第31話 ドロシーの原点
「ふぅ‥‥‥」
真夜中に喉が渇き、俺は食堂で水を飲む。
本当水も食い物もただっていうのはありがたいな。
もちろん、サイラスが学費を払ってくれているからというのはあるけど。
記念すべき初日の授業はすべて終わった。
魔術基礎や実技基礎見たいな身体を動かす講義もあれば、歴史や闇魔術に対して解析や解呪をする講義など本当に多岐にわたるカリキュラムが用意されていた。
さすが最高峰の魔術学校と言われるだけのことはある。
俺の時代の魔術学校なんて本当ただの軍事学校だったからな‥‥‥。
さて、もうひと眠り――。
と、部屋に戻ろうとしたとき、ドロシーが外へ出ていくのが目に入る。
(なんだ‥‥‥? こんな時間に‥‥‥)
寮を抜け出して夜中にこそこそとは、かなり怪しい。
見に行くか!!
そして何をしているか突き止め、弱みを握ってくれるわ!!
◇ ◇ ◇
てっきりドロシーは寮の前にある広場のベンチにでも座ってくつろぐのかと思ったら、どうやら違うようで、ずんずんと本館の方へと向かっていく。
もしかして、先生にでも呼ばれているのか‥‥‥? それとも相談とか‥‥‥いやでもこんな時間に先生がいる訳がないし。
不思議に思いながらも俺はドロシーの後をそっとつけていく。
すると、本館すら通り越し、もっと先へと進んでいく。
そしてたどり着いたのは‥‥‥。
「ここか‥‥‥」
そこは本館と図書館の丁度中間あたりにある何もない広場だった。
ここなら確かに誰も来ない。
ドロシーはあたりをキョロキョロと見渡しながら、誰もいないことを確認して(まあ俺が居るんだけど)広場の中央あたりで立ち止まる。
俺は悪いとは思いつつも木の陰からこっそりと観察することにした。
「‥‥‥あんなんじゃ‥‥‥」
何か言ってるな‥‥‥もう少し近くで‥‥‥。
「だめよ、あんなんじゃ‥‥‥。ロキの言う通り。こんなレベルで受かったって何の意味もない‥‥‥。言い返せなかった自分に腹が立つ」
なんだ、昼間の講義のことか‥‥‥?
「もっと練習しなきゃ。私には努力しかない。才能何てない。努力だけは負けちゃダメ。負けちゃだめよ‥‥‥がんばれ私!!」
どうやらドロシーは一人で反省会をしているようで、必死に自分を鼓舞し続けている。
正直こええ‥‥‥。
真夜中に外で一人ぶつぶつと反省会って!
ただまあ‥‥‥俺はドロシーを少し勘違いしていたのかもしれない。
あのプライドの高いドロシーが、必死に努力しようとしている。
あいつは出会ったときからなんでも一人でやろうとしていた。そしてそれにプライドを持っていた。
きっと、それだけ自分が努力してきたっていうのが支えになっていたんだ。
だからこうやって壁にぶち当たっても、努力で乗り越えようとしている。
「‥‥‥‥‥‥」
ドロシーは持ってきていたカバンからボールを取り出す。
あれは‥‥‥魔力探知の授業で使ったやつか? 先生から借りてたのか。
ドロシーはそれを適当な場所に放り投げると、その場でぐるぐると回って適当なところで止まる。
そして昼間の様にボールの位置探知を始める。
――しかし、さっぱり分からなかったのか、大きなため息をついて目を開ける。
「だめだ‥‥‥もっと簡単なところから始めないと‥‥‥球を普通に見ながら初めて‥‥‥それから‥‥‥」
ドロシーはぶつぶつと今後の対策を練り始める。
さすがに俺も、これはもう放っておけない、そんな気持ちになってきてしまった。
気付いた時には、俺は木の陰から出て、ドロシーの元へと向かっていた。
「もっと集中力を――――!? はぁ!? な、なんであんたがここにいるのよ!」
ドロシーはカッと目を見開く。
「いや、寮を出てくのが見えたからさ」
「だからってついてくる!? 本当ストーカーねあんたって! 初めて会ったときも勝手に来たし‥‥‥なんなのよ!」
ドロシーは一人でこそ練しているのを見られたのが相当恥ずかしかったのか、はたまた単純に俺に後をつけられていたのがイラついたのか、顔を真っ赤にして捲し立てる。
「わ、悪かったよ、そんな目くじらてるなって‥‥‥。最近どうしたんだよ、試験前の余裕ありそうなお前からはずいぶん想像できない感じなんだが‥‥‥。焦り過ぎだろ」
「‥‥‥わかってるわよ自分でもそれくらい。でも私はもっと頑張らなきゃいけないの。努力しか取り柄がないんだから‥‥‥」
「まだ始まったばかりなのにそんな自分を卑下する必要ないだろ‥‥‥。どっちかというと自信ないなんてベルベットの専売特許だろ」
そう、あいつは筋金入りの自信のなさだ。
「あの子は別よ‥‥‥メンタルの問題だもの。やるときはやれる‥‥‥ずっと見てきた私にはわかる。それと違って私は‥‥‥魔術学校に入ったら何か変わると思ったけど、結局周りとの差を感じるだけ‥‥‥」
いつになく弱気なドロシーに、流石の俺もどう反応するのが正解なのか、わからなくなる。
「‥‥‥はぁ。お前もちゃんと認められてこの学校に入学できたんだろ? そんなこと言うもんじゃないぜ。才能があるから学校も――」
「私、才能って言葉一番嫌いだから」
そう言い放つドロシーの眼は、真剣に俺を見据えていた。
「なんだよ、そんなに嫌か? 俺なんてしょっちゅう言われてたけど‥‥‥」
「一緒にしないよでよ、まったく‥‥‥」
「違うっていうのか? なら教えてくれよ。教えてくれないとわかんねえよ」
ドロシーはじとーっとこっちを睨む。
「なんであんたに教えなきゃいけないのよ」
「理由はねえけど‥‥‥嫌ならいいし‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
ま、教えてくれないわな。
あのドロシーな訳だし‥‥‥。
しかし、ドロシーはいい意味で俺の予想を裏切ってきた。
「‥‥‥まあ、少し話すだけなら‥‥‥」
意外だ――。
もしかしたら誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
俺はその場に座り、ドロシーに話を促す。
「‥‥‥私の両親は過保護でね‥‥‥あまり魔術が上達しない私に負い目を感じさせないためなのか、魔術に関して口出しすることはほとんどなかったわ」
「‥‥‥」
「それでも、両親に褒めてもらいたかった私を不憫に思ったうちの魔術指南役の人が一生懸命指導してくれたの。私は必死で努力して‥‥‥それでやっと人に胸を張れるだけの魔術を使えるようになった。けど、それを見た両親は何て言ったと思う?」
「よくがんばったな‥‥‥とかか? 月並みだけど」
ドロシーは頭を振る。
「『それだけ才能があったのに今まで手を抜いていたのか?』だってさ。本当この人たちは何を見てきたんだろうって、幼いながらに思ったわ」
「‥‥‥」
努力を認めて貰えず、何か成し遂げても才能だと一言で片づけられる‥‥‥。
俺も才能がすごいとずっと言われてきたけど、大分意味合いが違ってくるなこれは。
でもドロシーは自分でがんばって、なにより両親に認めて欲しかった。その両親が才能だと切り捨てるなんて‥‥‥子供には想像絶するショックだっただろうな‥‥‥。
「過保護何かじゃねえよ‥‥‥。ドロシーをちゃんと見てなかったんだ、両親が。無関心だったんだよ」
「‥‥‥なかなかきついこといってくれるじゃない。でもその通り。だから、努力努力。それしかない。悔しかったと同時に、私はそれでも、才能だと思われてても認めてくれたのが嬉しかった‥‥‥。あれは両親の期待の裏返しなのよ、実際は。私が努力して出来たと思っていたことは、両親にしたら元から出来て当たり前だと思っていた‥‥‥それくらい期待されてたの。だから、私は絶対に努力するしかない‥‥‥期待を裏切らないためにも」
そう語るドロシーの顔は、悲哀に満ちているわけではなかった。
この決意が、彼女を彼女たらしめている根幹なんだ。
それにしても、魔術師の家ってのはみんなこんななのか?
魔術第一すぎて怖いよ俺は‥‥‥一般家庭に生まれてよかった‥‥‥。
けど、ドロシーの言うことも分からなくはなかった。
そりゃ努力しなきゃと思うわな。
何が才能で、何が努力かなんて、誰にも分からない。
ただドロシーは努力が人より多く必要だっただけ‥‥‥それが才能がないなんてことはない。
実を結ぶのが早ければ才能があるのか?
遅咲きだったらそれは才能ではなく努力なのか?
努力しなくても出来るのが才能か?
才能があるやつは努力してないのか?
‥‥‥才能って言葉が嫌いになるのもわかるきがする。
まあ俺は100%才能の男な訳だけども。
「――はぁ。私あんたなんかになんで喋っちゃったんだろ‥‥‥」
ドロシーは頭を抱えて項垂れる。
「けど‥‥‥少し楽になったかも。あ、ありがと‥‥‥」
尚更放っておけなくなったな。
ここ最近の憤りみたいなのは、自分に才能があると期待してくれている両親の期待に答えられていない自分の努力不足へ向けてだったのか‥‥‥。
ま、俺自身これ以上魔術が卓越するわけでもないし‥‥‥こういうのもたまにはいいか。
こういうのはユフィ以来だな。
「‥‥‥わかった。よし、じゃあやってやろうぜ!」
ドロシーはきょとんとした顔で俺の言葉を耳に入れる。
そして少しの間俺の言葉を咀嚼すると、徐々に顔が強張る。
「――は? ちょ、ちょとまって、何の話よ。私の言葉聞いてた??」
「だから、魔力探知、練習するんだろ? 俺が手伝ってやるよ」
「はあ!?」
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