだが、あれで攻撃され続ければ厄介だな。

 見えない風の斬撃を防ぐにはドロシーのゴーレムでは限界がある。ジリ貧だ。


 ドロシーは少し痛そうに顔を引きつらせる。

 そりゃそうだ、切り傷は結構痛い。


「‥‥‥やってくれるわね」


「あなたの服がビリビリに破けるまで攻撃してもいいのよ」


「‥‥‥この変態」


 ドロシーはアルフレドの方を向く。


「アル!」


「ブルアアア!!」


 ドロシーはアルフレドをもう一度カエラへ差し向ける。

 今度は風に捕まらないようにジグザグと軌道を読ませないように複雑に動きながらカエラへの距離を詰める。


「相変わらず早い‥‥‥!」


「ブルアアアア!!!!」


「くっ‥‥‥まずい!!」


 数発の突風を避け、カエラの前で直角に曲がったアルフレドが、そのまま勢いを利用してカエラへと飛び掛かる。

 牙の生えた口が大きく開く。


「‥‥‥――なんちゃって」


 瞬間、カエラが腕を上に振り上げると、目の前に居たアルフレドが下からの突風で一気に吹き飛ばされる。

 今の風のパワー‥‥‥さっきまでの比じゃない!


「近い方が風力が上がるのよね。‥‥‥わざわざこんな素早い奴の動きを捕らえなくても、私を攻撃する瞬間を狙えば余裕なのよ」


 そのまま上空で身動きの取れないアルフレド目掛けて、複数発のカマイタチが一気に襲い掛かる。

 その手数に、どんどんアルフレドの身体が削り取られていく。


「く‥‥‥アル!」


「ブルアアァ‥‥‥」


 ボロボロになったアルフレドが力なく地面へと落ちる。


 まずい、唯一の攻撃手段が潰えた‥‥‥!

 どうするドロシー‥‥‥!


 完全にカエラ優勢の展開だ‥‥‥。


 カエラは今日一番の笑みを浮かべる。


「あらあらあら‥‥‥2体のうちの1体がもう壊れちゃったみたいだけど、もう出せないの? そのワンちゃん」


「‥‥‥」


 黙ったままのドロシーにカエラが言葉を続ける。

 

「戦意喪失みたいね。あれだけ吠えておいて。‥‥‥もう私の勝ちみたいなものね。それじゃ――」


「勝手なこと言ってるんじゃなわいよ‥‥‥終わりな訳ないでしょ!!」


 ドロシーの魔力が一気に跳ね上がる。ため込んでいたんだ、何かを発動するために‥‥‥!


 顔を上げたドロシーは全く諦めた表情ではなかった。

 まさか奥の手があるのか!?


「今更何を――」


「アル‥‥‥――開放ッ!!」


 瞬間、アルフレドが急激に光る。

 あの光はまさか‥‥‥!


 光っているのはアルフレドというより、破壊され剥き出しになったアルフレドの‥‥‥ゴーレムのコアだ。


 コアはドロシーの魔力の結晶と言っても過言ではない。

 圧縮されたその魔力は、想像以上のエネルギーを秘めている。


 つまり、それが急激に開放されればどうなるか‥‥‥。


「大爆発‥‥‥耐えられる?」


「――ッ!!!」


 激しい発光の後、耳をつんざく程の爆発音。

 アルフレドを中心に、爆風が吹き荒れる。


 大量の煙が吹き上がり、爆発した地面がパラパラと宙へ舞う。


 これがドロシーの奥の手‥‥‥! ゴーレム1体と引き換えの自爆攻撃!


 お‥‥‥おっかねええ!! 発想が怖いぞドロシー!

 ゴーレムを自爆させるなんて誰が考えたんだよ!


 だが、その威力は絶大のようで、実際に地面は大分抉られている。

 あれを直接食らえば、かなりのダメージは避けられない。


 さすがのカエラもこれで戦闘不能か。

 何とかなったか‥‥‥。

 危ない、アルフレドがやられた以上、ここで仕留められなければ本当にやばかった。


 ドロシーはパピヨンから降りると、身体に付いた汚れを払う。


「ふぅ‥‥‥何が服をビリビリにするよ。結局口だけだったみたいね」




「何勝ち誇ってるの? そんなに自分のゴーレムが壊れたのが面白かった?」


「えっ‥‥‥!?」


 ドロシーは慌てて辺りを見渡すが、どこにもカエラの姿はない。

 しかし、確かにカエラの声が聞こえる。


 少しして、声の出所に気付いたドロシーは上空を見上げる。


「冗談でしょ‥‥‥」

 

 そこには、爆発をまさかの上空へ避けた無傷のカエラの姿があった。

 カエラは上空からゆっくりと下降し、地面へと帰還する。


 自分も浮かせられるのか‥‥‥!

 いや、浮かせたというよりは、自分を上に吹き飛ばした感じだな。

 そして自分の魔術でゆっくりと下降した。


 ‥‥‥かなり自分の風魔術を使いこなしてやがる。

 リュークといい、口だけじゃねえぞ、こいつら。


 ドロシーは動揺した気持ちを抑えて笑みを浮かべる。


「あら、随分と呆けた顔してるけど、何かあった?」


「‥‥‥‥‥‥パンツ見えてたわよ、あんた」

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