二章 ロンドール魔術学校

第12話 出立

「五年か――」


 サイラスという魔術師と会ってから、早くも五年の月日が流れた。

 今では俺の肉体も十五歳と大分成長し、見た目は全盛期の俺と殆ど変わらないくらいになった。


 ただやはり少し違ってしまうのも事実だ。


 当時はもう少し小さいときからずっと戦いに明け暮れていて、今よりも体つきはごつかった気がする。


 この森は脅威という脅威が殆どなさ過ぎて、俺の身体は階段を上るだけで少し息切れしてしまうという脆弱っぷりだ。魔術師は体力がない‥‥‥という偏見は昔からよくあったが、あの魔神との戦争時代には魔術師とはそれはそれは屈強なものだったのだ。


 さすがの俺も森で魔術のリハビリをかねて体力トレーニングには勤しんだが、やはり実践に勝るものはないようで、残念ながら全盛期の肉体には遠く及ばないのである。


 ――まあ、別にこの平和になった世の中で闘いなんてそうそうあるものじゃないし、特に気にはしてないけど。


 俺はそんなことを考えながら大量の荷物を詰め込んだ(というかクロに詰め込まれた)リュックを地面から拾い上げ、背負う。


「ま、君なら受かるだろうさ。てきとうに社会見学のつもりで行ってこい」


 クロはそう言い名がらポンと俺の頭を撫でる。


「撫でるな! ――まあ、気楽に行ってくるわ。あの町がどう変わったのかも気になるし」


「だろうな。結局めんどくさがって一回も村から出ないなんて思わなかったからな」


「べ、別にそういう訳じゃねえよ! ただ、何となくこの受験まで取っておきたかったんだよ、この村の外の世界は」


 クロは片眉を上げ、軽く笑う。


「ふーん、意外とロマンチストっぽいところもあるんだねえ、知らなかったよ。まあ確かに、この受験が君の新しい人生の初めの一歩としてふさわしいのは間違いない。存分に青春を楽しんでおいで」


「おう。受験後はそのままサイラス預かりだから卒業まで戻ってこないけど、寂しがるなよな」


「くっくっく、それはこっちのセリフだよ。散々甘えん坊みたいに世話を焼かれてたくせに、今更一人で生活なんて出来るのかね」


「俺を舐めるなよ、やろうと思えばできる! それが俺だ!」


「うわー、なんか言い方がうざい。ま、今度こっそり見に行くから、ちゃんと生活するんだね」


「来なくていいわ‥‥‥」


 クロの保護者面には辟易する。まったく。

 ‥‥‥ただまあ、クロのおかげで今があると言っても過言ではないのも事実だ。


 完全に立場が弱くなってしまったよ‥‥‥。


「――はぁ、それじゃ行ってくるわ」


「おう、行ってきな――――っと、一人挨拶し忘れてるやつが居るみたいだぞ」


「ん?」

 

 クロが振り向いた先を見ると、ユフィがおーいっと手を振りながら慌てて走ってくる。

 あいつ‥‥‥五月蠅そうだから黙っていこうと思ったのに。


 ユフィはここ五年で恐ろしいほど成長した。

 少し少年っぽさがあった見た目は十二歳を過ぎた辺りで一気に垢抜け、金髪色白の美人へと変貌していた。身長も俺と数センチしか変わらないという屈辱。


 ‥‥‥まあ俺は? こっからが成長期だったし、余裕でもっと伸びるけど?


 相変わらずリボン型のカチューシャを頭に付けているあたり、精神的には大人になり切れていないようだ。


 ユフィは俺の前で急ブレーキをかけて止まると、はあはあと息を荒げる。

 そのままそれを黙って眺めていると、徐々に息を整え、勢いよく顔を上げる。


「い、行くなら言ってよ! 慌てて来ちゃったでしょ!」


「いやあ、まあちょっと学校まで行ってくるだけだし――」


「ちょっとって、留年しなきゃ五年でしょ!! どんだけ長い期間だと思ってるのよ!」


「あー‥‥‥」


 言われてみればそうだった。

 千年なんていうぶっ飛んだ時間間隔を覚えてしまったせいで、何となく五年ってすぐな気がしてしまっていた。よく考えると、五年って結構長い。サイラスと出会ってから今日までも、振り返ると一瞬だった気もするけど、それでもやっぱり人がそれなりに成長できるくらいには膨大な時間だ。


「いやまあ‥‥‥ほら、ユフィも何かあればすぐ来れるだろ? そんな遠くないし。今生の別れって訳でもないしそんな大げさにしなくても‥‥‥」


「それでも‥‥‥っ!!」


 ユフィは適当に流す俺とは対照的に感情的に言葉を吐き出す。


 俺はその圧に押され少しおどおどとしてしまう。

 クロにSOSの視線を送るが、クロはだから言っただろと言った風な表情でニヤニヤとこちらを眺めている。


「‥‥‥ギルにとってはさあ、この村はそんな‥‥‥に大事じゃないかもしれないけど‥‥‥」


 ユフィはシャツの裾を握りしめながら言葉を絞り出す。


「同世代の子はギルしかいなかったし‥‥‥魔術を教えてくれる先生もギルしかいなかったし‥‥‥ごはん一緒に食べたりとか‥‥‥本読んだり‥‥‥小さい頃から‥‥‥っ」


 ユフィは何かを堪えるように、言葉を区切りながらゆっくりと話す。

 少しその身体が震えているようにも見えて、俺は自分の考えを改め直した。


 そうか‥‥‥ユフィにとっては――――。


 いつも下らないことを言って、用もないのに俺の家にきたり、魔術の覚えの悪いユフィに付き合って朝まで練習したり‥‥‥。そういえば小さい頃から、俺は殆どユフィと一緒だった。一緒に育ってきたと言っても過言じゃない。

 

 誕生日なんて祝ってもらったのも、ユフィが初めてだったかもしれない。


 ――ユフィだけじゃないだろ。俺にとっても‥‥‥。


 前の時代に戦闘漬けでろくに青春っぽいこともしてこなかった。

 一緒に遊べるやつなんていなかった。


 そうだ、俺にとってもユフィにとっても、お互いが唯一の友達だったんだ。

 ‥‥‥いや、もう家族と言ってもいいかもしれない。


 今になって気付くとは、俺も案外鈍いのかもしれない。


 俺は軽く息を吐き、改めてユフィに向き直る。


「――悪い、ユフィ。俺が間違ってたわ」


 ユフィは今にも泣きそうな顔を上げてこちらを見る。


「そうだよな、勝手に出て行ったら、そりゃ何でってなるよな‥‥‥俺たちそんなしょぼい関係じゃねえよな」


「‥‥‥そうだよ。誰が、ギルに構って上げてたと思ってるの‥‥‥。恩知らず」


「うるせえよ。俺が構ってやってたんだろ。妹みたいなもんだし」


「~~~ッ! ‥‥‥はぁ。もう行っちゃうんだし、今は反抗しないでおいてあげる」


「助かる」


 ユフィは精一杯の笑顔を浮かべる。


「見送りくらいさせろ、バカ。会えなくなるのは平気だけど、黙っていくのは違うでしょ」


「わるかったって。‥‥‥じゃあ俺行ってくるから。しっかり勉強しろよ。次会うときは俺に教えられることなんてないようにな」


 ユフィは舌をだしてお道化て見せる。


「当たり前だよ! ――――またね」


「和解は出来たみたいだな。ギル、君はちょっとコミュニケーションに難があるところがあるからな。力でねじ伏せるなんて言う野蛮な考えは捨てて、しっかり対話して馴染むんだぞ」


「わかってるよ! 人を何だと‥‥‥。んじゃ、行ってくるわ」


 俺は手を軽く振り、村の外へと一歩を踏み出した。

 まずは少し先の交易所まで言って、辻馬車でも捕まえよう。近いといっても、先は長い。


 少し歩いたところで、後ろからユフィが大声を上げる。


「ギルー! 私もがんばるからー!! いつかそっちに会いにいくからねーーー!! いじめられて帰ってくるなよー!!」


 舐めてんのかあいつは‥‥‥。


 俺は軽く後ろを振り返り、ユフィを視界にとらえる。

 元気よく手をふる姿をみて、軽くムッとしていた気持ちは綺麗さっぱり消える。


 俺は軽く笑みを浮かべ、手を振り返した。


 よし‥‥‥ここから俺の第二の人生の始まりだ‥‥‥!!

 待ってろよ、魔術学校!

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