第60話 同族嫌悪

 リュークはその場を動かず、じっとジャックの動きを追う。


 ジャックはかなりの速度で動き、絶え間なく攻撃を繰り返しリュークの行動を制限する。


「うおおおおお!」


 一撃でも掠れば一発戦闘不能になりそうな攻撃を、リュークはすんでのところで躱し続ける。

 あの速度の攻撃だ、俺たちみたいに俯瞰してみていればまだ何とか把握出来るが、実際目の前にすると動きなんて殆ど見えないだろう。


 だが、それでもリュークが躱せているのは、目で追っているからではなく、奴の霊薬によって漏れ出した魔力を探知しているからか‥‥‥。


 なかなかやるじゃねえかリューク。


 が、次の瞬間、ジャックの左手が、リュークの肩をがっしりと捕まえる。


「やっと捕まえたぜ、リュークぅ‥‥‥!!」


 ジャックは拳を握りしめる。


「この一撃で決める‥‥‥ッ!」


 ジャックは捕まえたリュークを離さず、全力で拳を振りかぶる。


 これは‥‥‥逃げられない! あのパワーで掴まれたら抜け出すのは殆ど無理だ。

 しかもこの一撃をまともに食らえばいくらリュークと言えども一撃でノックアウトだ。


 さすがに涼しい顔をしていたリュークの額にも汗が‥‥‥と思いきや、リュークは相変わらず涼しい顔で、恐怖の色などなく、ただただ冷めた目でジャックを見ていた。


「結局殴るだけか君は。最後まで愚かだな!」


 そう言い、リュークはそっと指を2本立て、ジャックの右胸に当てる。


「――"レイ"」


 瞬間、閃光が走り、ジャックの背中から後方へ一閃の光が突き抜ける。


 発動までが早い……!


 会場が静まり返る。


「ぐおぉぉぉ‥‥‥!!」


 ジャックの振りかぶった拳はリュークへと届くことはなく、ジャックはそのまま前のめりに地面へと倒れこむ。

 倒れこんだジャックは右胸を抑え苦しそうに悶える。


「ふん‥‥‥一瞬で十分だと言っただろ? 出直してこい」


 霊薬で硬化していたジャックの肉体を貫いた。

 恐らく、リュークの"レイ"‥‥‥あれは光の弓矢‥‥‥光線のようなものだ。


 最初の1本の時はジャックに傷一つ付けることが出来なかった。

 それがまさか、2本になったとたん、これだけ威力が増すなんて。


 エルバドの爺さんも確か似たような魔術を使っていた気がするが、そんなにメインで使っていた魔術ではなかったはず。そもそも大賢者の爺さんはその多岐にわたる魔術の種類から賢者と言われていたんだ。


 千年の歴史のなかで他の魔術は埋もれたのか‥‥‥?

 有り得なくはない。


 ジャックへ駆け寄った審判が、腕で大きくバツ印を作る。


「し、試合終了~!! 一瞬の出来事でした!! さすがは優勝候補リューク・エルバド! すべて見切っていたのか!? 宣言通り、一瞬で勝負を決めました!!」


 一気に歓声が会場に響き渡る。


 リュークは勝ち誇った顔で演習場を見回し、両手を振って歓声に応える。


 ジャックは恐らくレイでの負傷だけじゃなく、霊薬による身体のタイムリミット的なものも含めての続行不可能判定だろう。

 霊薬なんて本来戦闘に向いている技術とは言えないんだ。その中でよくやった方だ。


 レンが苦笑いをしながら溜息をつく。


「くぅ~、何かあの野郎、口だけじゃねえみてえだな~」


「あぁ‥‥‥。あれがコルニクスのツートップのうちの1人という訳か‥‥‥確かに厄介だな。リオルとリューク。間違いなく前評判通りの実力みてえだな」


「ミサキちゃんの相手はリュークの野郎かあ~大丈夫そうか?」


 ミサキはあははと笑う。


「いや~どうかな。‥‥‥一応がんばるけどね!」


「お、いいねえ。応援してるぜ!」


 ミサキの軽い言葉とは裏腹に、その顔は諦めた様子など微塵もない。


 ミサキは攻撃にあの魔術を使う気はないんだろうが、防御だけであのリュークの魔術を抑え込む方法があるのか?


 ――いや、確かに可能か‥‥‥。ミサキのバリアなら、レイに対抗できるかもしれない。

 リュークとの試合は見ものだな。

 

「――うし、じゃあ俺は控室行ってくるわ。また後でな」


 俺はレンと拳を合わせる。


「おう。お前ならやれるぜ」


「が、がんばってね、ギル君」


 ベルもグッと拳を胸の前で作り俺にエールを送る。


 チラッとミサキを見ると、ミサキは軽く微笑む。


「早く行ってきな。――約束通りになること、期待してるから」


 約束ね。


「あぁ、ミサキ、お前もな」


 レンが不思議そうに俺とミサキを交互に見る。


「お? 約束ってなんだよ」


「いいんだよ、こっちの話だ。――じゃ、行ってくるわ」


 俺もミサキと当たるまでは負けらんねえ。

 最初の相手はアングイスの筆頭、ユンフェ。果たして手加減して勝てる相手かどうか‥‥‥。



 俺が控室へ向かうと、丁度ドロシーが控室から出ていくところだったようで、ばったりと鉢合わせる。


「あら、ギル。――そっか、次だもんね」


「おう。ドロシーの相手は‥‥‥」


「あいつよ」


 ドロシーはカエラを顎で指す。


「やっと戦うことが出来るわ」


「本当謎に敵視してるよなあ」


「いいじゃない、それくらいの方が戦いも面白いわよ。ただ闇雲に戦うよりね」


「まあ、そりゃ言えてるな。思い入れがある方が力の入り方も違うしな」


 ドロシーは微笑む。


 よかった、ただ一方的に怒り狂ってる訳じゃないみたいだ。

 ‥‥‥まぁ、真面目なドロシーがそんな馬鹿な訳なかったな。ちゃんと冷静だ。これなら勝てる。


「試験の時も俺憎しの力で受かったしな」


「それは関係ないでしょ!」


 ドロシーが俺の肩をバシッと叩く。


「はぁ、試合前に体力を使わせないでよ‥‥‥。とりあえずあの子には私の前で散ってもらうわ。コルニクスには負けられない‥‥‥! いい? 私も勝つから、あんたも絶対勝つのよ」


「何かよくわからんが‥‥‥俺も負ける気はないぜ。ドロシーも絶対負けるな!」


 ドロシーはグッと親指を立てる。


「じゃあ、行ってくるわ」


◇ ◇ ◇


「第2回戦! コルニクス所属、カエラ・ホーキンス!!」


 カエラは、スタスタと笑みも浮かべず演習場へと入っていく。


 会場からは歓声が上がる。

 それでも、カエラの表情はぴくりとも動かない。


 なるほど、堅物って感じかあ。ドロシーと似てない‥‥‥とは言い切れねえなあ。根っこの部分では。

 真面目で努力家で自信家でプライドが高い‥‥‥ある種同族嫌悪なのかねえ。


「続きまして、ウルラ所属、ドロシー・ゴート!!」


 ドロシーも同様、浮かれた様子は見せず、毅然とした態度で演習場へと入っていく。


 歓声の中ドロシーの顔は無表情‥‥‥いやちょっと嬉しそうだな。

 あいつは感情結構表に出すからなあ、俺にもしょっちゅうキレてるし。


「いきなりあなたが相手とはね。願ったり叶ったりよ、カエラ・ホーキンス」


 カエラは怪訝な顔でドロシーを見る。


「何よあんたいきなり。‥‥‥――あぁ、リュークが煽ってたときに居たウルラのポニテ女‥‥‥ドロシーってあなただったの。ごめんなさい、気付かなかったわ」


 カエラはあくまで冷静にそう答える。

 おいおい、ドロシー煽るとか正気か?!


 こりゃ意識してたのドロシーだけだな‥‥‥そもそもこいつら会話したのも初めてじゃねえのか?


 ドロシーはニコニコと笑みを浮かべている‥‥‥が少しイライラしてるのが分かる。


「あはは、言ってくれるわね。‥‥‥まあいいわ、この勝負、勝つのは私よ。悪いけど、あなたの所のリュークやリオルを倒すのも私達ウルラだから、覚悟しなさい」


 その時、ピクリとカエラが反応する。


「――それは聞き捨てならないわね。あなたが誰か詳しくは知らないけど、この大会を席巻するのは私達コルニクス‥‥‥リオルとリュークを筆頭にね。それに私が加わればベスト4は殆どコルニクスで占められる。この山は強いのが私くらいしかいないからね、悪いけどさっさと勝たせてもらうわよ」


「‥‥‥やっぱりムカつくわね。でもナチュラルな上から目線ありがとう。――これで気持ちが冷めることなく思う存分やれるわ!!」


「では第2試合、始め!!」


 カーンと試合開始を告げる鐘がなる。


 ドロシーは早速地面に手を触れる。


「おいで‥‥‥パピヨン! アルフレド!」


「ブルアアアアアア!!!!」


 雄たけびを上げながら、地面から2体のゴーレムが生成される。

 

「――かかってきなさい‥‥‥私たちの力見せてあげるわ!」

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