第57話 吸血鬼と幼馴染
トーナメントの組み合わせが発表された翌日からは校内の空気がガラッと変わった。
前までの雰囲気とは一変、どこもかしこも新人戦の話題で持ち切りだ。
上級生は何だか祭りの前の高揚感で機嫌がよく、対して1年生は皆ピリピリとした空気を放っている。
授業は1週間前までは通常通り行われていたが、出来るだけ吸収し、かつ自分の弱みを見せないようにと神経を研ぎ澄まして皆集中して臨んでいた。
そんな中他のクラスの連中とすれ違うことも多く、俺たち(主にドロシーとかレンが)バチバチと闘志を燃やしていた。
そして1週間前からは自主練期間。各々自由に時間を過ごし新人戦に備える。
比較的仲良くなってきた俺たちでさえ、世間話や他クラスの話はしても、自分たちの魔術についてはお互い触れないように距離を保っていた。皆、同じクラスの仲間と言えども手の内を極力見せないようにひっそりと練習していたのだ。
レンはいつの間にコネを得ていたのか、4年のアレックスさんに何やら手ほどきを受けているようだった。
かなり戦闘スタイルが近い2人だったようで、打倒リオルに燃えていた。
ベルは休みの度に実家へ戻り、指南役との魔術の調整を入念に続けているようだ。1週間前からはずっと家に戻っていた。普段はのほほんとしているのに、人一倍魔力が研ぎ澄まされているのを感じる。やはり、優勝候補と言われるだけはある。それがプレッシャーにも成っているんだろうけど。
ロキはいつも通りどこで何をしているかさっぱりわからなかったが、毎日遅くまで何かをやっているのは皆知っていた。このクラスでベルの次に期待されているのは恐らくロキだろう。なんだかんだ、こいつの試合を見るのは楽しみだ。
ドロシーはゴーレム生成という特殊な魔術を使う関係上あまり指導を乞える人物が周りにいなく、基本は自主練をしていたようだった。ただ、何やら物騒な爆発音がドロシーの練習している場所から聞こえてくることが度々あり、何やら奥の手を練習している様子だ。地下室では殆どその実力を見れなかったし、ドロシーの戦いも期待している。
そしてミサキは‥‥‥授業を除き、たまに寮で見かける以外殆ど会うことはなかった。
何をやっているのか全くわからなかったが、俺は心配はしていなかった。
すべては本番でわかることだ。
――そして、その日はすぐにやってきた。
◇ ◇ ◇
「いやー本当に凄い観客ね」
「普段じゃまずお目にかかれない光景だな‥‥‥」
俺とドロシーは、演習場の人の入りを見て、驚きの声を上げる。
新人戦は一般の観客も見ることが出来るオープンな大会だ。そのほとんどは生徒の親族や魔術関係者だが、それでもかなりの人数が毎年足を運んでいるようだ。
今年も例年にもれなく大量の客入りがあったようで、普段見ない顔がワラワラと人だかりを作っていた。
使用される会場は、第1演習場ただ一つ。ここで順番に対戦が行われる。
こりゃ皆緊張するわ‥‥‥。
「そういやベルは?」
「親のところ寄ってからくるって言ってたわよ」
「親ねえ」
そうか、ベルの両親か。かなりプレッシャーかけてきそうだなあ。
それにお姉さんが居るって言ってたし‥‥‥変に意識しないで大会に挑めればいいけど。
「ドロシーの所は来てないのか? 両親」
「来てるんじゃない? 知らないけど」
「行かなくていいのかよ」
するとドロシーがジトっとした目で俺を見る。
「ご両親にご挨拶を――とか古臭いネタをするために振ってるんじゃないわよね」
「俺を何だと思ってんだ! ちげえよ、普通にだよ。前親の話してただろ?」
「あぁ‥‥‥いいのよ別に。私はただこの大会で自分が努力してきた結果を出す。そして結果としてそれを私の両親が見る。才能だなんだと言ってきた両親を見返すには結果を見せるしかないのよ。――それに、別に魔術以外に関してはのほほんとした両親だからね‥‥‥会ったらせっかく高めた緊張の糸が切れそうだし」
そう言ってドロシーは軽くため息をつく。
「へえ、ドロシーの両親っていうからてっきりもっと普段からエリート思考の強い厳しい親なのかと思っていたけど、そう言う感じでもないのな」
「どういう意味よ! ――まあ、人は1面だけ見てもそれがすべてじゃないってことよ。‥‥‥それよりあんたは? 誰か来てないの?」
「はっ、来るわけないだろ? 俺は所詮田舎育ちの独り身だから――」
「おーいギル! こっちこっち!」
なんて話をしているそばから、聞きなれた声が観客席の方から聞こえる。
「なんかあんたを呼んでる声がするんだけど‥‥‥」
観客席でひと際目立つ、美人で黒髪の女性。
その実態は、俺の古くからの悪友にして、最強の種族吸血鬼。
「クロ‥‥‥!」
クロは手を振って俺たちを呼びつける。
ドロシーもクロのことは俺から軽く聞いた程度だったため興味津々で俺についてくる。
「やあギル。息災で何よりだよ――そっちの子は?」
「あ、私同じクラスのドロシー・ゴートって言います」
ドロシーはぺこっとお辞儀をする。
「ほう‥‥‥まったく、ギルは見境なく女の子に手を出すんだから」
「そういうのじゃねえよ!! ただのクラスメイトだ」
懐かしくもイラつくクロとのトークに思わず棘が出る。
落ち着け落ち着け、これから戦いだぞ。でもなんかクロと話すと調子狂うんだよなあ。
ドロシーの気が抜けるって言ってた意味が今やっとわかったかもしれない。
「あはは‥‥‥それにしてもクローディアさん、すごい美人ですね」
「‥‥‥。ギル、何だこの子は、凄くいい子じゃないか」
「単純かよ。‥‥‥まあ悪い奴ではねえよ」
クロは満足そうにドロシーの手を握る。
「ありがとう、ドロシーちゃん。君もかなり可愛い部類とみた。これからもギルをよろしくね」
「あ、ありがとうございます。まあ同じクラスですし‥‥‥それに――」
ドロシーはチラッと俺を見てすぐ目をそらす。
「ま、まあ、知らぬ仲でもないですから‥‥‥私の方こそよろしくと言いますか‥‥‥って何言ってんだろう私」
ドロシーは照れ臭そうに笑う。
なんだなんだ、2人して盛り上がりやがって。
「――っと、そうだ、ギル。君にいいお土産を持ってきたよ」
「ん、別にお土産なんていいのに」
するとクロはニヤーっと不敵な笑みを浮かべる。
なんだ‥‥‥なんだこの不穏な笑みは!!
何を渡す気なんだ俺に‥‥‥。
「今ちょうどトイレ行っててね‥‥‥――お、噂をすれば来た来た。おーい!」
クロは俺たちの後方へ向けて手を振る。
その視線の先にいるのは、どこかでみたシルエットだ。
揺れるリボンのカチューシャに、風に靡く金色の髪。
「あ、クロさん、お待たせしました~。いやー凄い人ですね、さすがロンドール」
そこに居たのは、俺の最初の魔術の弟子にして、唯一の幼馴染。
「――ユフィ‥‥‥!?」
「え‥‥‥ギル!? 久しぶり!!
嘘だろ!?
いや、確かにすぐ会いに来れる距離だとは言ってたけど‥‥‥。
あまりに予想外すぎて、頭が追い付かない。
「えへへ‥‥‥やっほー。なんかすごい久しぶりだね。ちゃんと魔術がんばってるのかー?」
ユフィは久しぶり過ぎて照れているのか、少し伏し目がちにしながらそう尋ねる。
「言われなくてもちゃんとやってるっての。それにそんなすげー長い間会ってない訳でもねえだろ」
「そうだけど‥‥‥なんだか凄い久しぶりに会った気分」
俺も何となく、それは感じていた。
あの村で過ごしていた期間が濃密過ぎて、そして合格してからも濃密で‥‥‥。
たった数か月だが、まるで全然会っていなかったような、そんな気分だ。
「というか、何しに来たんだよ。冷やかしか?」
「違うわよ、見ればわかるでしょ! クロさんに誘われてギルの応援に来たんだよ! どうせ誰も応援してくれないだろうからね」
「バカ、数人はいるわ、応援してくれる人が! ‥‥‥多分」
ユフィはそんな俺の反応を見てクスクスと笑う。
何だか懐かしい気分だ。
「あはは、いやーでも元気そうでなによりだよ。うんうん、少し成長した?」
「ま、成長期だからな。ユフィもまあ‥‥‥少しは大人っぽくなったか?」
「でしょ?」
すると、後ろからトントンと肩を叩かれる。
「あ、あのー‥‥‥ギル、この人は‥‥‥?」
ドロシーがかなり引きつった笑顔を浮かべて困惑気味にそう聞いてくる。
「あー悪い悪い、知らねえよな。‥‥‥確か前話したよな? 魔術を教えてた幼馴染が居るって。それこいつ」
ユフィはペコっとお辞儀する。
「ふぅん‥‥‥幼馴染‥‥‥ね」
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