第32話 特訓
「なあおい、最近夜どっか行ってるのか?」
レンは肉を頬張りながら俺にそう問いかける。
俺は思わず噛みかけの肉を喉に詰まらせ、焦って水を飲み込む。
「ぷはぁ~~~‥‥‥。‥‥‥‥‥‥行ってねえよ」
「説得力なっ!!! 何今の露骨な動揺!」
レンは身体を仰け反らせて豪快に笑う。
「な、何もねえんだからなんもねえんだよ! いいだろ別に」
「かっかっか、まあ別に俺は気にしねえよ、ギルがなんもないっていうならな。でもよ、何か困ったことあったら言えよ? 俺たちゃもう運命共同体‥‥‥同じクラスなんだらよお」
そう言って、レンはニコっと笑顔を浮かべる。
本当こいつは底抜けに明るくていい奴だな。
ふと、千年前の魔神討伐の旅で共に過ごした剣聖ジークを思い出す。
あいつも、世間のクールガイのイメージとは裏腹に底抜けに明るくていつもムードメーカー的存在だったな。
レンは‥‥‥まあイメージ通りだけど。
最近夜はレンと食べることが多い。
相変わらずロキは一匹狼というか俺たちとつるむことが好きではないらしく、いつもささっと食べて部屋へ戻ってしまう。
ま、全員が全員仲良くなんて出来る訳ねえしな。気にはしてない。
「わかってるよ。んなことより、お前は自分の心配した方がいいんじゃねえか?」
「? なにがよ」
「闇魔術の解呪‥‥‥ありゃなんだ。余計に闇魔術の呪いが複雑になってモルモット死んじまってたじゃねえか」
「ははは‥‥‥ま、人には向き不向きがあるってことよ。俺みたいな派手な男にはあんなちんまりした魔術なんか向いてねえってわけよ」
「都合のいい奴だな‥‥‥。ま、豪快なレンには繊細な解呪は苦手だとは思ってたよ」
レンはパチンと指を鳴らす。
「よくわかってんね~。ったく、なんでもそつなくこなすお前には逆に驚かされるよ。オールマイティじゃねえか‥‥‥一体どこでそんな魔術を学んだのか――興味あるね」
レンの眼が、久しぶりに見開かれる。
こいつ、時々鋭い目つきするんだよなあ‥‥‥見透かされてる気がして気に食わん。
「ま、そんなことはいいじゃねえか。んじゃ俺は部屋戻るわ」
「おう、また明日な」
◇ ◇ ◇
夜――。
俺とドロシーは宿を抜け出してまた図書館前の広場へとやってくる。
「悪い悪い、ちょっと遅れた――って何してんの」
ドロシーは木の陰に尻をこっちに向けて隠れてしゃがんでいた。
なんだ‥‥‥一体何してんだまじで‥‥‥。
「シーっ! いいから、こっちこっち!」
俺の腕をぐいっと引っ張ると、強引にドロシーの横に座らされる。
「おい、だから一体――」
しかし、ドロシーは俺の方など気にも留めず、正面を見据えている。
なんかあったのか‥‥‥? 俺は声を少し落とす。
「どうしたんだよ」
「‥‥‥ほら見てみて。あそこ、図書館のところ」
「ん? ‥‥‥あー誰かいるな‥‥‥カイン先生‥‥‥か?」
そこに立っていたのは、闇魔術の解呪の授業を受け持っているカイン先生だった。
先生は図書館の周りをぐるっと回りキョロキョロと見渡した後、中に入らずそのまま離れていく。
「何してるんだこんな時間に‥‥‥」
「さあ‥‥‥前あんたが言ってた魔術の痕跡と関係あるのかも‥‥‥」
「さぁ‥‥‥どうだろうな」
確かに、少しおかしい気はする‥‥‥。
俺でも感じ取れた魔術の痕跡を、仮にも一流の魔術学校の先生が感じ取れない訳はない‥‥‥と思いたい。
ということは何か明確な意図があってここにきている可能性も‥‥‥。
だが――
「まあ、校内に先生がいるのは不思議じゃねえんじゃねえか? 気にしてもしょうがねえだろ」
「まあそうだけど‥‥‥。すごい気になるのよねえ。昨日も言わなかったけどチラッと見かけたの。‥‥‥いいえ、そうね。わからないことに囚われて今の目的を見失ってもしょうがない。――さ、今日も特訓するわよ!!」
あの、ドロシーがこっそりと抜け出していた夜から、ドロシーは特訓を開始した。
しかも、試験前から何やら嫌っている風な俺を先生としてだ。
考えられるか? 助けたときもうざがられ、試験の時も落ちることを望まれた俺を頼るとは‥‥‥。
まあ俺から申し出たと言うのもあるけど、それにしてもそれを承諾されるとは少し意外だった。
心境の変化があったんだろうか。
何でも自分で‥‥‥というのがドロシーという人間だと思っていたが、少し誤解していたのかもしれない。
自分を高めるためには何でも利用する‥‥‥魔術を極めて周りから認めて貰うためなら手段も選ばない、それがドロシーのプライドなのかもしれない。
現に俺という人間は、自分で言うのも何だがこと魔術に関して頼るとしたら一番適任であろうということはここ数日の授業でもクラスの全員が理解したことだろう。
‥‥‥ロキは知らんが。
とまあそんなこんなで、それから毎日のようにここで夜に特訓をしているのだ。
特訓と言えば、村で仲良かったユフィを思い出す。
今頃何してっかなあ‥‥‥。
「さ、ボケっとしてないでやるわよ。今日はどうするの?」
「おう。そうだな、とりあえず、手に持ったボールの魔力は察知できるようになったし、そろそろもう一歩踏み込むか。距離はいいからまず方向を判別できるようになろう」
俺はボールを適当な方向に置き、ドロシーに当てるように促す。
「んと‥‥‥3時方向‥‥‥かな?」
「おしい。4時方向だ」
「あーもう! 手から離れた途端一気に難しくなったわ‥‥‥」
ドロシーは悔しそうに歯を食いしばる。
「まあ慌てんなよ、少しずついこう。コツは、風を感じるのに似ているんだ」
「風?」
「そう。魔力ってのは常に揺蕩うものだから、絶対にじっとしてるなんてことはない。そっちの方向から確実に何か揺らぎみたいなものを感じられるはずなんだ」
「揺らぎ‥‥‥」
ドロシーは真剣に俺の言葉を噛み砕く。
「風を感じるときは指を湿らせて風向を調べたりするやつがいるだろ? それと同じで、魔力を感じるときは自分の身体を敏感にする必要があるんだよ」
「敏感って! あんたなんか考えてないでしょうね」
ドロシーは少し嫌そうな顔で身体を抱きしめて俺から距離をとる。
「考えてねえよ! ――まあとにかく、ただ突っ立っててもしょうがないってこと。今まで魔力を探知しようと思ったことがないからそもそもの感じ方を知らないんだよ。まずは身体の感覚を敏感にすること、そしてまずは方向からあてられるようになる! そっからだな」
「そうね‥‥‥さあ、今日もがんばるわよ!!」
◇ ◇ ◇
そして二回目の魔術基礎の授業がやってきた。
前回同様、魔術探知の授業。
とりあえずこの数日間の特訓の成果を見せつける!
「じゃあドロシーさん。お願いします」
「‥‥‥はい!」
ドロシーは言われた位置に立ち、魔力を探知する。
「12時方向2m‥‥‥3時方向‥‥‥6m‥‥‥。あと‥‥‥8‥‥‥いや9時方向10m、10時方向に10m‥‥‥6時方向に5m‥‥‥かしら」
「おぉ‥‥‥! 前回より格段に探知が上手くなってますね!」
「やった‥‥‥!」
よっし!! 出来るようになってきてる‥‥‥!!
「ただ、距離はまだまだですね。誤差があり過ぎる。方向もまだ全部当てられているわけじゃない。まあ、でもこれだけわかれば十分ですよ。ここまで細かくわかる必要は実際には――」
褒められているドロシーだったが、すかさず口をはさむ。
「駄目です先生。これくらい完璧にできるようにならないと。私は自分が許せません」
「‥‥‥‥‥‥自分に厳しいですね、ドロシーさん。見習うべき姿勢です」
だよな。それでこそドロシーだ。
負けず嫌いの努力家‥‥‥。
「わかりました。どうやって特訓しているかは知りませんが、上達しているのは事実です。是非とも、もっと私を驚かせてください」
「はい‥‥‥!」
「おう、がんばれよ! 俺も応援してっからよ」
「うん‥‥‥がんばってドロシー! 私も負けないぞ~!」
レンもミサキも、ドロシーの熱に感化されている。
――が、そんな応援ムードを壊す男が一人。
「甘っちょろいんだよ、お前らわ」
「そ、そんな言い方は‥‥‥」
「特訓だか何だか知らねえけど、時間の無駄なんだよ。俺はもっと深いことを学びたいんだ。そういうのは一人でやってくれ。現に今日だって探知にこんな無駄に時間掛けやがって‥‥‥」
「‥‥‥それは‥‥‥」
ロキの言葉に、ドロシーは言葉を失う。
「それくらいにしとけよロキ。お前だって完璧じゃないくせに調子乗ったこと言うなよ」
「はっ、探知できるくらいでなに調子乗ってんだよギルフォード。魔術なら一番だと思ってるのか? スカした面しやがってよ。英雄さん」
このガキ‥‥‥一発痛い目見せないと駄目みたいだな。
ここら辺で上下関係ってものをはっきりとさせてやる必要があるな。
魔術を一発ブチかまして――――
っとその時、フロイトがパンパンと手を鳴らす。
「そこまでですよ、二人とも。この授業は魔術基礎‥‥‥戦うのは別の授業かそれこそ自由時間にやってくださいね」
「‥‥‥‥‥‥ふん」
「すいません、先生」
くそ、俺も熱くなり過ぎた‥‥‥。
落ち着け俺。あのままやってたら――考えただけでもぞっとする。
「さ、授業を続けますよ」
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