第40話 死霊

「おいで、パピヨン! アルフレド!!」


 ドロシーが地面に手を触れた瞬間、地面に魔法陣が浮かび上がる。

 周りの地面を吸収するように突起が現れ、それが少しずつ形を成していく。


 そこに現れたのは、二体のゴーレムだった。


「ブルアアアア!!」


「フシュー‥‥‥」


 ゴーレムマスターだったのか‥‥‥!


 パピヨンと呼んだ方は全体的に丸いフォルムで、高さは優に2メートルはあろう大きさだった。

 フシューと不気味な音を立てながら悠然と立っている。


 一方のアルフレドは、狼の形をしたゴーレムだ。

 大きさはそれほどではないが、俊敏性の高そうなフォルムだ。


 恐らく、攻撃主体のアルフレドと防御主体のパピヨン……と言ったところか。


 これがドロシーの魔術か。


「そこで見てなさい、ギル! 私のゴーレムがさくっと終わらせてあげるわ……!!」


「見せてもらおうか。サポートは任せろ!」


 ドロシーが指を二本立て、キースの方へとさし向ける。


「GO!!」


 すると、それに呼応するようにアルフレドが勢いよく駆け出す。

 すごいスピードで間合いを詰めたアルフレドは、一心不乱にキースに飛び掛る。


「ふん……ゴーレムか……。少しばかり厄介ではあるが……造作もない」


 キースは小さい火球を散弾のようにアルフレド目掛けて飛ばす。


 ――火球の弾幕‥‥‥! ここは俺が‥‥‥!


 俺は氷の足場をアルフレドの目の前へと生成する。


 アルフレドはそれを踏み台に高くジャンプすると、弾幕を回避してキースへと迫る。


「ナイスアシスト! そのまま行っちゃいなさい、アル!!」


「ブルアアアア!!」


 獣のような獰猛さで猛り声を上げながら、アルフレドはキースの首へと噛みつくように飛び掛かる。


 おいおい、俺に殺すなと言っておいて殺意高すぎだろ‥‥‥!


 しかし、キースは最小限の動きでアルフレドの飛びかかりを回避すると、アルフレドの脇腹に掌底を食らわそうと腰をひねる。


「させるか‥‥‥!」


 俺は氷の盾をアルフレドとキースの間に生成する。


「甘いな」


 キースは氷ごと炎で溶かすとそのまま火柱をアルフレドへ向けて放出する。


 火柱はアルフレドに直撃し、そのまま壁へと叩きつけられる。

 ぐったりとした様子で、アルフレドは地面へずり落ちる。


「アル!」


 ぴくりとも動く様子はない。

 

 ――が、ドロシーからのアイコンタクトに俺は気付いていた。


「くそ……!」


 パピヨンが、ドロシーを守るように前に出る。


「甘すぎるんだよ、学生風情が……私の炎は決して止められない‥‥‥地獄の業火だからなあ」


「教師になってまで厨二病ですか、先生‥‥‥。舐めてたら足元すくわれます――よっ!!」


 俺は氷をキース先生の足元へと生成すると、地面と固定する。


 ――溶かされる前に仕留める‥‥‥!!


 俺は氷の槍を思い切りキースへと射出する。


「お前の氷は温いなあ、ギルフォード。ドロシー、貴様のゴーレムもあの程度であそこでのびているとは、情けない」


 キースは炎であっさりと俺の足元の氷を解かすと、次は俺の氷の槍を見据える。


「‥‥‥攻撃が単調すぎるぞギルフォード」


 キースは軽々と俺の槍を回避して見せる。

 魔術だけじゃなくて、体術もそれなりってわけか。


「こんなので私を止めようなどと、芸がなさすぎ――――なっ!?」


 瞬間、キースの左腕にアルフレドが噛みつき、苦悶の表情を浮かべる。


「ブルアアアアア!!!」


「行けアル! そのまま食いちぎれ‥‥‥!!」


 深々と刺さったアルフレドの牙は、キースの左腕、肘からしたを強引に噛み千切る。


「があああ‥‥‥!! 何故‥‥‥貴様の犬はあそこでのびて――」


 キースが視線をやると、そこにはアルフレドが‥‥‥いや、が横たわっていた。


「‥‥‥フェイクだと‥‥‥」


「そういうこと。俺たちの連携を甘く見られちゃこまるんだよな」


「私達、一緒に特訓した仲なのよね。もしかして、もうそんなことも忘れてた?」


 趨勢は決まった。

 片腕をなくしたキースにもはや勝ち目はない。


 さっさと終わらせて――


「舐められたものだ‥‥‥」


 キースは苦しそうにしていたかと思いきや、何事もなかったかのように体制を立て直す。


 なんだ‥‥‥腕を噛みちぎられてなおあの余裕‥‥‥。


 最初に気付いたのは、ドロシーだった。


「ちょ、ちょっとギル‥‥‥あれどういうことなのよ」


「何が?」


「あの腕‥‥‥血が出てないじゃない‥‥‥」


「はっ‥‥‥?」


 そんな馬鹿な‥‥‥確かにアルフレドが噛み千切ったはず‥‥‥。


 けれど確かに、キースの腕の切断面からは一滴の血も垂れていない。

 それどころか、顔色一つ変えていない。


 最初から、青白い、死人の様な顔。


 回復魔術か‥‥‥?

 いや、そんなそぶりはなかった‥‥‥。じゃあなんだ‥‥‥奴の身体はどうなっているんだ‥‥‥!?


「どうした、ギルフォード、ドロシー。顔が引きつっているぞ」


 キースはそう言いながら落ちている自分の腕を拾い上げると、それを切断面へと押し付ける。


 そして、自身の魔術でそれを


「な、何やってるの、気持ち悪い‥‥‥。そんなことしたって腕が元に戻る訳が――」


「これのことか?」


 キースはさっきまで綺麗さっぱり切り落とされていたはずの左腕を、俺たちへ見せつける。

 指の先まで、まるで噛み千切ったことすら幻覚だったのではと思う程、正確に動いている。


「な、なんなのよあいつ‥‥‥本当に人間なの!?」


「‥‥‥」


 どうなってるんだ‥‥‥。

 あの身体は‥‥‥まるで、人形みたいだ‥‥‥。


 だけど、キースは確かにあそこでああやって喋って、動いている‥‥‥自分の意思で。


 ――いや、待て‥‥‥俺はこんな魔術をどっかで見たぞ‥‥‥思い出せあの頃を。


「そうか‥‥‥そういうことか」


「何かわかったの?」


 俺は頷く。

 どうして気付かなかったんだ。油断‥‥‥か?


 でも、もうほぼ確実だろう。

 土気色をした肌、血の出ない肉体。

 試験の時に人が変わったと噂していた学生たち‥‥‥。


死霊魔術ネクロマンシーだ」


 ドロシーの顔が、一気に強張る。


「えっ‥‥‥!? でもそれって今はもう廃れた魔術じゃ‥‥‥」


「知らねえよ‥‥‥でも目の前のあれを見せられたらそう考えるのが妥当じゃねえか。そう考えるしかねえよ」


「‥‥‥」


 キースが不敵に笑う。

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