第10話 サイラスの提案

 翌日――。


「それで、結局どうしたって?」


 クロはまた呑気にコーヒーを飲みながら俺に話の続きを促す。

 昨日のグリフォンの件を昨日のうちに話したかったのだが、なぜかクロは家におらず、帰ってきたのは今朝早くだった。


 俺は掻い摘んで昨日の件を話す。


「――で、俺が魔術でグリフォンを殺して、一件落着だよ」


「ふうん‥‥‥。それにしても、ギルを出汁に私をおびき出そうなんて、人間にしてはゲスいこと考える奴だな。場合によっては肉片すら残さず粉々に処分するところだった」


 笑ってはいるが、クロの眼の奥の光がすーっと消える。

 ガチのやつだこれ。

 本当よかったよ、未遂で終わってくれて。


「まあその点は同感‥‥‥。仮にも今俺は子供だし、それを自分の部下に襲わせて吸血鬼をおびき寄せる餌にするとか、非人道的だよ、戦時中じゃあるまいし――いや、戦時中でも割と外道なのには変わらないか。‥‥‥まったく目的のためには手段を選ばないやつだよ、サイラスは」


「くっくっく、その点に関して言えば生ぬるいくらいだがな。私だったらまず囮なんて言わず真っ先に殺して街中に貼り付けにするがね。そうすりゃ嫌でも絶対に出てくるだろうさ」


 クロは冗談なのか本気なのか分からないトーンで語る。

 おいおい‥‥‥頼むから証拠が揃って確実な時だけにしてくれよ‥‥‥。


 でも俺には分かっている。

 クロはそんなことはしない。というより、する必要がない。

 クロの前に並べば、どの命も平等に脆い。小細工なんてする必要がないんだから。


 ただサイラスのあの徹底ぶり‥‥‥。性格からしてもそこまで人道的にどうかと思う作戦を軽々しくやるようには思えない。余程吸血鬼に恨みでもあるのか‥‥‥。


「まあ、結局サイラスとかいう魔術師は空振りだったわけだ。君の背後にいると思われていた魔術師はそもそも君自身の実力だったということが露見したし、もう君の周りを嗅ぎまわる必要もないだろう」


「だといいんだけどね‥‥‥。今度は俺を徹底的に調べつくすとか言い出したらどうしようかと思っちゃうよ。そもそもお前自身が吸血鬼事態と繋がっている! とか言い出しかねない情熱だからあ」


「ふふふ、現に事実だからな。ま、そうなったらそうなったさ。ここは惜しいが、捨てて別のところに行けばいいだけさ。‥‥‥と普段の私なら言うところだが――」


 クロは微妙な表情で溜息をつく。

 珍しい光景だ。


「‥‥‥なんかあったのか?」


「いやあ、昨日久しぶりの集会があってね」


「吸血鬼の?」

 

 クロは頷く。


「まあ不定期に行われている情報交換の場みたいなもんなんだけどね、昨日の話し合いでしばらくの間は流血沙汰が禁止になったのさ」


「流血沙汰の禁止‥‥‥? 吸血鬼全体が? いや待てよ、吸血鬼って上下関係なんてものはないんじゃなかったのか? 誰がそんなことを強制できるんだよ」


「ただの民主主義だよ。吸血鬼界隈もここ千年で様変わりしたからね。もう好き勝手暴れてただでさえ少ない同胞を、粛清何かで減らしたくないのさ」


 クロはやれやれと肩を竦める。


「今までは個々人の采配で好き勝手に活動してきたが、そろそろコミュニティを形成するべきだと声が上がってね‥‥‥。吸血鬼も一枚岩じゃないって訳さ。数がいればそれだけ諍いも起きるもんさ」


「ふうん‥‥‥じゃあしばらくは積極的に活動出来ないのか」


「本当に少しの間だけだけどね。それに、自主防衛はその限りじゃない。やりようはいくらでもある」


「クロみたいなのが二人以上いればそりゃ意見もぶつかるだろうな‥‥‥」


 コンコン――――。


「!」


 不意に、扉が叩かれる。

 この感じ‥‥‥サイラスか?


「さっそくお出ましのようだね。さて、何がお望みだろうね」


「昨日の今日だ‥‥‥頼むから余計なことはするなよ」


 俺はゆっくりとドアに近づき、そっと開ける。

 玄関にいは、営業スマイルをしたサイラスが立っていた。


「やあ。‥‥‥お邪魔していいかな?」


「どうせ断っても入ってくる気でしょ‥‥‥どうぞ」


「ははは、失礼するよ」


 サイラスは悪びれる様子もなくゆっくりと部屋へと入ってくる。

 どうやら今日はユフィは一緒じゃないらしい。


「えっとあなたはたしか‥‥‥」


「クローディアだ。ギルの――まあ親代わりみたいなものさ」


「そうでしたか。昨日はすいません、息子さんを危ない目に併せてしまって」


「いやいや、あれくらいこの子には日常茶飯事さ、気にしないでくれ」


「そう言っていただけると助かります」


 サイラスは申し訳なさそうに頭を下げる。


「それで、今日は何かようなのか? 謝りにきたわけじゃないんだろ」


「おっとそうだった。―――これを君に」


 サイラスは何かを取り出そうとローブの内側に手を入れる。


 その動作に、クロは瞬時に反応し、臨戦態勢に入る。


 ――変異の発現‥‥‥ッ!!


 眼が赤く光り、手も効率的に人を殺せるよう鋭利な形へと変貌する。


 おいおいおい、よせって!! 流血沙汰はやめろ!

 さっそく掟破りかよ!


 俺は慌ててクロに目配せする。


 問題ないから! ちょっと落ち着け!


「今日来たのは――――あった、これだこれ」


 ローブから抜き出した手には、一枚の丸められた紙が握られていた。


「‥‥‥これは?」


「君にはぜひ来てもらいたいと思ってね。まあ、まだ歳ではないだろうから、何年か後の話にはなるが‥‥‥」


 紙は、ロンドール魔術学校のパンフレットだった。


 ロンドール‥‥‥聞いたことのない名だ。

 あ、いや待て。確かここより北の方にそんな名前の小さな交易都市があったような‥‥‥。


「これは‥‥‥?」


「ロンドール魔術学校って言ってね、王国でも屈指の魔術学校だ。君なら、入試試験も難なく合格できると思ってね。何より――」


 サイラスの眼が光る。


「君は絶対に受けるべきだ。そして魔術学校卒業というキャリアを積み、世界に貢献する魔術師となる。それが出来る才能が君にはある!!」


「は‥‥‥はあ!? 俺が学校!? 冗談! なんで今更そんな――」


「今更? 以前にも通っていたことが?」


 やばっ――


「いや、えーっと、ほら。もう十歳にもなるし、そこそこ魔術も使えるじゃん? 行っても意味ないかなって‥‥‥」


「そんなことはないさ。ロンドールなら名家からも沢山の魔術師見習いがやってくる。そういった同世代の子たちと共に学ぶのは今後の大きな糧になるよ。それに、魔術師というのは横のつながりも重要だからね。コネを作っておいても損はない」


 むむ‥‥‥確かに損はないけど‥‥‥。


「先日の君の魔術‥‥‥本当に見事だった。僕はあれほどスムーズな魔術の発動を見たことがない。僕でもあれほどの練度の魔術を放てるかどうか‥‥‥」


「いや、大げさだから‥‥‥」


「ははは、そうかもね。だが、間違いなく同世代なら敵はいない。それだけ見事だったんだよ。君は他人と比較してこなかっただろうから分からないだろうけどね。‥‥‥この家に眠る魔術書と独学でそこまでいけるなんて、君はまさに天才だよ。もし、しっかりとした設備の整った学校で学んだとしたら、一体どんな魔術師が生まれるのか‥‥‥僕はそれがとても気になるんだ」


「まあ確かに魔術は好きだけど‥‥‥‥‥‥でもうち学費なんて払えないぜ?」


 サイラスはクロの方を見る。

 クロは肩を竦める。


「確かにないねえ。学費ともなればそれなりにかかるんだろ? 確かにうちのギルは天才も超天才。私はギルが何をやっているのかさっぱりわからないけど、無知なりにギルがとんでもないことをしているというのは肌でわかるよ」


 こいつ、何てきとうなこと抜かしてんだ。

 話がややこしくなる!


「もちろん、そういう事情があるであろうことは想定していたさ。だけど安心して欲しい」


「?」


「――――学費は私が出す」


「――はぁ!?」

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