第51話 ホムラの企み

「ギルく~ん、こっちこっち」


「?」


 放課後、寮でのんびりと過ごしていると、ホムラさんが急に俺を呼び出す。

 すると茶化す様にレンがニヤニヤと俺を見る。


「おいおいおいおい!? どうしたんだよギル‥‥‥まさか抜け駆けか? ホムラさん可愛いもんなあちくしょ~」


「ちげえよバカ! ‥‥‥なんかあるんだろ、知らんけど‥‥‥」


「あはは、冗談だよ。早く行ってやれよ、待ってるぞ」


 レンは持ってる本に視線を戻しながらしっしっと俺を追いやるように手で払う。


「ったく、お前が呼び止めてたんだろうが‥‥‥」


 俺はレンのうざ絡みを早々に抜け出すと、ホムラさんの元へと向かう。


 ホムラさんはニコニコした顔で俺を迎える。


「どうしたんですか一体?」


「あのさあ‥‥‥」


 ホムラさんは壁に指をあててくるくると円を描きながら言いずらそうにこちらを見る。


「いや、あなたそう言うタイプじゃないでしょ‥‥‥」


「もう~つれないなあ! 実はさ、ちょっと戦ってほしい人が居るんだよねえ、今」


「は‥‥‥はぁ!? なんで俺なんですか!? というか今!?」


 おいおい、もう授業も終わって夜飯も食い終わった時間だぞ?

 こんな時間からって‥‥‥。


「いやー君が適任かなって‥‥‥お願い!!」


 ホムラさんは両手を合わせて俺の手を握り、上目遣いでそう懇願する。

 何この人、怖い。可愛い。ずるい。


「ま、まあ先輩の頼みならいいですけど‥‥‥」


 俺はぽりぽりと頬を掻きながらぶっきらぼうにそう言う。

 まじで狡いわこの人。

 自分の武器をわかってやがる。


「そう言ってくれると思ったよ~」


 そう言わせたんだろうが!


「で、誰なんですか?」


「ミサキちゃんよ」


「え? ミサキ?」


 まてまて、ミサキ??

 なんでここでミサキなんだ‥‥‥?

 あいつがそんなことするタイプじゃないことは流石にわかってる‥‥‥つもりだけど‥‥‥。


「――なんか腑に落ちないって顔してるね」


「いや、だってそうでしょ。ミサキだったらわざわざホムラさんを介して俺に闘いを申し込む訳ないじゃないですか。‥‥‥まさかあなたの独断っすか‥‥‥?」


 ホムラさんはグッと親指を立てる。


「その通り! でも安心して、ミサキちゃんには話を通してあるから!」


「いやいやいや! なんでミサキと俺が‥‥‥そもそもなんで俺なんですか? ミサキならもっと同レベルの適した相手が――」


 するとホムラさんは急に真剣な眼差しで俺を見る。


「あのさあ、言っておくけど私って一応クラス長なわけ? ちゃんと全体を見てるのよ。‥‥‥で、ミサキちゃんがどう考えても自分の殻を破れていないのはわかってるのよ。君も気付いてるでしょ?」


「う、うーん、どうですかね‥‥‥」


 そうだろうか?

 確かに最近は周りの変化についていけていないような言動がたまに見られるけど、闘いも至って普通だし‥‥‥。


 それも本当にたまにで普段はドロシーとかベルと仲良さそうに普通にしてるけど‥‥‥。


「そもそも、たとえホムラさんが手回しして何か策を講じたところで、短期間でいつも負けているような相手に勝てるようになったりしないでしょ?」


「あら、意外とリアリストなのね」


「茶化さないでくださいよ」


「そうじゃなくてね‥‥‥私はある種、ミサキちゃんは君と同種の存在だと思っているのよねえ」


「俺と‥‥‥?」


 ホムラさんは頷く。


 同種‥‥‥っていうとどういうことだ?

 正直ホムラさんが俺のことをどれだけ評価してくれているのかは知らないけど、その俺の評価と同等の評価を与えているってことか?


「そう。つまり、彼女はまだ自分に縛られて実力を出しきれていないと思うの」


 そういうことか。

 

 俺がどことなく全力を出していないなと、ホムラさんは結構前から察していたからな。

 そう言う意味での同種か‥‥‥。


「いや、でもそんなことないでしょ。結構ミサキはまじめだし、そういうところはちゃんと自分で考えて――」


「あら、意外と君って人のことをちゃんと見ていないのね。なんか残念」


 ホムラさんの目が、急に冷たくなる。

 突き放したような、露骨な表情だ。


 俺は思わず身震いする。


「‥‥‥あなたが俺のことを過大評価しすぎているんですよ」


「そうなのかもねえ。――まあとにかく、ミサキちゃんは確実に君と同種、全力を出せないタイプなのよ」


「だから俺と戦えと?」


 ホムラさんは頷く。


「同じようなタイプ同士戦えば、見えてくるものもあるでしょ。君、ミサキちゃんと対戦経験は?」


「体術の授業で数回戦いましたけど‥‥‥」


「魔術は?」


「いいえ、見たこともないです」


 そう、この学校の授業は確かに魔術の実技演習もあるのだが、特異魔術を皆に見せてしまうようなお粗末な授業は存在しない。それこそ汎用魔術だったり、ドロシーも特訓した魔力探知だったり、そういう基本のみを教えるのだ。


 俺が試験の時に感じた、特異魔術をもう周りに見せてもいいんだと言うこの時代の魔術師全体に感じた感想とは、真逆を行く‥‥‥つまり時代逆行した授業体系。古くから続く由緒正しい魔術学校であるが故なのだろうけど。


 ‥‥‥まあ俺もそれには賛成なわけだが。


 とにかくそう言う訳で、魔獣との闘いを視れなかった組は俺にとって殆ど未知数だった。


「だからこそ、ちょっと戦ってほしいのよ。そこで見えてくる課題が絶対ある。お願い!」


「それだったらむしろ他の人の特異魔術を研究して対策を練る方が効果的では?」


「ミサキちゃんの問題はそういうところじゃなくて、もっと根本的な‥‥‥生き方に関わる問題なのよ」


 ――いやそれこそ‥‥‥そう言おうとして俺は口を噤んだ。

 そんなこと、このホムラさんがわかっていないはずがない。


 わかったうえで、何とかしようとしているのだ。


「‥‥‥なんでそこまで」


「言ったでしょ、私はウルラクラスの長なわけ。言わばリーダーなの。新人戦で不甲斐ない後輩なんて見たくなーいの」


「――とかいいつつ、自分が楽しみたいだけに見えますけど」


 ホムラさんは否定も肯定もせず、ただ微笑んだ。

 お茶らけて見せる言葉の裏に、常に何か別の真意を隠している。それがホムラさんという人間だ。


 まあ、ホムラさんに逆らえる人間なんてこの学校にはいない‥‥‥か。


「はぁ‥‥‥まあいいですけど。俺は汎用魔術しか使いませんよ?」


「もちろん、そこは自由にしちゃって。使わざるを得なくなってくれれば私としては二度おいしいって感じなんだけどねえ‥‥‥」


「あはは‥‥‥」


 絶対そうはさせねえぞ。

 ったく、ホムラさんはさすがサイラスの知り合いだけあって、なんだか調子が狂うぜ。


「ま、そこはミサキちゃんの方にも障害があるわけでね‥‥‥」


「?」


 そうして俺はホムラさんに連れられて演習場へと足を運んだ。

 そこには既にミサキが準備を終えて待ち構えていた。


「ありゃりゃ、本当に口説き落としてきちゃったんですね、ホムラさん」


 ミサキは意外そうな顔で俺に手を振る。


「言ったでしょ、ギル君は私のこと好きだから言う事なんでも聞くって」


「あはは、そうみたいですね」


「それは違うだろうが!! 変なこと言わないでくださいよ!」


「あはは、まあいいじゃない。――さあ、早速始めましょ」

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