第29話 寮での噂話
「はあ、もうくたくた‥‥‥」
ドロシーは応接間のソファーにどかっと座り込む。
「早く魔術の勉強がしたいのに‥‥‥」
「嫌でも明日から授業が始まるだろ」
「嫌でもってなによ! 願ってもないでしょー‥‥‥」
ドロシーは天井を見上げながらぶっきらぼうにそう口にする。
長い校内の案内が終了し、俺たちは寮へ戻ってきた。
最初こそ目新しい施設や最高峰の魔術学校に皆目をキラキラさせていたが、余りのその広さに後半はみな疲れの色が色濃く出ていた。
‥‥‥もちろん俺も。
結局丸一日も掛かってしまった。
皆寮に戻るやいなや部屋に戻り、それぞれのんびりと過ごしている。
「‥‥‥そういえば、図書館でのあれ、何だったのよ?」
「図書館?」
ドロシーは前かがみに座り直すと、真剣な眼差しでこちらを見る。
「魔術の痕跡がどうとか言ってたでしょ? みんなそんな気にしてなかったけど‥‥‥。私には魔術の痕跡何てまったく感じなかったんだけど」
「いや、そのままの意味だけど‥‥‥」
ドロシーは苦い顔をする。
「なによそれ、皆には分からなくても俺には魔術の痕跡がわかるんだーって? 何なのよもう‥‥‥あんたにそんなのわかるわけないじゃない!」
えぇ‥‥‥何かご機嫌斜めなんだけど‥‥‥。
「んだよ‥‥‥しょうがないだろ。感じたんだから」
ドロシーは何とも複雑な顔で、眉間にしわを寄せる。
が、何かを諦めたかのように軽くため息を付く。
「‥‥‥ごめん」
今度は急に謝った!
大丈夫かよこいつ‥‥‥。
「どうしたんだよ、何か調子悪いのかよ」
「ううん‥‥‥。はぁ、私何やってんだろ。せっかく最高峰の魔術学校に入学できたのに‥‥‥。自分の理解できないことが起こるなんて当然なのに‥‥‥私は‥‥‥」
下を向き、ぐっと拳を握る。
何か焦ってるのか?
「どうしたの、図書館の話?」
「「!?」」
不意に声をかけられて、俺とドロシーは驚きのあまり身体をびくっと跳ねらせる。
声の主はいつの間にかソファーに座っている眼鏡の少女だった。
「えっ‥‥‥いつから‥‥‥?」
「わからない‥‥‥」
「あっ、ごめんなさい‥‥‥私良く影薄いって言われるから。実はずっといたんだけど‥‥‥」
「「ずっと!?」」
思わずドロシーとはもる。
嘘だろ‥‥‥全く気が付かなかった。
少女は申し訳なさそうにはにかむ。
「あはは‥‥‥盗み聞きするつもりはなかったんだけど‥‥‥」
「いや、すいませんこっちこそ気付かなくて‥‥‥」
「いいのいいの、いつものことだから。私はビオ、2年生よ。あなた達は新入生よね? 昨日ホムラさんと一緒にいたし」
「はい、俺はギルフォード。こっちはドロシー」
ドロシーはグイっと俺の肩を叩く。
「ちょっと! 何勝手に私の紹介してるのよ! 私はドロシー・ゴートです。よろしくお願いします」
「よろしくね」
ビオさんは頭を下げる。
なんかすげー物腰の柔らかい先輩だな。
つーかあれ、さっき図書館がどうとか言ってたか?
「あの、図書館がどうとかって‥‥‥」
「あぁ、ごめんね、何か図書館の話をしてたのが聞こえたから‥‥‥」
「何か知ってるんですか?」
「知ってるって程じゃないけどね。噂‥‥‥魔術学校の都市伝説とでもいうのかな」
俺とドロシーは顔を見合わせる。
都市伝説‥‥‥? それが俺の感じたものの正体なのだろうか。
「聞かせて貰っていいですか?」
「いいけど‥‥‥別にそんな大層なものじゃないよ?」
「是非」
「うんとね、図書館って結構離れにあるでしょ?」
そう言えば、図書館だけは少し離れた立地に立てられていた気がする。
「実はあれにも理由があって、本館の地下って行った?」
「行きました! トレーニングルームみたいなのが広がってて‥‥‥本当すごいですよね」
ドロシーが興奮気味に語る。
「そうそう。そこも結構広いでしょ? だから、そことぶつからないように離れたところに立てられたって話」
「えっと、ちょっと待ってください? ぶつからないようにって地下の話ですよね? 図書館と何の関係が‥‥‥」
「だから、地下の話。実は図書館には結構広い地下があるって話よ」
地下――!
そうか、地下‥‥‥あの痕跡は地下の反応か‥‥‥!
ドロシーの顔も少し険しくなる。
「もちろん、ただの噂だけどね。別に地下への入口何かが図書館にあるわけじゃないし、行ったことがある人に会ったこともないわ。ただ、そういう噂だけが独り歩きしてるのよ」
ビオはニコっと語り掛けるように笑う。
「噂ってそれだけですか? その地下には何が‥‥‥」
「いろいろある言われてるんだけどねえ。実は大戦時代の魔獣が大量に捕らえられているとか、魔神の残した魔界の武器が残ってるとか‥‥‥。あとは悪魔の捕らえられたグリモアが保管されてるとか、禁忌魔術の書が保管されてるとか‥‥‥正直どれが本当かわからないし、そもそも地下なんてものがあるのかもわからないけどね」
「‥‥‥」
そんな大層なものがもし本当に地下にあるのだとしたら‥‥‥結界で防護されていてもおかしくないな。
だから、その結界から漏れ出た魔術の痕跡は本当に微量なもので、結果それを感じ取れたのは俺だけという事か‥‥‥。
そして噂といわれているのは純粋に魔術の痕跡を感知できる人間がいないから‥‥‥ということか。
「だとしたら‥‥‥もし本当にそんなものが地下にあったら危ないんじゃ‥‥‥」
「ま、だから噂ってことよ。誰も地下に入ったことないし、魔術の痕跡を感じたこともない。遠い昔の先輩たちが作った作り話っていうこと。ま、そういうのも面白いでしょ?」
それを聞き、ドロシーは俺の方を見る。
「痕跡‥‥‥」
地下の存在‥‥‥魔術の痕跡を感じ取った俺という存在‥‥‥。
ドロシーにとって、地下にある魔術的な何かは、噂の域を出ようとしているのかもしれない。
‥‥‥まあ、俺が嘘ついていると思っているうちは断定はしないだろうが。
「他にもいろいろ噂はあってね――」
そうしてビオ先輩はいろいろな噂を語ってくれた。
下らないものから、なんだか危ないものまで。
どれもにわかには信じがたかったが、俺もドロシーも図書館の地下の話が気になって、あまり頭に入ってこなかった。
それから数十分後――
「あ、もうこんな時間。とりあえず私は今日はもう寝るわ。明日の授業もあるし‥‥‥」
「あ、ごめんね。私が興奮して話しちゃって」
「いいえ、参考になりました。‥‥‥じゃあね、ギル。おやすみ」
ドロシーはそう言い残し、自室へと戻っていった。
「余計なこと言っちゃったかしら」
ビオはドロシーの背中を見送りながらぽつりと零す。
「いや、すごい参考になりましたよ。図書館‥‥‥面白い噂ですね」
「そうよねえ。ま、歴史の古い学校だし、何があっても不思議じゃないからね。‥‥‥それじゃあ私も寝ようかな。またね、ギル君」
「はい、おやすみなさい、ビオさん」
図書館の地下か‥‥‥。
俺にも察知できなかった高レベルの結界‥‥‥こりゃ噂なんてレベルじゃねえな。
ま、触らぬ神に祟りなしだ。
とりあえず、気にしないでおこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます