第52話 ミサキの魔術

「じゃあいつでも始めて頂戴~!」


 ホムラさんは観客席に座り、楽しそうにお菓子を食べながら俺たちを眺める。


「はぁ、あの人は何がしたいんだ‥‥‥」


「まあ先輩と仲を保つのも大事なことだよ。ささっとやって、満足させてあげましょ」


「相変わらずだなミサキは」


「そうでしょ?」


 やっぱりいつものミサキだ。

 ホムラさんは一体何を心配しているんだろうか。


「まあでもちゃんと全力でやろうね、ホムラさんはそう言うところ見てるから。ギル君も同じだしわかるでしょ?」


「ん? ‥‥‥あぁ、まあな」


 同じ‥‥‥? ホムラさんに苦労させられてる同じ仲間ってことか?

 ミサキも何やかんや苦労してるみてえだなあ、ホムラさんに。

 何か言われたんだろうか?


 ホムラさんなりのコミュニケーション‥‥‥と思っていいのかどうか‥‥‥やっぱり俺にはただ自分が楽しんでるだけにしか見えないが。


 観客席のホムラさんは、「早くやりなさいよ~!」と言いながらパチパチと手を叩く。


「――はぁ。そうだな。さっさとやってしまおう」


 俺は構える。


 さて、ホムラさんの要望はミサキの全力を引き出す‥‥‥だったな。

 とりあえず様子を見るか‥‥‥。


 ミサキの特異魔術に併せて対応して、上手く力を引き出せばホムラさんも満足だろ。


「じゃあいくよ‥‥‥!」


 ミサキは初手から汎用魔術、ファイアボールで牽制攻撃をしてくる。

 俺はそれを凍らせ、次の出方を待つ。


 さあ、どう来る‥‥‥!


 しかし、次も、その次も、ファイアボールの嵐。

 一向に特異魔術の気配がない。


 たまに思い出したかのようにサンダーボルトが飛んでくるが、どれも汎用魔術の域をでない。


 お世辞にも、威力の高い魔術とは言えない。


「‥‥‥どうした、特異魔術は使わないのか?」


「使う必要が出てくればね」


 俺が動かなければ、見せないと言うことか。

 作戦変更だ、ある程度は追い詰める必要がありそうだ。


 さすがにこれ一発で気絶しないでくれよ‥‥‥!


「"サンダーボルト"!」


 稲妻のような炸裂音が響き、ミサキへ電撃が放たれる。


「やべ、マズッ」


 やっぱり俺のサンダーボルトは威力をいくら抑えてもミサキの倍以上力が出てしまう‥‥‥。

 まずったな、思った以上に威力がでちまった‥‥‥今ので終わってしまったか‥‥‥?


「ミ、ミサキ大丈夫か!?」


「――ふふふ、ギル君、一応私もこの学校の生徒なんだよ」


 煙が晴れると、ミサキは変わらずその場に立っていた。

 ダメージを受けた気配も、汚れも見当たらない。


 なんだ‥‥‥防いだのか?


 魔術的な反応はあったが、良く見えなかった。


 ――と、そこでミサキの前で光が反射していることに気付く。


「‥‥‥薄い膜‥‥‥? バリアか?」


 薄い膜が何層にも重なり、強度を出しているようだ。


「そういうこと! 私に攻撃を加えようったってそう簡単じゃあないってことだよ!」


 確かにこれは厄介だ‥‥‥今までは攻撃を当てれば終わるだろうと考えて威力を軽減して戦ってきたが、防御主体の魔術師だったとは‥‥‥。


 見たところ‥‥‥空気の凝固‥‥‥と言ったところか?

 かなり汎用性の高そうな魔術だな、羨ましい。


 俺も威力を上げないと突破しきれないなこりゃ‥‥‥嫌な予感がする。


 そこからの闘いはまさに一方的だった。見た目上は。

 そう、嫌な予感が見事に的中した。


 正面からの攻撃には素直に盾のようにバリアを張り、真上や後方からの攻撃にはドーム状に張ったバリアで防御する。まさに360度死角がない。


 以前似たような魔術師と戦ったときは特異魔術を使ったから一発だったが‥‥‥それはしたくない。

 他の手段としても更に威力とスピードを上げて防御が追い付かなくすればいいだけなんだが‥‥‥。


 ホムラさんに言われただけの模擬戦でそこまで徹底して攻撃してしまうと怪我をさせかねない。

 この大事な時期にそれはちょっとなあ。


「くそ‥‥‥硬いな‥‥‥!」


「ギル君の攻撃も受け切るので精一杯だよ‥‥‥!」


 一方的‥‥‥だが決着のつかない闘いが数分間続く。


 その中で俺は異変に気付く。


 何かおかしい。

 この魔術‥‥‥このバリアとしての使い方が本来の使い方なのだろうか?

 いくらでも他の使い方が出来そうなものだが‥‥‥。


 あえて自分で防御にしか使わないと決めているのか?

 俺が隙を見せても、汎用魔術を繰り出してくるだけだ。


 これがホムラさんの言っていた破れない殻‥‥‥ってことなのか?

 確かにこれじゃあ戦闘するにおいては負けなくても勝つこともない。

 波風立たない‥‥‥そういうことか?


 正直、こんな闘いに意味があるとは思えない。

 ホムラさんはこの魔術を分かったうえで俺に戦わせたのか‥‥‥? こんなの逆にこの魔術の防御を突破されたら自信なくすんじゃ――いや、もしかして、俺にこれを突破しろと言っているのか!?


 ちらっとホムラさんを見ると、目が合う。

 するとまるで俺の心でも読んでいるかのように、ホムラさんはウィンクをして親指を立てる。


「そういうことですか‥‥‥」


 まずは今の専守の概念を崩してやれってことか……。

 守ること‥‥‥攻撃に使わないこと、それ自体がミサキの心とか考え方の影響だってことか?


 その象徴的とも言える堅守の魔術を破壊することがミサキが変化出来るきっかけになると思っているのか。そして突破さえすれば攻撃せざるを得ないはずだと。


 ‥‥‥まあ何となくホムラさんの考えは理解できたが‥‥‥そんなに上手くいくか。

 つーか別に守り特化でもいいじゃねえかよ、勝つことはなくても負けることはないだろ、大抵は。


 ――というか俺にやらせる役割じゃないでしょ!!

 あの人本当に俺の力わかってるのか?? 

 そんな器用に殺さないで力出すの難しいんですけど!


 過大評価しているようで過小評価しているようにも感じてきたぞ‥‥‥。


 相変わらずホムラさんはニコニコとこちらを見ている。

 期待している目だ‥‥‥。


 まあ何か言われるのも癪だから一応あの防御は突破するけど‥‥‥。

 最初にも行ったけど、ぜってえ特異魔術は使わねえからな。

 うまく壊して隙見せれば何とかなるだろ。

 

 俺はファイアボールを散弾のように散らす。キースお得意だった技をパクらせてもらうぜ。

 

「く、やっぱりギル君の汎用魔術は威力がおかしいよ‥‥‥! でもそれくらいなら‥‥‥!」


 ミサキは自分の前にバリアを展開する。

 思った通り、あれだけの物量ならドーム状に展開するには速度が遅い。


 さっきまでより手数を上げて防ぎきれなくしてやる。


 休む間を与えることなく、次々と魔術を繰り出す。


「くっ!」


 もし俺の仮定した通りあれが空気の凝固で出来たバリアなら、凍らせられるはず‥‥‥!


 俺はブリザードで一気にミサキの作り出したバリアを凍らせる。


「凍らされた?!」


 あとは一点集中で‥‥‥。

 俺は魔力一気にためると、雷の槍を生成する。


「"雷槍"――!」


「ちょちょちょっと、汎用魔術の応用って言ってもさすがにそれは――!」


 凍り付いたバリアは雷槍の威力により貫通し、ガラスの様にそこを起点に粉々に破壊される。


 散ったバリアの破片が、ゆっくりと地面に舞う。

 さっきからの闘いでわかったこと、バリアの再展開には4秒近いラグがある。


 あとは直接攻撃するだけだ。


 俺は一気にミサキに近寄る。

 さあ、攻撃してこい‥‥‥!

 俺の直線的な攻撃前のこの動作は、その魔術で刈り取るには絶好のチャンスだそ!


 しかし、ミサキは攻撃をする気配はなく、俺の攻撃を受け入れる体制だ。初めからここで終わらせるつもりだったかのように。

 

 その表情は悔しさも何もない、ただ穏やかだった。

 

 その時俺は悟る。


 そうか‥‥‥俺に勝つこと自体がミサキにとって自分の役割ではないと思っているのか。どのみち負けるというのは自分の中で決まっている、決定事項なんだ。


 それが正しい役割と信じてる。


 その上攻撃に特異魔術も使わないという縛りプレイ。


 確かにこりゃ歪だなあ。

 性格がそうさせているのか、生い立ちが関係しているのか――。

 つうか全力出せば勝てると思ってるってことか? 攻撃に使えば勝っちゃうからとか思ってそうだなあ……逆に舐めプされてんじゃねえか?


「はいそこまで、終了~!! お疲れ様二人とも」


 パンパンと手を叩き、ホムラさんが試合を止める。


 結局、ミサキの真価も変化も、見ることはできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る