第28話 図書館の違和感

 翌日、朝食を食べた後ウルラクラスで集合し、事務員のレナさんの先導で学校の案内が始まった。


「こちらが大講義室になります。試験の時に利用した方もいるかもしれませんね」


「おー懐かしいなあ。ギルと会ったのもここが最初か」


「あったなそんなことも」


 ここ本館は講義室が密集していて、各授業によって使い分けられるようになっていた。


 また、上層階の方には講師として雇われている魔術師の先生たちの部屋があるらしい。

 基本的には螺旋状に設置されている階段を使用して上へと上がっていくのだが、本館の一室には転移ゲートが設置されており、五階より上の階へは一瞬で移動できるようになっていた。


「転移ゲートがあるの!?」


 ドロシーは興奮した様子で声を張り上げる。


 転移ゲートと言っても最大移動距離は精々50m程度で、こういった使い道以外に使用するのは難しい。

 触媒が必要だったり、ゲートが一個だと何の意味もなさなかったり、製造がそもそも難しすぎたりと、いろんな面でネックとなることが多すぎるのだ。


 千年前の俺の時代でもこういった転移ゲートは似たような使い方しかできなかった。


 魔術として、いつでも自由にどこへでも行けるような、そんな魔術が使えるようになれば‥‥‥と考えたこともあったが、俺の知る限りこの世界が始まってからそんな便利な魔術が存在するということは耳にしたことがなかった。


 他にも、レナさんはいろんな部屋を案内してくれた。


 植物学のためのビニールハウスや、闇魔術の講義室、広々とした中庭や、実技でも使った演習場。


 この広い敷地内に、所狭しと施設が並んでいた。


 ドロシーはもちろんのこと、ベルやミサキもキラキラした目で辺りを観察していた。

 ロキは相変わらずつまらなそうにしているが‥‥‥。


 本館の他に俺たちが暮らす寮が三棟あり、他に職員用の寮も完備されている。


 とにかく全校生徒に比べて学校自体が大きすぎるが、もしかしたら過去にはもっと沢山の生徒が在籍していた時期があるのかもしれない。


「こちらは図書館ですね」


「おー‥‥‥」


 それは闘技場の裏を少し行った先、人気の少ない場所にぽつりと立っていた。


 図書館か‥‥‥これはちょっと興味があるな。


「街にも図書館はありますが、蔵書量は圧倒的にこちらの方が多いです。特に魔術系は比較にならないかと」


「そんなに多いんですか?」


「はい、暗黒時代以前の書物もいくつか保管されていると聞きます。ちょっと中に入ってみましょうか」


 レナさんはドアを開けて中へと俺たちを案内する。

 中は静かで涼しく、どことなく荘厳な感じがする。


 図書館には所狭しと本が収容されていて、その場ですぐ読めるようにいくつかのテーブルも設置されている。


 天井は吹き抜けになっていて、階段を上がると二階にも本が敷き詰められていた。


「図書館の利用は学校関係者に限られています。手前が一般書籍のコーナー。魔術系の書籍は奥になります」


「へ~すごい多いわね‥‥‥暗黒時代以前の書物はすごい気になるわ」


「そうだね‥‥‥。うちより多いかも‥‥‥」


「いや、ベルの家の図書室がここと比較できるくらい大きいという事実の方がビビるんだが‥‥‥」


 どんだけデカいんだよベルの家は!


「ここら辺が魔術関連の書籍棚になります」


「へえ、この辺が‥‥‥」


 確かに、結構古い物から最近のものまで魔術関連の書物が大量に並べられている。

 もちろん、一般の書物に比べれば圧倒的に少ないが、それでも街の図書館とは比較にならない。


 皆も先ほどまでとは目の色が変わり真剣に本棚を眺めている。


 とその時、俺は微かに魔術の痕跡を感じ取る。


 しかも何か‥‥‥邪悪な――悪意を込められた痕跡を。


「ん、どうしたギル?」


「急に怖い顔してどうしたの? 具合悪いの?」


 ミサキが心配して不安そうな顔で俺の顔を覗き込む。


「いや‥‥‥」


 何だこの感じ‥‥‥誰も気づかないのか?

 明らかにおかしい。


「‥‥‥レナさん、ちょっと聞きたいんだけど‥‥‥」


「はい?」


 本棚に手を伸ばしていたレナさんは俺の声に振り返る。


「この図書館って‥‥‥何かあるんですか‥‥‥?」


 レナさんは眉を潜める。


「何か‥‥‥ですか? 見ての通り書籍が沢山ありますが――」


「いや、そう言う意味じゃなくて、何か魔術的なものなんですが‥‥‥」


 するとレナさんは困ったように溜息をつくと、肩を竦める。


 周りの皆も、不思議そうに俺を見る。


「‥‥‥さあ、特に何もないんじゃないですか? 魔術学校ですし、魔術の痕跡なんて至る所にありますよ」


「いや、だからそういう普通のじゃなくて‥‥‥」


 しかし、レナさんの顔はそれ以上追及しても無駄だと察してしまう程、無表情に落ち着いていた。


「‥‥‥いや、すいません。何でもないです」


「そうですか。まあここは魔術書の棚ですからね。何か感じても可笑しくないですよ」


 レナさんはニコっとはにかむ。


「まったく。バカなんだから慣れないことするんじゃないわよ。学校で魔術の痕跡なんてして当たり前でしょ」


「そうやぞー、目立とうとしたのか知らんけど、ちょっと今のは寒かったな。何も感じねえしよ」


 そう言ってレンが俺の肩をポンポンと叩き軽く笑う。


「まあまあ! 気になったら質問するのはいいことだよ! 私はいいと思う」


 ミサキがニッコリとした笑顔で俺を慰めてくれる。


 はあ、こいつもめっちゃいい奴だな‥‥‥。


「では次の施設いきましょうか」


 それにしても‥‥‥この感じは何なんだろうか。


 普通の魔術の痕跡とは明らかに違う。

 何か‥‥‥作為的なものを感じる。


 他の奴らが感じ取れないほどの微量な痕跡‥‥‥。

 それにレナさんのあの反応。これ以上聞くなと言わんばかりの全否定‥‥‥。


 俺は図書館に何かありそうだとは思いつつも、それ以上詮索はしないことにした。


 何かあるのなら、いずれ分かることだろう。


 不思議には思うが‥‥‥歴史のある魔術学校だし何があってもおかしくはない。

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