第45話 円卓会議

 翌日、俺とドロシーは、マリーン学校長に円卓の間に呼ばれた。


「失礼します」


「失礼しまーす」


 俺たちが中に入ると、既に全員が席へ着いていた。


「遅いぞ君たち」


「いいんじゃよ、ワシが呼んだ時間ぴったりじゃ。そこにかけとくれ」


 俺たちは学校長が言う通りにそれぞれ席へとついた。


 これから、『アビス』という組織についてある程度知ることが出来るのだろうか。


 正面に座っているのは昨日地下へ現れたゾディアックの二人‥‥‥。

 他にはマーリン学校長とカイン先生。


 すると始めに声を上げたのは赤い鎧を着た茶髪の男だった。


「私はキャンサー。そしてこっちの少し間抜けそうな男がサジタリウス。昨日学校長から話があったとおもうが、二人ともゾディアックと呼ばれる組織のメンバーだ」


「ちょっと、間抜けはひどくないっすか? まあいいっすけど」


 サジタリウスはさほど気にしてもいない様子でキャンサーに食って掛かる。

 いつもの絡みって感じか‥‥‥?

 

 俺はドロシーに耳打ちする。


「キャンサー? サジタリウス? コードネーム……だよな?」


「当たり前でしょ。名前は秘匿されてるの」


「君たちのことはすでに聞いている。ゴート家ご息女、ドロシー・ゴート。そして、サイラス・グレイスの援助で学校に入学しているギルフォード・エウラ。あっているかな?」


「ちょ、は? サイラスさんの援助!? どういうこと!?」


 ドロシーが鬼のような形相でこちらを見る。


「い、今は良いだろ別に‥‥‥。それであってます」


「――では、担当直入に、昨日の夜の実際の出来事を聞かせて貰おうか。隅々まで、包み隠さず‥‥‥ね」


「あーキャンサーまたそんな高圧的だと女の子泣かせちゃいますよ」


「うるさい、任務だこれも。‥‥‥では頼む」


「は、はぁ」


 俺たちは昨日のことをその前後関係を含めて詳細に包み隠さず語った。


 試験場での違和感、地下室の魔力の痕跡、キース・カイン先生両名の怪しい行動。

 地下での闘いに、狙われた『闇と深淵』そして、転移魔術を使った謎の女魔術師。


 一通り語り終わったところで、キャンサーから質問が来る。


「ありがとう‥‥‥。それで、君たちはどうやってあの転移魔術を使う女魔術師から逃げたんだ?」


「逃げた?」


 俺たちは顔を見合わせる。


「逃げたも何も、逃げたのは向こうの方ですよ」


 キャンサーの眉がピクリと動く。


「‥‥‥ふむ。妙だな」


 キャンサーが困惑した表情で宙を睨む。


「あの、何が妙なんですか?」


「その転移を使う女魔術師は、実は素性がもう割れているんスよ。しかも、相当極悪」


「え‥‥‥?」


 サジタリウスが手に持っている資料を渡してくる。


 そこには人相書きと名前、大まかな犯罪歴が記されていた。


「"運び屋"エリー・ドルドリス‥‥‥。魔術師刑務所侵入、国家図書館侵入‥‥‥強盗数十に殺人数十‥‥‥! とんでもないド悪党じゃない!!」


 ドロシーは呆れた顔で額に手をやる。


「そんな奴と私達遭遇していたっていうの‥‥‥」


「今まで見たことも聞いたこともない彼女の転移魔術のせいで対応が後手に回っているんだ。今は対策を立てた結界を張ることが可能になったから、大分被害は抑えられているんだが‥‥‥今回みたいなケースは初めてなんだよ」


 確かに、今までの常識を覆すかのような長距離転移を可能にしている‥‥‥。

 もし従来のままなら、もっと大掛かりな触媒やらゲートやらを用意してなおかつ移動できても精々目と鼻の先‥‥‥今頃捕まってておかしくない。


「というわけだ。そんな彼女が君たちを生かしておくというのが気になってね。彼女が現れた場所では全員身体の一部、あるいは大部分を千切り飛ばされたかのように死んでいる。そしてその部位は見つかっていない‥‥‥見つかっていても現場から遠く離れた場所だ」


「ちぎ‥‥‥――」


 ドロシーの顔が青ざめる。


「その方法は、まあお察しの通りだ」


 あの転移の黒い空間‥‥‥あれを自在に使うことが出来るなら容易だろう。

 恐ろしい殺人魔術の出来上がりだ。


「でだ。そんな残虐な彼女が君たちを生かした‥‥‥何か心当たりは? 何か言われたとか」


「私は‥‥‥特に彼女とは会話していないので‥‥‥」


「ふむ。そっちの君‥‥‥ギルフォード君は?」


 何だ‥‥‥確か何か言われた記憶がある。

 何だったか‥‥‥。


 そうだ――


「確か‥‥‥"彼の言っていた通りね"‥‥‥みたいなことを言った直後に、奴は帰っていったような気がします」


「言っていた通り‥‥‥誰かに君のことを聞いていた見たいな言い草だな。単純に考えれば、君のことを知っている知人がいる‥‥‥そしてそいつが君をえらく重宝している‥‥‥とか」


 重宝‥‥‥嫌でもサイラスの顔が浮かぶ。

 いやいや、あんな正義感の塊みたいなやつが殺人鬼と仲間な訳がない。


「まあ客観的に見ればそうですよね。でも残念ながら俺は田舎の山出身なもんで。それこそ親代わりの人と、村の人間数人くらいしか知り合いなんていないんですよ」


 この時代には――な。


「あぁ、それも調査済みだ。ツクモ村‥‥‥交友関係はユフィ・シュトローム、クローディア・エウラ‥‥‥ほぼこの二人で完結している。あとはサイラス・グレイスくらいか」


「はい」


「クローディア‥‥‥か」


 キャンサーはなにやら言いたそうな顔だ。

 クロの奴‥‥‥まさか何か余計なことしてねえだろうな。


 あいつのせいで疑われるのは嫌だぞ。


「クロがどうかしましたか?」


「あぁ、いや、なんでもないんだ。ただ、美人だな――と」


「!?」


 な、なんだと!?


「な、なんだあんた、いきなり人の保護者を美人だと!? ナンパでもする気か!」


「そんな失敬な、私は節度を持ってだな――」


「職権乱用だよ変態騎士! 紳士じゃねえのか!」


「まあまあ、先輩は一見すると紳士っすけど、根はただのナンパやろうっすから。気を付けてください」


「あんたがしっかり手綱握ってろ!」


「俺にもコントロールは難しいんすよ!」


 はぁ、はぁ、はぁ‥‥‥。


 なんかムキになってしまった。


 ドロシーも、何となくキャンサーに不快感を覚えたようで嫌な顔をしている。


「ま、まあ大体聞きたいことは聞けた。何か質問は?」


 そうだ、一つ聞かないと。


「アビス‥‥‥ってなんですか? 今回の件に関わっているって話ですけど」


 俺のその質問に、キャンサーは学校長を睨みつける。

 学校長はわかりやすく肩を竦める。


「もう当事者じゃからな。言っても構わんかったじゃろ?」


「ジジイ‥‥‥。はぁ。『アビス』‥‥‥彼らは正直、正体不明、神出鬼没の盗賊団みたいなものだ」


「盗賊団?」


 キャンサーは頷く。


「これまで数多くの禁書や暗黒時代以前の書物が盗まれている。しかもほとんどが闇魔術や魔神関連の書だ。書だけじゃなく、遺物や絵画なんかもな」


「魔神‥‥‥」


「これだけで彼らの異常性がわかるだろ? つまり、何をしようとしているのか、何となくは察しがついているという訳だ。この時代に魔神信仰なんざ流行らないっていうのにな」


 魔神‥‥‥やつを復活させようとしているってのか‥‥‥?


 復活に限らなくても、それに近い何かをしようとしているなら‥‥‥それは絶対に許せえねえ。

 俺たちが命を懸けて守った世界だぞ‥‥‥。


「ぎ、ギル‥‥‥大丈夫?」


「――悪い、ちょっと無性にムカついてな。そんなのでカイン先生やキース先生が犠牲になったと思うとさ」


「その通りだ。実際多くの犠牲者が出ている。だから我々で秘密裏に追っているのだ。千年前の先人達が築き上げたこの平和を壊そうという輩がいるなら、俺たちは決してそれを許しはしない。――とまあざっと話はこんなものだ。私たちは引き続きアビスの調査を続ける。もし何かあったら連絡をくれ。もうこの学校に狙うものはないだろうが‥‥‥」


「まあ何かあったら学校長に言うさ」


 学校長はにこやかに頷く。


「特に君‥‥‥――ギルフォード・エウラ‥‥‥英雄の名を持つ少年よ。君は万が一にも向こうから接触を図られないとも限らない。用心してくれ。私達から護衛なんて出す余力はないからな」


「わかってますよ。自分で何とかできます」


「――どうやらそうみたいだな」


 こいつ‥‥‥。


 こうして秘密の会談は終わった。


 結局謎は深まったような気がしてならない。アビス、魔神‥‥‥。

 俺のことを知っているとなると、もしかすると奴らの中に――。


 とりあえず、しばらく俺たちは様子見という事になった。

 これからは普段の学校生活がまた始まるだろう。


 俺の真の目的は魔神復活の阻止でも、それに類似した事案の阻止でもない。

 

 この学校で魔術の勉強をして、青春を謳歌することだ。


 当分はこの事件にかかわることはないだろう。


 とりあえず今のところは――。

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