第49話 再びの邂逅
「ふう、疲れたね」
あれから図書館で時間をつぶし、カフェや魔道具店、レンのために武具店などを見て回り、結構な時間を過ごした。
レンとドロシーは何やら雑貨屋でまだぶつぶつやっているようで、俺とミサキは一足先にベンチで休憩していた。
「結構回ったなあ。久しぶりの休日だ」
「そうだねえ」
こんなにのんびりしたのは入学以来初めてかもしれない。
なんやかんやいろいろと忙しかったからな‥‥‥。
「そういえばミサキは新人戦どうなんだ?」
ミサキはきょとんとした顔で俺を見る。
「新人戦? どうして?」
「いや、実はミサキが来る前に新人戦について話しててな。ミサキはどう思ってるのかなって」
「うーん……」
何やら何をそんなに考えることがあるのか、ミサキは眉間に皺を寄せて思案する。
「そうだねえ、誰が勝つんだろうっていう予想もあるだろうし、この人は努力してきたから勝つ人、この人は肝心なところでミスをする人、この人は本番で力が出せないけどいいところまでいく人みたいにそれぞれ役割があると思うんだよねえ。それがみんなちゃんと全うできればいいんじゃないかな? ほら、期待に答えるって言うのかな?」
ミサキは笑顔でそう言い切る。
なん‥‥‥どういうことだ?
俺にはミサキの言ってることがさっぱり理解できなかった。
それぞれ役割がある? いや、期待に答えるってのはわかるが‥‥‥。
何の話をしてるんだ‥‥‥?
「いや、あの俺が聞いたのはミサキ自身のことなんだけど‥‥‥そりゃみんな下馬評みたいなものはあるだろうけどさ」
するとミサキは俺の方が驚いてしまうほど、唖然とした表情を浮かべる。
「わ、私? 私かあ‥‥‥自分のことって自分じゃよくわからないからねえ。私はそうだな‥‥‥みんなの想像通り、普通に戦って普通に負けると思うよ」
普通に戦って普通に負けるか。
ミサキらしいといえばミサキらしいけど‥‥‥。
みんなの輪を取り持つ気の利いた性格をしていて、まさに学級委員長タイプ。
率先して調整して、みんなの意見も聞ける‥‥‥よく言えば我がないという感じか。
成績は中の中。
けれど万人に好かれていて応援もされている‥‥‥悪く言えば八方美人。
それでもミサキの空気を読むというこの性格に助けられた人は多いだろう。
気丈な子だと思う。
でもなんだろうこの違和感は。
「あ、二人とも遅いね、ちょっと私見てくるよ」
そういってミサキは席を立つ。
今のも空気を読んだ結果か。
確かに気まずい空気が流れてたもんなあ。
さっきの図書館でのドロシーの時の反応もそうだけど。
他人から見たその人を極端に固定したがるとうか‥‥‥レッテルを張りたがるというか‥‥‥。
なんだか俺はミサキがわからなくなってきた。あの空気を読んで気を利かせて、それでいてみんな期待通りに動けばいいというドライな面も併せ持つ。
そんなミサキとはいったいどういう人物なんだろうか‥‥‥。
「久しぶりだねえ、ギルフォード君」
ふと、声がする。
俺を呼ぶ声が。
その声はさっきまでミサキが座っていた席から……誰も座っていなかった席から発せられていた。
俺はその声の主を見たとき、まず初めに感じた感情は、ただ怒りだった。
「よくノコノコと面をみせられたもんだなあ、"運び屋"エリー・ドルドリス‥‥‥!!」
そう、その場にいたのはあの図書館の地下を襲撃した張本人。
最低最悪の犯罪者。
「あらやだ、そんなに毛嫌いされてたの? お姉さんショック」
エリーは大げさにしょげて見せる。
その被害者面が、余計に癇に障る。
「そんなに殺されてえなら今殺してやろうか?」
今やってしまうか?
いや、でも下手に手だしして何か重要な手掛かりを失う訳にも‥‥‥。
「うわ~怖い。今の学生ってそんな怖い子ばかりなの?」
こいつどこまでもおちょくりやがって‥‥‥。
俺は怒りを飲み込んで落ち着いて問いかける。
「――何しに現れやがった。わざわざ俺の前に」
エリーは黒い空間からソフトクリームを取り出すと、不意に舐めだす。
何リラックスしてんだよこいつ、こっちはこんなにイラだってるってのによお。
「カリカリしないでよもう。ちょっと挨拶に伺っただけよ。そんなに邪険にしなくてもいいじゃない」
「俺がご丁寧に受け入れるとでも?」
「そりゃ思ってないけど‥‥‥もう知らない仲でもないでしょ? ‥‥‥やっぱりあの人の言うとおり、ちょっと生意気なんだから」
あの人‥‥‥?
「なんだそりゃ‥‥‥まるで俺のことを知ってる風だな」
「そりゃ他の人よりはねえ、英雄君」
英雄……!? 今英雄っていったか?
いやまて、単に名前がギルフォードだからそう言っているだけという可能性も……。
俺の驚いた顔を見て、エリーはくすっと笑う。
「驚くことないじゃない。前会ったときにいったでしょ、彼の言った通りだってね」
その彼ってのは俺を知っている人物だというのか?
だとすると、もしかしてそいつも千年前から‥‥‥。
「そいつは一体誰だ!? 俺の知ってる奴なのか!? 答えろ!」
「それは言えないわよ、まだね。今日はちょっと彼から伝言があってね」
「はぁ? 言えないのにその誰かもしらねえ奴から伝言だと?」
「そうよ。‥‥‥私たち、今ちょーっとだけ厄介な事態に巻き込まれていてね、あまり身動きが取れないのよ。だから、あなたは私たちのことなんか気にせずに新人戦を楽しんでいいよ、って」
‥‥‥は? どういうことだ?
「‥‥‥なんでお前達にそんなこと言われなきゃいけないんだよ」
エリーはソフトクリームをなめりながらこちらを見る。
「知らないわよ、私は。ま、私自身は君のこと嫌いじゃないけど‥‥‥言った通りこれは伝言よ、彼からのね。彼も君が青春を謳歌することを望んでいるから、本当は敵対なんてしたくなーいの」
この期に及んで敵対したくねえだと‥‥‥?
魔神が絡んでくる時点でそんなの不可能じゃねえか。
「舐めてんのかてめえら。その彼とかいうのから話を聞いてるんだったら、てめえはもう俺の射程距離内にいるってのはわかってんだろうなあ?」
俺の脅しに、エリーもにらみ返す。
「それはお互い様。私がその気ならあなた、さっきの黒髪の女の子の横で首が飛んでるわよ」
「‥‥‥」
「ま、とにかく伝言はそれだけよ。お仲間がそろそろ帰ってくるんじゃない? ちゃんと伝えたわよ、あとは好きにするといいわ。青春は短いんだからね」
そういってエリーは前回同様投げキッスをすると黒い空間へと消えていく。
何だったんだ一体‥‥‥。
俺に青春を謳歌すれだと?
俺を知っている、しかも千年前の俺を?
アビスとはいったい‥‥‥。
想像以上に、俺に近い存在なのか‥‥‥?
「もうやっと決まったわ。この馬鹿のセンスが悪いせいで時間かかったわよ」
ドロシー達が戻ってくるやいなや、ドロシーの小言が始まる。
「そんなことねえだろうよう」
俺は大きく息を吸い、荒れた呼吸を整える。
「‥‥‥何買ってたんだ?」
「これよ」
ドロシーは袋から本の栞を取り出す。
可愛らしい花の飾りがついたやつだ。
「ベルにお土産ね。あの子本が好きだから。それなのにレンときたら髪飾りの方がいいとか言い出してね‥‥‥本当やんなっちゃうわ」
「なーギル、髪飾りいいよなあ!? 俺間違ってるか!?」
レンは必死に俺に同意を求める‥‥‥が。
「残念ながらベルは髪飾りより栞のほうが喜ぶだろうなあ」
「ほらみなさいよ! まったく、何もわかってないんだから‥‥‥ってギルどうしたの? 顔色悪いけど」
「ほんとだ、大丈夫? 私といたときは平気だったのに‥‥‥何かあった?」
どうやら呼吸は落ち着いては居ても、表情や顔色までは隠し切れなかったようだ。
「‥‥‥いや、なんもねえよ」
そうだ、わざわざ言うことでもない。
今はただ、みんなに心配をかけさせるわけにはいかない。みんな新人戦にかけてるんだ。
奴らが何かをすると宣言したならまだしも、何もできないと自ら申告してきたんだ。
しかももう学校には用がないはずなのに‥‥‥つまり俺の為だけにだ。
てことは、本当に俺が奴らのことが心配で青春を楽しめてないんじゃないかと心配したってことだ。
――マジで何者なんだ、彼って‥‥‥。
結局考えても何もわかるはずはなく、俺は考えるのをやめた。
今はただ、こいつらとの時間を楽しもう。
願わくば、もうしばらく奴が現れることがないように‥‥‥。
次は、殺しかねねえからな‥‥‥。
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