第11話 思惑

「――はっ!? いやいや、なんで見ず知らずのあんたが‥‥‥」


「ここであったのも何かの縁だからね。何よりこんな才能を埋もれさせるのは心苦しい」


「いやいや、あんたそんな玉かよ。怪しすぎるんだけど‥‥‥」


 サイラスに俺を思いやる気持ちなんてあるんだろうか。

 明らかに胡散臭いにおいがプンプンするけど‥‥‥。


「それだけじゃないさ、君みたいな有望な子が私の門下として良い成績を出してくれれば私の評価も上がるしね」


「優秀な魔術師を発掘したという実績があんたの評価を上げるって訳か。‥‥‥まあ、あんたにとっては多少はメリットのある話しかもしれないけど、だからってなあ」


 これも理解しがたい。

 数日しか一緒に居なかったが、こいつが周りからの評価を求めているようなタイプには見えなかった。


「魔術は反応の学問だ。人と人も同じだろう? 優秀な存在が一人集団に居れば、その集団のレベルを底上げしてくれる。成長の一番の栄養は競争心だからね」


「言いたいことはわかるけどよ‥‥‥」


 自分の成績が上がるだの、周囲のレベルが上がるだの言っているが、俺にはどちらも本心ではないように感じられる。もちろん、ゼロではないのだろうが。


 いや、でももしかすると、サイラスは純粋に魔術の未来について考えているのかもしれない。

 魔術界に身を置く義務感と言うべきか‥‥‥そうだとしたら相当変わったやつだ。


 それとも‥‥‥同じような境遇に自分を重ねているのか?

 努力だけでここまで上り詰めたサイラスと、独学で学んできた俺。

 そこに、何とも言えない縁を感じたというのだろうか。


「‥‥‥お金、本当に大丈夫なのか?」


「運のいいことに私の仕事は身体を張ることが多くてね。報酬はかなりいいんだ。君一人の学費を肩代わりするくらいわけないのさ。――もちろん、後で返してもらうけどね。出世払いさ」


「――はあ。あんたの情熱はわかったよ。とりあえず‥‥‥考えておく」


「そうしてくれるとありがたい。君は今十歳だったかな? 入学は十五歳からだから、後五年ある。のんびり考えてみてくれ。絶対に悪い話ではないさ」


「考えるだけだからな! 行くとは決めてないぞ」


「ははは、それで十分さ」


 俺は受け取ったパンフレットをクロに渡す。

 クロは俺が思っているより乗り気のようで、パンフレットをまじまじと眺めている。


「――ところで、その吸血鬼とかいうのは見つかったのか?」


 これを聞いておかないと、安心して考えることもできない。


「‥‥‥いや、残念ながら無駄足だったようだ。各地の被害状況を見ながら東の方からこの村へ流れてきたんだが、そのルートはグリフォンとも一致する。吸血鬼被害は基本的に骨も残らないことが多いからね‥‥‥恐らくほとんどがグリフィンによるものだったんだろう。私の釣りにも引っ掛からなかったし、当てが外れたよ」


「釣り? 俺を襲おうとしたやつか?」


「いや、もう一つあってね。三か月程前に吸血鬼の被害にあった魔術師が居てね。その時現場に残っていた吸血鬼の血痕を衣類に染み込ませていたんだ。もう乾いて匂いなんてないが、吸血鬼たちは敏感だからね。乾いていようと同胞の血の匂いなら釣られると思ったんだが‥‥‥そう単純でもないらしい。まだまだ吸血鬼については研究が必要みたいだし、一度王都に戻って出直しだよ」


 なるほど‥‥‥。

 実際にグリフォンの被害だけだったかは不明なところだが、サイラスとしてもこれ以上は無駄だと踏んだんだろう。


「じゃあもう戻るんだな、王都に」


「ああ。もうすぐ立つよ。ユフィちゃんにはお別れを先に住ませてあるからね。外で部下たちが待ってる」


「あの二人か」


「ああ。彼女たちは許してやってくれ、私の命令だからね。きっと魔術学校に来れば会うこともあるだろう」


「ま、それは考えておくよ」


「じゃあね、ギル君。時々使いガラスを送るよ、魔術学校に入学する気になったら知らせてくれ」


 そういってサイラスは外へと出る。


 外には馬車が止まっており、言っていた通り二人の部下が待っていた。


 二人の部下のうち金髪の長い髪をした女性は、軽く俺に会釈をする。

 もう一人の短髪の黒髪の女性は、なんだか申し訳なさそうに顔を俯けたままだ。


 サイラスは馬車に乗り込むと、窓から手を振り、俺たちの森を去っていった。


 とりあえず、ひと段落というところか。


 吸血鬼狩りの件も片付いたし、一件落着だ。


 部屋に戻ると、クロはまださっきのパンフレットを眺めていた。


「おいおい、そんな学校興味があるのか? 行ってきたらいいんじゃないか? 確か吸血鬼って姿変えられるだろ、若返ったり、老けたり」


「いやいや、私は露ほども興味がない。――ギル、行ってきたらいいじゃないか」


「はあ? 今更学校行ってどうするんだよ、学ぶことなんてねえよ」


 クロは俺の横に来ると、そっと肩を組む。


「な、なんだよ」


「なあギル。君は前の時代も、殆ど戦争に明け暮れて、まともな少年時代青年時代を送ってこなかったろう?」


「余計なお世話だ」


「まあ聞け。いいじゃないか、平和になった世の中だぞ? お前も普通の子供たちみたいに青春って奴を謳歌してきたらいいじゃないか。何も学校で学ぶことは魔術だけじゃないだろ?」


「――何を知った風なことを」


 仮に学校に行ったところで、どうだというのだ。


 それに‥‥‥死んでいった仲間たちは許してくれるだろうか。

 俺だけが、幸せな生を受け入れることを。


「ま、私は何も知らないが、知識くらいはある。失った十代を、今取り返しても誰も文句は言うまいさ。死んでいった仲間だってそれを望んでいるんじゃないか?」


「‥‥‥吸血鬼のくせにわかるのかよそんな人間の心理なんか」


「勘だ。少なくとも私は、君に対してはそう思っているよ」


「‥‥‥」


 クロなりに、俺のことを心配してくれているのか。


 学校‥‥‥学校か。

 確かに、前はいかなかったな。そんなこと考えている時間すらなかった。


 でも今なら‥‥‥。


「――はあ、わかったよ。行ってみるか、学校」


「そうこなくっちゃ! ――ま、まずは試験の合格が先決だがな」


「俺なら楽勝でしょ」


「くっくっく、どうだか。その名の通り、英雄ギルフォードの生まれ変わりだ! とかなったら大変だな」


「それは厄介すぎるな‥‥‥過剰に持ち上げられても困る。多少は力隠しておいた方が良さそうだな‥‥‥」


 こうして、俺は魔術学校への入学を決めることにした。

 もちろん、試験に受かってからの話だが。

 

 後五年‥‥‥。少しの気だるさと、少しのワクワクが、俺の心を二分していた。

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