第30話 ドロシーの苦難
「さ、基礎は重要なんだからな! 集中集中!」
魔術基礎の講義の講師であるフロイトは、パンパンと手を鳴らしながら俺たちを叱咤する。
魔術基礎はその名の通り、特異魔術などにかまけがちの現代の魔術師達に基礎の素晴らしさ‥‥‥大事さを伝えるための講義だ。
机にかじりついて勉強するわけではなく、実際に魔術を使う授業は気分転換にも最適だ。
「それにしても‥‥‥本当にすごいな‥‥‥」
フロイトは俺の発動しているウォーターボールを見て感嘆する。
「大きさ、滑らかさ、形状、そしてその維持‥‥‥汎用魔術だけで実技試験を突破したというからどんなものかと思っていたが‥‥‥正直予想以上だよ」
「ど、どうも‥‥‥」
ここまで褒められると正直めっちゃ照れるな。
「いやあまじですげーよ、ギル! 俺は特異魔術でねじ伏せりゃあ関係ねえと思ってあんま練習してこなかったけどよう‥‥‥」
そう言うレンの魔術は、荒々しさはあれど悪いという程ではなかった。
「あんたにしては上出来じゃない」
「ほらほら、おしゃべりしない! 最低でも10分! このまま魔術を維持しろよ! この練習はトップの魔術師達も欠かさずやってきた練習だからな、基礎をおろそかにしては一流にはなれないぞ!」
「ふん、簡単すぎるんだよ」
「お、ロキ君、君も中々に上手だね‥‥‥しっかり身に着けてきたわけか」
「‥‥‥お世辞はいい。さっさと次へ進ませろ」
「ははは、そうは言ってもね、こういうのは順番に行かないとね‥‥‥‥‥‥けど、まあ確かに十分か。みんな最低限のラインはクリアできてるみたいだからね」
フロイトは俺たちに向けて魔術を解除していいぞと指示をだす。
「上出来上出来。特にギル君は飛びぬけてるね。ロキ君も悪くない。‥‥‥ただミサキさんとドロシーさんはちょっと雑かな、しっかり練習しておくように」
「はい!」
「‥‥‥はい!」
快活に答えるミサキとは裏腹に、ドロシーは苦い顔をして声を絞り出す。
プライドの高いドロシーだ、耐えきれないだろうな、こういうのは‥‥‥。
「じゃあ次だ! これも基礎中の基礎‥‥‥というかこれが出来なきゃ戦闘なんて無理だぞ。じゃあそうだな‥‥‥ギル君、こっちきてそこに立ってくれ」
俺はフロイトに言われるがままに指定された位置に立つ。
「これから魔力を微量に貯めたボールをギル君の周囲に配置する。その間ちゃんと眼をつぶっててくれよ」
「? はい」
俺は言われた通りに目を瞑り、ボールが配置され終わるのを待つ。
「よし、OKだ。じゃあそのまま目を瞑っててくれよ。――今僕が配置したボールを位置と距離、正確に答えてくれ」
「「「!?」」」
他の仲間たちの動揺が俺にも伝わってくる。
「おいおいそんなの出来るのかよ‥‥‥」
「わ、私も大体の位置しか‥‥‥」
「これ出来たら凄すぎるよ正直」
「‥‥‥」
なんだなんだ、すげーみんな動揺してるな‥‥‥。
それとも謙遜か?
「いいですか先生?」
「えっ!? あ、ああ、いつでも答えてくれ」
いや、驚きすぎかって‥‥‥。
「えーっと、12時の方向3m、4時方向15m、6時方向21m、9時方向2m、11時方向12m、11時と12時の間のは‥‥‥これはダミーだな、他より魔力の反応が薄い」
俺の答えに、フロイトが絶句する。
「き、君は‥‥‥本当信じられないな‥‥‥何者なんだい‥‥‥」
フロイトが信じられないという様子で狼狽えている。
が、その顔にはニヤッとした笑みが浮かんでいる‥‥‥複雑な感じだな。
他の生徒たちも、かなりどよめいている。
「いや、まじかよギル‥‥‥そこまでわかるのかよ」
「ふん、これくらい出来なきゃ合格なんて出来ねえだろ」
「それでもかなりすごいですよこれは! ね、先生!」
ミサキの問いかけにフロイトも相槌を打つ。
「正直期待以上だよ‥‥‥。君は魔力の探知に関して学生の域を超えている‥‥‥!! 信じられないよ‥‥‥。サイラスさんが君を強く推していた意味が今分かったかもしれない」
そりゃそうだ、あの戦争時代。
いつ敵からの魔術的な攻撃がくるかわからなかったんだ。
嫌でもそう言った些細な魔力の流れを察知する能力は上がっていった。
この軟弱な時代の奴らに比べて敏感なのは当たり前なんだ。
「や、やるじゃない‥‥‥私も負けないけどね」
ドロシーは元の位置に戻った俺にそう話しかける。
「はは、期待してるわ」
「じゃあ次、ドロシーさん、こっちきて」
「はいッ!」
ドロシーはさっきの俺と同じ位置に立つ。
フロイトは魔力の込められたボールを各地に配置する。
「さ、ドロシーさん。答えてみて」
「‥‥‥‥‥‥」
ドロシーは目を瞑りながら、必死に額に眉間を寄せる。
がんばって探っているんだ、魔力の跡を。
時間は刻一刻とすぎていく。
「ドロシーさん、流石にそろそろ――」
「わ、わかりました!」
ドロシーはやっと声を発する。
「じゅ、12時方向3m‥‥‥5時方向12m‥‥‥く、9時方向‥‥‥10m‥‥‥」
そこでドロシーの答えが止まる。
「他は?」
「‥‥‥すいません、わかりません」
ドロシーは死ぬほど悔しそうな顔でそう言い切る。
「12時方向3m、2時方向7m、4時方向17m、8時方向7m、11時方向20mだ。五分の一だね、正答率は」
その結果に、ドロシーは愕然とする。
「五分の一‥‥‥」
「ははは、そんなに落ち込む必要はないよ。誰でも最初はこんなものさ。魔力を探知する練習何て普通しないからね、今の魔術師は。ただ、この先へ進むには絶対必要な技能だから、これからしっかり練習していこう」
「‥‥‥はい」
とその時、ロキが口をはさむ。
「はっ、呑気な事言ってやがる。魔術学校の最高峰だろここは。そんな温い奴が合格してるなんて、正直俺はありえないと思うね。お前才能ねえんじゃねえの?」
「ちょ、ちょっとロキ君それは‥‥‥」
「そうだぞロキ、いい方ってもんがあるだろ」
「‥‥‥‥‥‥」
しかし、ドロシーはそれに何も言い返せなかった。
ただただ静かに、口を真一文字にして、拳を強く握る。
悔しくて悔しくてしかたないだろうけど‥‥‥。
「はいはいそこまで! まったく今年の一年は血の気が多いな。ほら、続けるよ。次ベルベットさん」
こうして魔力を探知する授業は続けられた。
結果、ドロシー以外のメンバーは距離こそつかめなかったものの、三分の一程度は把握し、方向に関しては正確に答えた。
その様子を見ていたドロシーが何を思っていたのか‥‥‥その時は俺にはまだわからなかった。
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