第13話 待ち合わせと路地裏
「そろそろ着きますよ」
その声を聴き、俺は目を覚ます。
うつらうつらとしながらぼやける目を擦ると、正面には見知らぬ女性が座っていた。
俺は一瞬自分がどこにいるかわからない感覚に襲われ、慌てて辺りを見渡す。
馬車‥‥‥か。
そうだ、辻馬車に乗ったんだった。
もう着くのか‥‥‥。あれからどれくらいたったんだ?
馬車の後方から空を眺めると、陽は丁度真ん中を過ぎたあたりのようだ。
かなり朝早く出発したから、大体7時間くらいか。
お世辞にも豪華とは言えない馬車だけあって、ガタガタと揺られけつが痛い。
なかなか激しい振動だが、早起きに慣れていないせいでぐっすり眠ってしまった。
一緒に乗っていた子供が窓から外を眺めロンドールが見えてきたと話しているのが耳に入り、俺も窓から顔を出してみる。
真っすぐ続く道の先に、巨大な門があり、その先にかなり大きな都市が目に入った。
村とは比べ物にならないくらい巨大な――
「うっそだろ‥‥‥ここがロンドール‥‥‥!?」
俺の時代のロンドールといえば、まだ村と呼んでいいような規模だったはずだ。
主要都市の丁度中継地として都合がよく、各地へ遠征に行く途中で立ち寄って一晩過ごす傭兵なんかも多かった。
そのうち宿屋とか酒場以外にも取引するような場所がぽつぽつと出来るようになって、交易所みたいな感じになってはいたけど‥‥‥。
時の流れとは恐ろしいものだ。もう完全に別世界じゃないか。
◇ ◇ ◇
それからもう少しだけ揺られ、無事ロンドールへと到着し、実に千年ぶりにロンドールに足を踏み入れる。
思っていた以上の活気のようで、人の往来がかなり激しい。
当時はもっと荒くれ者たちで溢れていたが、今では綺麗に整備され、一般人が沢山いる。
千年も経っているのだから、俺の時代よりかなり発達した建築物でも出来ているのでは!? っと少しは期待していたが、どうやらそうでもないらしい。
相変わらずの石造りの建物が道に沿うように並んでいる。
見慣れた景色だ。
クロにここ千年の話を聞いたところ、確かに大きな変化は起こっていないと言っていた。
技術も文化も。
理由は大きく分けて三つあるという。
一つはあの大戦。
魔神が指揮する魔獣たちによって土地は蹂躙され、大勢の人が亡くなった。
あそこから立て直すというのはかなり大変だったはずだ。
二つ目は暗黒時代。かなり長い間魔術廃絶の活動が続き、それまで多くの生産活動を担っていた魔術が人々の生活から消え、殆ど冬の時代が続いたせいだ。
そりゃそうだ、今まで当然のように使っていた魔術がある日突然使えなくなったからといって、急に全部人力で出来るようになるわけない。あの当時、かなりの部分を魔道具やら魔術師の代行やらで賄っていた気がする。
そして最後は、皮肉にもその暗黒時代が終わったこと。
人々が自分たちの手で少しづつ文明を発展させようという機運が高まっていた矢先、暗黒時代は終わりを告げた。しかし、サイラスが言っていたように魔術に関する知識は殆どリセットされてしまっていた。
また一から積み上げる必要があったのだ。その結果、俺たちのあの時代まで先代の魔術師たちが積み重ねてきた道を、また一から歩みなおさなければならなかった。
それらの合わせ技で、結局千年経っても殆ど変化してないという訳だ。
いや、もちろん今の時代をしっかりと生きている人たちにとっては十分に進歩した状態なんだろうけど。
手作業と魔術が融合して、きっと丁度いいバランスをとっているんだ、この時代は。
ロンドールの街を行く人々の顔も、あの頃と比べ物にならないくらい笑顔が浮かんでいる。
‥‥‥にしても、さっきからめっちゃチラチラ見られるな‥‥‥なんだ?
よそ者がそんな珍しいのか‥‥‥? いや、でも旅人なんて昔からよく来る土地柄だったはずだし‥‥‥。まあいい、気にしてもしゃあないか。
「さて‥‥‥サイラスはどこだっけかな‥‥‥」
俺はサイラスから受け取った手紙をローブのポケットから取り出す。
『君が決心してくれて嬉しいよ、ギル君。早いものでもうあれから五年か‥‥‥。僕の周りもめまぐるしく変化しているよ。あ、心配しなくても大丈夫、君を援助するという気持ちは変わらず持っているからね。それで、受験の件だけど、前日でいいんだったかな? さすがと言うべきか、ギリギリに来るなんて他の受験生には考えられないけどね。あぁ、ごめん。別にけなしている訳じゃないんだ』
くそ、前置きが長いな‥‥‥。
えーっとどこだっけ‥‥‥確か最後の方に――
『――じゃあ、ロンドールについたらいったん落ち合おう。いろいろと渡すものがあるからね。学園通りに魔術師御用達の「フィッツの酒場」という店がある。宿屋がそこから近いから、そこで待ち合わせしよう。君が乗ってくる辻馬車が到着する時間を見計らって僕も向かうよ。少し待たせるかもしれないが、許してくれ。それじゃあ、来月、待ってるよ』
そうだ、えーっと学園通りの「フィッツの酒場」‥‥‥。
俺はあたりをきょろきょろと見渡し、看板を見つける。
「えーっと‥‥‥学園通り‥‥‥学園通り‥‥‥。あ、あった」
ここから東の方へ少し行ったところにあるようだ。
学園通りという名前だけあって、近くにロンドール魔術学校もあるらしい。
ということは、サイラスがとってくれた宿は受験生でパンパンかもしれない。
「うしっ、向かうか」
◇ ◇ ◇
酒場に近づくにつれ、学生風の人たちがチラホラと増えてきた。
門の前は商人や職人っぽい人たちが多かったが、ここはそうでもないらしい。
学園通りの名前だけあって、本屋や魔道具店、雑貨屋などが軒を連ねている。
目的の酒場に到着すると、まだ夜でもないというのに結構中は賑わっていた。
魔術師の御用達だったっけ。
もしかすると学園の近くまで行くともっと魔術関連の建物が多くあるのかもしれない。
この辺りはきっとロンドール魔術学校を中心に魔術師の区画になっているんだ。
目立ちやすいように酒場の看板下でのんびりと待つ。
人通りはさっきほど多くはないが、ここでもやはりチラチラと見られている気がして少し不安だ‥‥‥。
なんか著名な人にでも似てんのかな俺‥‥‥。
サイラスはまだ来る気配がない。ま、気長に待つか。
こういう時は予め持ってきておいたロンドールの観光ブックでも読んで――――
「ちょっ‥‥‥‥‥‥ふっざけんじゃないわよッ!! きゃっ! 離しなさいよバカ!」
――!?
酒場の薄暗い裏通りから、女の人の言い争う声が聞こえる。
なんだ‥‥‥痴話喧嘩か‥‥‥?
しかし、痴話喧嘩にしては女性の必死さが露骨に聞こえる。これ、完全に襲われてんな‥‥‥魔獣が少なくなっても事件は減らねえか‥‥‥。
「おいおいおい、あんま大声出すなよバカが。くっくっく、なかなか上玉じゃねえか」
「何が上玉よ、気持ち悪い!! いいから離せっていってんのよ!」
「あぁ? 口答えしてんじゃねえぞクソが。てめえは黙って俺の言う通りにしてればいいんだよ‥‥‥すぐ終わるからよ」
男の手が、がっしりと少女の両肩を掴んでいる。
見るからに柄の悪そうな金髪の男と、赤髪のポニーテールの少女。
男は今にも襲い掛かりそうだ。
こんな真昼間から暗がりに女性を連れ込むとか、治安どうなってんだよこの街は‥‥‥。
さっきまでの感動を返してくれ。
俺は路地にずんずんと入っていく。
「ふっざけんなこのゴロツキが! いいからその手を離しなさい! さもないと――」
「さもないと何だって? くっくっく、てめえみたいなガキに何が――――」
瞬間、俺は壁に立て掛けてあった角材を手に取り、思い切り振りかぶって男の脇腹目掛けて振りぬく。
「――――ぐはッ!!」
見事に脇腹にがっつりと角材は食い込み、衝撃が俺の腕を駆け上がる。
「いって~~‥‥‥棒で人引っぱたくって結構腕に来るな」
「なっ‥‥‥‥‥‥えっ!?」
男は苦しそうにしながら地面へと倒れ込む。
貧弱な肉体とはいえ、不意打ちをかまされたらそう簡単に立てまい。
突然ガラの悪い男が視界から消え、唖然とした表情で少女は倒れこむ男と俺を交互に見る。
「‥‥‥いってえのはこっちのセリフだよクソが‥‥‥ッ!!」
男は額に汗をかきながら脇腹を押さえ、鋭い眼光で俺を睨む。
「結構しぶといな‥‥‥」
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