第48話 休日

「新人戦? 知ってたわよ」


 ドロシーはドリンクを飲みながらさらっとそう言い切る。


「え、何知らなかったんかギル。さすがの俺も知ってたぞ」


 レンも同様のようだ。


「お前たちがそんなにミーハーだとは思わなかったぞ!」


 せめてもの抵抗である。

 どこが抵抗なんだか。


「あのなあ、新人戦と言えば俺たち一年にとっちゃ重大イベントだろうが! そしてそこでインパクトを残し、魔術師としての格を上げるってのがベストじゃねえかよ~」


「くそ、言ってることが至極全うだ‥‥‥」


「ま、ギルは常識的な知識が古代人のままだから、知らなくても無理ないわね」


「その煽りも毎回のことながらよく飽きないな‥‥‥」


 事実だというのがまたドキッとくるな本当に。


「あれ、そういえばベルは? ドロシーとベルが別々とは珍しい」


よ。あの子の家は指南役がいるからね、この時期は休みのたびに帰るんだってさ」


「ガチだな……さすが原初の血脈……」


 そう、今日は休日。

 先週の三校戦が終わり一週間が経ち、俺たちはまた休日を挟んでいた。


 ドロシーの魔力探知の特訓も終わり、俺たちが放課後の夜こそこそ会うこともなくなっていた。

 なんだかちょっとだけ寂しさを感じつつも、あれって少し異常な光景だったのでは? と夜な夜な恥ずかしくなる。そんな思い出となっていた。


 当の本人はそんな気も知らず、純粋に魔術の練習だと思っていたのか、ピンピンしている。


 そんなこんなで俺たちはレンの提案で、1年で空いてる人を誘い、休日を利用してロンドールの街をぶらついていたのだ。


「お待たせ~! ごめんなさい、準備に戸惑っちゃって」


 正面から走ってくるのは、我らがウルラクラスの元気印(他の奴は頭のネジが一本緩んでるから)、ミサキだ。


 ミサキは黒い髪をゆさゆさと揺らしながら俺たちの元へ駆けてくる。


「ミサキ~!」


 ドロシーはミサキと軽くハグを交わす。

 ……俺も混じっていいか?


「おぉ、全然だぞ。用事はもういいのか?」


「はい! さ、せっかくの休日ですから思う存分羽を伸ばしましょ」


 ワンピース姿に可愛いポーチをぶら下げたミサキはどこかお嬢様といった雰囲気だ。


 今日はこの四人でお出かけと言うやつだ。

 これも青春っぽくて最高だな!


「まずはどうしようね? どこか行きたいところはあるの?」


「私は図書館ね」


「あのなあ、図書館なら学校にも――って、あぁ、半分近く焼けてたか‥‥‥」


 嫌な思い出がチラッと蘇る。


 それを察したのか、ミサキが話題を変える。


「いいじゃない図書館! 行きましょ行きましょ! 私も読みたい小説があったんだよねー!」


 そう言うとミサキはドロシーの腕を掴み、図書館へと歩みを始める。


「いやーミサキちゃんがいると空気が穏やかになっていいねえ~。ああいうタイプは好きだなあ」


「お前は女子だったら誰でも好きだろうが」


「わかってねえなあ、ギル。俺は女子が好きなんじゃない、好きだったのがたまたま女子なだけだ。もしかしたらお前も――」


 そう言ってレンが顔を近づける。


「バカ、冗談でも辞めろ! 俺はお前は好きだがそう言う好きじゃねえ」


「ガッハッハ! わかってるよ、俺もお前は親友だと思ってるぜ」


「恥ずかしげもなく言うなあ‥‥‥」


 レンは眩しいほどの笑顔で白い歯を見せる。

 純真無垢という言葉が似合う男だ。

 初めて会った時はこの奇抜な格好にどんな奴かと思ったが……。


「まあ、新人戦の時は親友とは言え、全力でやらせてもらうけどな」


「‥‥‥そうだな」


 全力か‥‥‥。

 俺にとって全力はきっと殺すことと殆ど同義になってしまう。


 俺の特異魔術では手加減と言うものが出来ない。結局汎用魔術に頼るしか道はないのだ。


 それでも、こいつらに恥じない闘いはしねえとな‥‥‥。


◇ ◇ ◇


「図書館到着~! ふおーやっぱでけえなあ」


 学校の図書館にはかなわないが、それでもかなりの大きさがある。

 入学までの間に入り浸っていた俺にはかなり懐かしい場所だ。


 中は涼しく、静かで落ち着く雰囲気だ。


 学校の図書館とはまた違った客層。おじいさんやお婆さん、一般の学生やなにやら作業着の人まで多種多様だ。


 ミサキは小声でドロシーに話しかける。


「ねえねえ、ドロシーは何読むの? やっぱり魔術系の本?」


「ちょ、何でそんなこと聞くのよ! 別になんでもいいでしょ!」


 恥ずかしそうにするドロシーに、ミサキが余計に突っ込む。


「なんだ~怪しいなあ。恋の魔法でも使おうとしてるわけ? 御伽噺でしょそれ」


「ち、違うわよ‥‥‥。ちょっと、新刊を‥‥‥」


 そう言って手に取ったのは、今巷ではやりの人気小説「恋する宮廷魔術師」。通称コイキュウ。


「げ、ドロシーちゃんって結構ミーハー?」


 レンがデリカシーもなくそう呟く。


「い、いいでしょ! 最近ちょっとその‥‥‥こういうのも読もうかなって気になってきたのよ。‥‥‥自分だけじゃなくて他の人にも歩み寄らなくちゃだからね‥‥‥」


 ふーん、結構ドロシーも変わってきたな。

 自分が自分がって感じだったのに‥‥‥。


 流行の本を読むのも話を合わせたりするための一つの手段‥‥‥か。

 とかいいつつ、本当に恋したくなってたりして。


 ドロシーに限ってそれはないか。


「‥‥‥そんなのドロシーちゃんじゃないよ」


「え?」


 ミサキがそう零す。

 まるで興味が失せたかのように、瞳の色が消える。


「え、ミサキ何か言った?」


「う、ううん! あ、私あっち見てくるから! 好きなの選んでね! お昼にまた集合しよう!」


 そう言って俺たちは各々自分の見たい本を探しに散り散りになった。


 こういうところは協調性ないな‥‥‥。

 ま、図書館まで来てみんなで本棚回る方が頭悪いな。

 これが正解だよ、図書館での過ごし方の。


 それにしてもさっきのミサキの反応‥‥‥あれはなんだったんだろう。


 何となくミサキの闇みたいなものを垣間見た気がして、急に俺は怖くなってきた。


「やべ、震えが‥‥‥」


「大丈夫?」


 すると、当の本人ミサキが俺に気付いて声を掛けてくる。


 うおー聞かれてた!? てか声に出てた!? こえええ!


「お、おう、大丈夫だぞ‥‥‥」


「なら良かった。ギル君は何見てたの?」


「あぁ、ちょっと魔術関連の歴史の本をな。暗黒時代以降しかねえけど、それでも十分だし」


 するとミサキはニッコリとはにかむ。


「そう。ギル君らしいね! そっかあ、やっぱりそうよね」


「お、おう‥‥‥」


 その笑顔とさっきの表情のギャップ。

 それがまた俺に彼女を分からなくさせた。

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