第9話 空の魔獣
サイラスの部下と思われる二人の女性は、サイラスの言葉を聞き終えると森へと散開する。
吸血鬼のハズはない‥‥‥ということは、他の原因が‥‥‥?
なんだ‥‥‥長年この森に住んでいたけど、そんな危険はなかったはず。
「行こう、ギル君。時間がない」
「あ、あぁ‥‥‥!」
俺はサイラスについて行く形で、ユフィの叫び声の元へと全速力で駆ける。
今は考えている場合じゃない。
確実に危険が迫っている‥‥‥!
それほど遠くはないはず‥‥‥!
それにしてもまさかサイラスが部下を森に配置していたとは。
何が狙いだったんだ‥‥‥? 何かの作戦だったようだけど。
二人の魔術師も、サイラス程ではないにせよ相当使いそうだった。
クロが最初に察知したメンバーでまず間違いないだろう。
サイラスは俺が不信がっているのを悟ったのか、口を開く。
「――今となってはもう無意味だけどね。‥‥‥あの二人には君を襲わせるつもりだったんだ」
「はあ!?」
何言ってんだこいつ‥‥‥。
俺を襲わせるだと? しかもわざわざ種明かしなんて――。
「何の意味があってそんなこと――」
「君を追い詰めれば、吸血鬼‥‥‥あるいは吸血鬼に庇護を受けているであろう魔術師を炙り出せると思ったのさ。‥‥‥結局失敗に終わってしまった。あの二人が僕の仲間だと知れた以上、もう君にピンチだと思い込ませることは出来ないからね」
サイラス‥‥‥見かけによらず手段を択ばない男だ。
こんなこと知れたら、クロに殺されてたぞ‥‥‥。
「強引に僕たちが悪役となって推し進めても良かったんだが‥‥‥駄目だね、ユフィちゃんを巻き込んでしまった以上、僕にはそんなことを続ける決断は出来そうにない」
サイラス‥‥‥。
吸血鬼なんてものは、人間からすれば伝説上の存在で、脅威で、他の魔獣と何ら変わらない。
仮にも異形狩りという任についているサイラスが、吸血鬼を狩ることよりも俺たちに対する申し訳なさが勝った。
やはり、異形狩りにしては甘い性格をしている‥‥‥これも平和になった影響なのか?
それとも‥‥‥。
「吸血鬼の捜索も大事だが、今一番大事なのはユフィちゃんの安全だ。それにあの叫び声‥‥‥吸血鬼である可能性も否定は出来ない」
「‥‥‥正直、あんたが俺を脅そうとしたことは根に持つ。絶対許してやらないね」
「ははは‥‥‥そうだろうね」
「でも今はユフィが先決だ。急ごう」
「あぁ‥‥‥僕のせいで巻き込んでしまったようなものだ。絶対に無傷で連れて帰る‥‥‥!」
その時、更に短いユフィの叫び声がすぐ近くから響く。
「すぐそこだ‥‥‥!」
「ユフィ!」
声の方へ飛び込む。
すると、眼前に地面に尻もちをつき、後ずさるユフィの姿が目に入る。
ユフィは俺の声に気付くと、涙を流しながら振り返る。
「ぎ、ギル‥‥‥! サイラスさん‥‥‥!」
「ユフィ! 今――」
と、ユフィに駆け寄ろうとした俺を、サイラスが強引に引き留める。
「お、おいなんだよ!!」
「落ち着け‥‥‥これは‥‥‥相当やばい‥‥‥!!」
サイラスの顔が、明らかに強張っている。
血の気が引き、似合わない汗が額を伝っている。
「何の話だよ!」
サイラスはゆっくりと前方上空を指さす。
そこには、巨大な翼をもった黒い影がゆっくりと旋回していた。
「あれは‥‥‥」
その影は、ただゆっくりと旋回し、じっとこちらを見ているようだった。
まるで何かを待っているかのように。
人二人分ほどの巨体に、鋭いくちばし。
雄々しい鬣が風に靡き、かぎ爪が不気味に光る。
あの姿は――
「――グリフォン!」
サイラスは頷く。
「でもなんで‥‥‥グリフォンはここよりもっと東の霊峰にしか棲んでいないはずなのに」
「理由はわからない‥‥‥でも現にグリフォンは山を下りてきたんだ‥‥‥まずいぞ。グリフォン討伐には通常騎士20人‥‥‥あるいは魔術師10人は必要だ。ミネラとカレンを呼び戻しても倒せるかどうか‥‥‥」
「そんな悠長なことを言ってる暇はない! 今すぐユフィを助けるしかねえ!」
「グリフォンの危険性をわかっていないのか! あれは今確実に僕たちが飛び出してくるのを待っている! ユフィちゃんを餌におびき寄せようとしているんだ‥‥‥狡猾なハンターだよ!」
「だからって放っておけるかよ! 俺たちが動かないのと判断すれば絶対に降りてくる! あいつにとっては人間なんてその程度の扱いだろ!」
「しかし――」
っとその時、一気に風が吹き抜ける。
旋回していたグリフォンが、一気に急降下を始めた。
「しまっ――」
サイラスが一瞬動揺して固まっているのを横目に、俺は勢いよくユフィの前へ飛び出す。
俺ならやれる‥‥‥!
「ギルッ‥‥‥!!」
「ギル君!!」
俺は片手を上空のグリフォンへ向けて突き出すように構える。
グリフォン‥‥‥この距離だと俺の使える汎用魔術じゃまだ威力不足か‥‥‥。
サイラスに特異魔術を見せるのは避けたい。
なら――地上に引きずりおろす‥‥‥!
エレナお得意の鎖魔術で――
「光縛――二の鎖‥‥‥ッ」
俺の魔術の発動と同時に、地面から無数の光の鎖が飛び出し、グリフォン目掛けて一斉に飛び掛かる。
グリフォンは危険を察知したのか急停止すると、勢いよく空へと舞い戻る。
――しかし、一度放たれた光の鎖は、獲物を決して逃すことはしない。
一本の鎖をグリフォンが躱すとすぐさま二本目の鎖がグリフォンへと襲い掛かる。
旋回して鎖の攻撃を躱すグリフォンだが、圧倒的な手数を前に、じょじょに鎖の攻撃とタイミングがずれ始める。
そして一本、二本と少しづつグリフォンを絡めとり、最後の一本がグリフォンへと繋がれたところで、完全に固定され、そのまま勢いよく地面へと叩きつける。
完全に拘束されたグリフォンは、もはや身動きをとることは出来ず、ただ唸り声を上げるのみだった。
「悪いな‥‥‥」
俺はグリフォンの頭にそっと手を乗せる。
そしてそっと、ファイアの魔術を放つ。
頭から一気に燃え広がり、グリフォンの全身を包み込むと、炎は轟轟と激しい音と熱を出しながら燃え盛る。
至近距離からのファイアなら、今の弱体化した俺の魔術でも一方的に焼却できる。
なかなか惨い殺し方だが、仕方ない。
――これで一安心だ。
俺はユフィの元へ駆け寄ると、そっと手を貸す。
ユフィは短くありがとうと呟き立ち上がるが、その目は燃えるグリフォンに釘付けだった。
「君は‥‥‥」
サイラスは俺たちの横へと寄ってくると、ユフィ同様、燃えるグリフォンをじっと見つめる。
「君は一体‥‥‥‥‥‥。それに今の魔術‥‥‥ははは‥‥‥何が何だか」
サイラスは興奮気味に俺の肩を掴む。
「凄い‥‥‥凄い才能だよ‥‥‥!!」
サイラスは興奮気味に声を荒げる。
しまった、今の魔術でも現代の魔術レベルの範疇を越えていたのか‥‥‥?
「いや‥‥‥俺が先走らなくてもサイラスならやれたでしょ」
「そう言う話じゃない。あれは‥‥‥ちょっと僕もまだ信じられないよ。魔術書‥‥‥独学だから故の柔軟性か‥‥‥いや、それとも‥‥‥」
サイラスはぶつぶつと何かをつぶやきながら考え込む。
「変な奴だな‥‥‥」
あんなもの、そこまで褒められるものじゃない。
光縛は確かに少し特殊かもしれないが、ファイアに至っては初級の汎用魔術だ。
汎用魔術の応用を使える子供なんて、驚くほどの存在でもないだろ。‥‥‥多分。
しかし、サイラスの驚きようを見てしまうと、なんだかそうでもないような気がしてくる。
厄介なことにならないといいけど‥‥‥。
ユフィはまだ茫然と燃えるグリフォンを眺めていた。
さすがに子供には刺激が強すぎたか。
「‥‥‥勝手に居なくなるなよな」
「‥‥‥ごめん‥‥‥」
「――まあでも、グリフォンなんているとは思わねえよな。‥‥‥今日はもう帰ろう」
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