第50話 意外な進歩
「はっ!」
レンの右ストレートを、ロキが掻い潜る。
身軽なロキは、攻撃より回避の方が上手いみたいだな。
次々と繰り出すレンのパンチを、すんでのところで躱している。
しかし、徐々に攻撃の手数が増え、ロキも避けるのが苦しくなってくる。
「くっ‥‥‥!」
「がんばれーレン! そんな奴ボコボコにしちゃいなさい!」
「ちょ、ちょっとドロシー、それはさすがに可哀想だよ言い方が‥‥‥」
「まあまあ、みんなそれぞれだしね! やっぱ男子の組手は迫力あるねえ!」
そう、今日の授業は組手の模擬試合だ。
魔術師といえども、闘いとなると直接拳を交えることもある。
俺たちはみな動きやすい恰好をして、室内の演習場で一対一の対人戦を行っていた。
もちろん、魔術は禁止だ。
新人戦まで後一か月もないという時期に差し掛かり、皆の練習にも熱が入る。
特に派手好きの癖に魔術は地味で、むしろ接近戦を好むレンはこの練習の時間をえらく気に入っていた。
まあ一番この授業では強いのだから当たり前なのだが。
「やっぱ背のデカいレン君に利があるわよねえ。あの高さから打ち下ろされたら私なんて一発で気絶しちゃうわよ」
「そうだね‥‥‥。レン君が相手となったらいかに遠くから戦うかが重要になりそうだよね」
――そう、これは自分の特訓にもなると同時に、弱点を晒したり対策を練られてしまうリスクも備えているのだ。
「そうだ、いいぞレン! 手を弱めるな! お前の魔術を生かすためには相手に攻撃の隙を与えないことだ! 逆にロキ! お前の場合は魔術に頼り過ぎて体術がおろそかになっているぞ! もっとステップを使ってうまく捌け!」
ロキは苦しそうにしながらも、イライラしているのが見てわかる。
「ちっ、いちいちうるさい奴だ‥‥‥!」
瞬間、気が緩んだロキの顔面にレンの蹴りが飛ぶ。
――それを寸止めしたところで、レンとロキの模擬試合は終わった。
「あらら、ロキご機嫌斜めだなこりゃ」
結果はレンの勝利。
今のところ純粋な格闘戦でレンに勝つことが出来るのは殆どいない。
稀に俺が勝てるくらいだ。
――というレベルには一応抑えてある。
「そうねえ。ロキ君は自分のことが一番だと思ってるからねえ。魔獣が出たときもいの一番に闘いに行っていたし。ま、それがロキ君なんだけどね」
「そういうことだろうな」
レンとロキの闘いが終わったところで、俺たちの授業は終了した。
整列し、最後の挨拶を受ける。
体術の講義の先生、ロイスは俺たちが揃っていることを確認すると話始める。
「模擬試合自体は今日が最後だ。一か月後に控えた新人戦のためにも後は各人で極めたいこともあるだろうし、見られたくないものもあるだろう。だが授業は今まで通りあるから忘れないように。では解散」
「「「お疲れさまでした」」」
丁度その時、昼を告げる鐘がなる。
この後は昼休みの時間だ。
俺はレンと昼を食うのが日課になっている。
あいつはやたらと食うんだよなあ‥‥‥そのせいでお腹いっぱいで午後の講義で寝ていることが多い。
「おーいレン、昼食いに――」
っと声を掛けようとした瞬間、俺は目を疑った。
嘘だろ、冗談だろ!?
こんなことってあるのか?!
俺は急いでミサキやドロシー、ベルたちを呼び止めると、遠く離れたところからその様子を眺める。
「な、なによ昼食べたいんだけど‥‥‥ていうかそ、そんなにくっつかないでよ!」
何やら照れているドロシーだが、今はそんなことを気にしている場合ではない!
「どうしたのギル君」
「あれ見てみろよ!」
「あれって‥‥‥」
皆が俺の指さす方を見る。
そこには、体術の動きをレンから教わろうとするロキの姿があった。
「うっそ、あのロキが教わろうとしてるの!?」
「な、やべえだろ!? あのロキがだぞ!?」
信じられない、と言った表情で、皆唖然としている。
そりゃそうだ。常に唯我独尊状態で、俺たちと交流を持とうともしなかったロキが、とうとう、レンに体術の教えを乞うなんて!
クラスの仲間としては嬉しいことだが、本当に意外過ぎる。
「なあミサキ、良かったな! お前がいっつも気にかけてたし。これである程度は落ち着いてみてられるんじゃねえか?」
「‥‥‥‥‥‥」
「ミサキ?」
「えっ!? あ、うん、そうだね‥‥‥」
「?」
「やっぱり変わったのはあの魔獣が出たときなのかなあ」
ベルがそう呟く。
「そう言えば俺とドロシーはそっちがどうだったか詳しく知らないんだよな」
「ロキ君が魔術でどんどん魔獣を倒していって、もちろん、他のクラスの人とか特にグラム君なんかも大活躍だったんだけど‥‥‥、そこでロキ君と上手く背中を預け合ってたのがレン君だったのよ」
「へえ‥‥‥まあベルは一人でもどうにかできる力あるしな」
「そ、そんなことは‥‥‥」
そうか、なるほどな。
命を預け合う闘いを共にしたことで、意外とロキの中で心境に変化があったのかな。
と、俺たちがこそこそしているとロキとレンが近寄ってくる。
「お前ら何してんの~?」
「い、いやちょっと雑談をな、アハハ」
「? そうか、じゃあ飯食いにいこうぜ、ギル!」
「おう! ロキも行くか?」
するとロキは俺の顔を見た後、プイとそっぽを向く。
「お前らと慣れ合うつもりはないと最初に言っただろ。一人で食べるから構うな」
そう言うとロキはスタスタと先に食堂へと向かっていった。
「‥‥‥あら? 俺なんか間違ったか?」
ドロシー達を振り返るも、みな首をかしげる。
「何言ってんだよ、ロキは前からあんなもんだろ?」
「はあ? だってお前にはなんか話してたじゃねえか」
「あぁ、それを見てたのか。あれはロキがただ強くなりたいって思いから俺を利用しているという風に割り切って接してきてるんだよ。――まあ、それだけでも大分進歩したと思うけどな」
レンはロキの後ろ姿を見ながら微笑む。
レンとしても、この変化は嬉しいだろうなあ。
「ふーん、なるほどね‥‥‥」
そうか、まあそうだよな。
人は進歩する生き物だ。
歴史という長い目で見れば人はくりかえす、なんて俺は思ってしまっていたけど、人の一生は短いんだ。
そう言う短いサイクルで見れば、人はちゃんと反省して、成長できる生き物なんだ。
――なんていうとおっさん臭いか?
ま、ロキの場合は反省とかじゃなく、自分自身と向き合った結果かもしれないけど。
「ささ、飯食いに行こうぜ。ドロシーちゃんたちも行く?」
「お生憎様、私たちは女子で食べるから。ねえ、ミサキ」
「‥‥‥えっ? あ、うん、そうそう! 私たちは私達で食べるよ~! ‥‥‥今まで通りね」
そう言って三人も食堂へと向かっていく。
残された男二人。
寂しい空気が流れる。
「‥‥‥さて、行きますか」
「そうだな」
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