第53話 ミサキの本心
ホムラさんは、「期待通りとはいかなかったねえ、いやー難しい問題だ」と言ってヘラヘラとしながら先に帰ってしまった。
ホムラさんの期待というのは、恐らくミサキと同族だという俺(あくまでもホムラさんの見解だが)がミサキと闘い、あの心に纏っているのではないかという程の硬い防御の壁を突破出来れば、何か心境に変化があるのではないか? というものだったんだろうが‥‥‥。
結果はご覧の有様だ。
ミサキに変化はなく、むしろその意地とも呼べる信念の強さだけが浮き彫りになった。
こりゃもうホムラさんもお手上げだろう。
「いやーお疲れ様だね、ギル君。相変わらず強いねえ」
「そんなこと思ってないだろ?」
ミサキがぴくりを反応する。
「どういうこと? 結構本気で言ったつもりだよ。‥‥‥あ、謙遜ってやつ?」
まあ、腹の探りあいみたいなのは俺は得意じゃねえからな。
直接聞くのが一番だ。
回りくどいことしたってどうしようもねえ。
「そうじゃなくてよ。ミサキ、攻撃してこなかっただろ?」
「してたじゃない――」
「汎用魔術でな。特異魔術‥‥‥あれって、別に防御のための魔術じゃないだろ?」
「‥‥‥そんなこと言ったらギル君だって使ってないでしょ? お互い様じゃない」
「‥‥‥」
確かに‥‥‥。
それを言われると痛いな‥‥‥。
「俺のは高め合うような闘いで使うべきじゃないんだよ。相手を殺す覚悟を持たないとな」
「私だってそうだよ。だから使わない。‥‥‥それにその役割は私じゃないから。私はみんなの仲を取り持つ空気の様な存在で十分なのよ」
「‥‥‥最近様子がおかしかったのはそれが原因か?」
ミサキは何かを反論しようとしたのか、少し言葉を詰まらせるが、それを出し切るようにはぁっと息を吐く。
「ギル君は私と似てるもんね。……まぁ話してもいいか」
「?」
「私はさあ、正直あまり他人に興味ないんだよね」
「え!?」
ミサキの思わぬ発言に俺は思わず声を漏らす。
あのミサキが!? 気遣いの出来る女子のミサキが!?
「驚くよねえやっぱり。でもそういうものなのよ。嫌いって言ってる訳じゃないのよ? 皆を好きなのは本当。ただ、深入りするほどの勇気は私にはない。私は人にも興味がないし、自分にも興味がないの。私が全力でぶつかるとみんな壊れちゃうから。‥‥‥皆の空気を繋ぎ止める、輪を乱さない、そうやって生きるように決めたの。それが私の存在意義だったんだけど‥‥‥」
ミサキは溜息をもらす。
「この学校っていう場所は不思議だよね。他の人の影響や環境なんかで人がどんどん変化していっちゃう。最近のドロシーちゃんやロキ君みたいにさ。私は‥‥‥私が持っていた役割は呆気なく必要なくなっちゃうんだろうね、このまま。私が居なくても自然とまとまるようになって、私は文字通り空気になる。変化出来ない私は、存在価値なんてないってわけ」
んな極端な‥‥‥。
「じゃあ変化すりゃいいだろ、ミサキもさ」
ミサキは頭を振る。
「私には無理だよ。そう言う風に育ってないもの。人は変わらないもの、役割を演じて生きるものなのよ。‥‥‥まあ、ただ私は舞台から必要なくなるという役割だったのかもしれないってだけの話なんだけどね」
「そんなこと言ったら他の人だって変化するのおかしくないか? なんでミサキだけなんだよ」
「他の人は変化しても受け入れてもらえる自信があるからよ。私はそんなものない。というより、私は変化しちゃいけないの」
何かよくわからない理論をミサキは語る。
正直、何を言っているのか俺にはさっぱり分からない。
ただ、頑なに自分の変化というものに対して厳しい見方をしているという事だけは何となくわかる。
「――あぁもうよくわかんねえよ、話が抽象的すぎるんだよ。結局どうしたいんだよミサキは」
そこでぴたりとミサキは止まる。
「どう‥‥‥したい‥‥‥?」
「変化が出来ねえだの何だの言ってる割りに、結局それを自分で嘆いているってことは本当は変わりてえんじゃねえのか? そのきっかけが欲しいんじゃねえのか?」
ミサキは目を見開いて俺を見る。
もしかしてミサキは自分の現状を余り客観的に見てこなかったんだろうか。
初めて気づいたというような、そんな表情だ。
「‥‥‥そうかもね。それが出来るとしたら同族のギル君だけだと思ってたんだけど‥‥‥。ギル君も私と同じで変化しない人だから。もう完成しきっている、そんな気がしてた」
なかなか鋭いな‥‥‥。
だけど少しだけ違う。
「俺は確かに変化はしずらいかもしれねえけど、変わることを諦めてねえぞ。この学校に来たのだって、みんながそう期待してくれたから来たわけだし。‥‥‥何がそんなに変化を恐れさせるんだよ?」
「‥‥‥随分踏み込んでくるのね」
「初めてか? いいだろ、たまにそう言う話をしてもよ。なんせ俺たちは似た者同士だろ?」
ミサキはジト―っと俺を見る。
すると、はぁと溜息をつき、続きを語る。
「‥‥‥私は小さい頃から一番下の末っ子なのに、他のお姉ちゃんとは魔術のレベルが違っていた。――だからなのかな、お姉ちゃんたちには虐げられてきたし、戦う相手も私の魔術のせいで傷つけてしまう。その度に罵倒されて後悔にさいなまれる‥‥‥そんなに力を持つことが辛いんだったら、初めから誰にも見せなきゃいいんだと思って、私は攻撃には使わないと誓ったのよ」
「それが変化するのを辞めた理由なのか?」
「だって、私が攻撃しなければ、何も壊れないのよ? 身体も関係も。ただ耐えていれば過ぎ去っていく。家族での日常生活も、大きくなっても何も変わらないお姉ちゃんたちの輪を乱さないよう、なるべく輪を取り持って、空気を読んで生きてきた。そうすれば今まで起きてた問題が何もなくなったんだもん。そう生きるのが正しいと、私は幼いながらに思ったわ。私が変化してしまったら、また関係にヒビが入っちゃう。私が変化しちゃダメなのよ」
「自分は我慢していい子にして、見かけ上は良くやってる形をとれば、誰も傷つかないってか」
「事実でしょ?」
間違った方向の成功体験が、自分を形作ってしまったのか。
誰も何も言わなかったのか?
いや、きっと皆言ってくれたはずなんだ。
だけど、それでも小さいミサキには家族という狭いコミュニティで生きていくことが何より重要だったんだ。
だからその中での快適さを優先した。当然だな。
「だから、この学校でもみんなそれぞれ役割を持っていて、私がただ輪を取り持つ役割を担う、それだけで円滑に進んで、前みたいに私の居場所がなくなるなんてことないと思ってたんだけどねえ‥‥‥。みんな変化して‥‥‥成長していっちゃうんだよ」
ミサキはそう寂しそうに言う。
家庭の事情なんてわからねえけど、強すぎる力を持つゆえに冷たい目で見られる。その気持ちは痛いほどわかる。
もしかするとミサキはそういうのも含めて俺を見抜いて、似たもの同士だと感じてたのかもしれない。
「私の全力を受け止めてくれるような人がいるなら別だろうけどさ‥‥‥結局、ギル君でも無理だよ」
そう言ってミサキは去っていく。
期待していたのかもしれない。圧倒的な力で防御を破壊され、自分が攻撃に使わざるを得なくなる状況を。
自分の役割を越えて、突き動かしてくれることを。
だとしたら、選択を間違ったのは俺か‥‥‥。
結局最後まで力を抜いて戦ってしまった。それがそもそもの間違いだったって訳か。
――わかった。それならやってやろうじゃねえか。
俺がもし力を使うとしたら、今、ここしかねえだろ。
俺がミサキのあの張り付いた笑顔をはがして本性引きずり出してやる。
「ミサキ」
ミサキは振り返る。
「新人戦、絶対俺のところまで上がって来いよ。お前のその殻、粉々に砕いてやるよ」
「――私と同類のギル君がそんなところまで上がれると思ってるの? どうせ途中でそれとなく負けるんでしょ」
「今回だけ特別に上がってやるよ。だから、俺と当たるまで負けるなよ」
ミサキは小さく微笑む。
「まだ組み合わせも出てないのに。自意識過剰なんだから‥‥‥――まあ楽しみにしてるね」
普段自分のことをあまり喋らないミサキがあれだけ自分のことを話したんだ。
俺はお前のSOSとして受け取るぜ。
――結局ホムラさんにまんまと乗せられたような気はするが‥‥‥これは俺の意思だ。
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