第41話 インフェルノ

「‥‥‥その発想に至る君の思考‥‥‥興味深いですね」


「そりゃどうも」


 あんだけ色んな奴と戦えばな。


 死霊魔術ネクロマンシー‥‥‥。

 基本的に操作対象の死霊と術師は別だ。


 自分の死んだ肉体を操って蘇生するような類の魔術じゃない。

 

 死霊魔術には二種類ある。

 一つは低級の魂を死体に入れて操る死霊魔術。

 もう一つは死んだ本人の魂を呼び戻して生きる屍として動かす高等死霊魔術。


 キースのこれは‥‥‥高等死霊魔術だろうな。


 自分の意思はハッキリしている。

 ただ、恐らく性格や思考の部分で術師の影響を相当受けている。


 自分の考えで動いていると本人は思っているんだろうが、根っこのところで術師に忠誠を誓ってしまう。

 結局は、死んだ奴隷だ。

 殺された上、奴隷としてそいつの手足として動く‥‥‥これ以上の屈辱はねえよなあ。


 俺は強く拳を握りしめる。

 自由を奪われる‥‥‥それだけはあってはならない。どの時代でも。


 一体‥‥‥誰がこんなことを‥‥‥。


 キース先生だって、こんなことを本心から望んでいる訳がないんだ。

 もしかしたら、今も心のどこかで――


「キース先生‥‥‥あんたは‥‥‥」


「余計な詮索は無用だ。‥‥‥私は君たちを殺し、この書を奪う。君たちは殺してでも私を阻止する。それだけだ」


「‥‥‥そうでしたね。死人なら、あんたを殺してしまうという不安はもうないわけだ」


「ギル‥‥‥‥‥‥。そうね、全力で止めましょう。――で、今言うのもどうかと思うんだけど気になったことが‥‥‥」


「どうした?」


 ドロシーはゆっくりとキース先生の後ろにある書を指さす。


「死霊魔術でぴんと来たんだけど‥‥‥あの本‥‥‥『闇と深淵』‥‥‥禁術が記された禁書よ」


「!」


 『闇と深淵』‥‥‥あまりに魔神に傾倒しすぎた闇魔術師が書いた禁術の研究書か‥‥‥!!


「誰が欲しがってるか知らねえが、それは絶対に世にだしちゃだめだな‥‥‥」


 ドロシーがこくりと頷く。


 きな臭くなってきたな‥‥‥嫌な予感がする。

 

 それにキースが死霊魔術の庇護下にいるということは、競技場の魔獣は誰が‥‥‥。


 最低でも、死霊魔術を使った魔術師と、魔獣を呼んだ魔術師、二人以上の犯行ということか?


「何を呑気に考え事しているんですかね」


 一瞬の隙を突かれ、キースの炎が俺とドロシーを囲むように渦を巻く。

 360度、炎の壁が俺たちを外界と遮断する。


 このままここに居たら、速攻死んじまう‥‥‥!


「ちょ、あっつ! 私は先に出るわよ! あんたは‥‥‥何とかなるでしょ!」


 そう言ってドロシーはパピヨンの腕の中に潜り込むと、そのまま炎の渦を突破する。


 凄いなゴーレム‥‥‥炎も怖いものなしかよ。

 いかんいかん、集中しなくては。


 俺は炎の渦を一瞬で凍らすと、ファイアボールで氷の壁を溶かし脱出口を開ける。


 しかし、俺たちがそうして脱出に気を取られている隙に、キースは次の大技の準備を完了していた。


 空間中の魔力がキースに集中していく程の巨大な魔術――


 その異常に、ドロシーも気付く。


「待って……なんか来る!!」


 これはマズイ‥‥‥!


「パピヨン、ドロシーを守れ!!!」


 主の危機をゴーレムも察知したのか、俺の叫びに反応して、パピヨンはドロシーを覆いつくす。


 瞬間、キースを中心に溢れ出した炎が、まるで津波のように勢いよく俺たちへと襲いかかる。


「地獄の業火を受け切れますか? ――"インフェルノ"」


 これは……少し舐めすぎたか……?!


 俺はとっさに氷の山を築き、壁の役割を果たそうとしたが、キースのインフェルノの熱にあっという間に溶かされ、勢いの増した炎が一気になだれ込む。


 俺は溶かされるそばから次々と氷の壁を生成する。


 ――でもこの勢い‥‥‥これじゃあギリギリ‥‥‥っ!!


 くそっ俺は大丈夫だがドロシーは……パピヨンは?!


「ギ‥‥‥ル‥‥‥」


 俺の氷を貫通した炎はドロシー側の生成が間に合わず、パピヨンに直撃して一瞬にして粉砕される。


 その衝撃で後方に吹き飛ばされたドロシーは、勢いよく後方の壁に衝突する。


「ぐ‥‥‥っ!!」


「ドロシー!」


 ドロシーは頭を打ったのか、額から血を流し気を失っている。

 ぐったりとした様子で、起き上がる気配がない。


「‥‥‥終いだな。このままこの部屋一帯を炎で包んで終わらせる。早くあの人にこの書を渡さなくては」


「終いだ‥‥‥だと? あんたはもう終わった気でいるのか?」


 キースは無表情に俺を見る。


「終わりだ。俺のインフェルノはお前たちを消し炭にするまで止まらない‥‥‥。もう終わりだよ。君の氷じゃ私の魔術は防ぎきれまい」


 確かに無理だ‥‥‥。

 

 ――じゃ。


「あんたは今、最後のトリガーを引いたんだぜ?」


 初めて、キースの‥‥‥死霊の額がピクリと動く。


「何を言っ――――ッ!? 貴様、‥‥‥!!」


 俺は抑えていた魔力を一気に解放する。

 ドロシーが見ていない今、抑える必要はもうねえ。


 あたり一面が火の海と化している。


 これ以上は、俺もドロシーも持たない。

 一瞬で終わらせる。


「千年ぶりだよ、本気を出すのは」


「貴様一体――」


「"アイスエイジ"」


 俺の前に現れる複数の魔法陣。


 俺がパチンと指を鳴らした瞬間、まるで時を止めたかのように、部屋が一瞬にして静まり返る。


 轟轟と猛威を振るい、部屋全体を覆い尽くしていた炎が一瞬にして凍りつく。

 灼熱地獄が一転、まるで氷山のような環境に早変わりする。


 俺の白い息が漏れる。

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