第8話 森の案内

「いやー、気持ちのいいもだね、森を歩くのは。最近は遺跡やら砂漠やらを旅していたものだから、木々が生い茂っているのを見るのは久しぶりだよ」


 俺の少し後方を歩きながら、サイラスはペラペラと聞いてもいないことを語る。

 

 サイラスは少し立ち止まると、後方を振り返り声を張る。


「ユフィちゃん本当に大丈夫かい? 結構なペースで来ちゃってるけど‥‥‥」


 少し離れた位置でしゃがんで何かを見ていたようで、ユフィは声に気が付くと急いで立ち上がり片手を上げる。


「大丈夫! 私は慣れてるから!」


「そうか、流石だな。ユフィちゃんには魔術の才能があるし、将来が楽しみだ。そう思わないか、ギル君?」


「そうだな」


 俺はぶっきらぼうにそう吐き捨てる。


 畜生、何でこんなことに‥‥‥。なんで俺がサイラスを連れて森を案内なんかしなきゃいけないんだ‥‥‥。


◇ ◇ ◇


「え、森を‥‥‥?」


 サイラスはニッコリとした顔で頷く。


「ええ、知っての通り私は異形狩りとして‥‥‥つまり仕事として来ているんだ。いつまでものんびりとユフィちゃんと魔術について語り合っているだけという訳にもいかなくてね。実はある種族を‥‥‥いや、協力してもらうのだし濁すのはフェアじゃないか‥‥‥――吸血鬼を追ってこの村までやってきたんだ」


 サイラスははっきりとその口で認めた。

 やはり狙いは吸血鬼‥‥‥つまりクロだ。


 でもなんで急に俺にそのことを‥‥‥。

 ということは、何か決定的なものを掴んだのか‥‥‥?


 ――いや、違う。

 捜査が難航しているからこそ、俺の反応を伺っているのか。

 普通は吸血鬼と人間がつるんでるなんて考えない。でも、何かあるかもしれないという少ない可能性にかけてるんだ。

 

 何を焦っている‥‥‥? 弄した策が失敗に終わったか?

 とりあえずここは濁すか‥‥‥。


「吸血鬼なんて本当にいるんだ」


「‥‥‥世の中には不思議なことがいっぱいでね、奇妙に思うかもしれないが実在するんだ。それで、森を少し案内してもらえないかと思ってね。村はあらかた捜索したし、残りは森だけなんだけど」


「子供をそんな吸血鬼探しに使うなんて、騎士としてどうなんですかね」


「ははは、耳が痛い。もちろん、僕がきちんと守るよ。なんでも村の人は森を忌避してるそうじゃないか。その土地に住む人にしか分からない何かがあるんでだろうね‥‥‥そう言う訳で、森を案内してくれないんだよ。なので、是非ギル君に案内してもらいたくて。ユフィちゃんが言ってましたよ、ギル君なら森を隅々まで知ってるだろうって」


 またユフィか‥‥‥。

 くそ、サイラスと俺を善意からくっつけたいと思っての行動だろうから余計にたちが悪い‥‥‥。


 歯痒いが、変に拒否するのも余計に長引きそうで面倒くさいな。

 さっさと森を案内して何もないということを示して終わらせるか。


 ちょっと遠回りにはなるが、下手にこの家周辺を探られてクロに殺されるよりはこいつもましだろう。


「――はぁ。まあいいけど‥‥‥。きっと何もないよ、この森には」


「いいんですいいんです。私も吸血鬼探しは建前で、長い任務で疲れた身体を森林浴で癒したいというのが本当のところですから」


 サイラスは微笑む。

 どうだか‥‥‥。


「‥‥‥まあ、そういうことなら」


「決まりですね。じゃあ早速二人で行きましょうか、これから」


◇ ◇ ◇


 ――というはずだったのだが、案の定ユフィが付いてきてしまった。


 まあ、別にユフィ一人増えたからどうということはないけど。

 サイラスの話を聞いてくれるのは助かる。俺とこいつの二人だったらと思うとぞっとするぜ‥‥‥。


「ユフィ、花が気になるのは良いけどあんまり離れるなよ」


「わかってるよ~」


 既に森を案内してから二時間程は経っている。

 いい加減諦めて帰って欲しいけど‥‥‥。


「――さて、そろそろ滝のところかな」


 俺は草をかき分け、水の音のする方へと向かう。

 とりあえず、滝を見せたら終わろう。もう今日は帰りたい。


「いいね、滝。こういうところはマナが溜まりやすいから居心地がいいよ。ギル君も感じるだろ?」


「まあ多少は」


「ちょっと休もう」


 サイラスは近くの岩に腰を掛ける。

 ユフィはまだ少し離れた位置で楽しそうに草や花を眺めている。


「――ギル君は魔術が使えるんだよね? 凄いなあその若さで。誰かから教えてもらったのかい?」


「いや、気付いたら使えたよ。本もあったし」


「そうか‥‥‥いい環境だったんだね。僕はね、魔術学校に通って魔術を身に着けたんだ。もともと魔術師の家系でそこそこ名の知れた家でね。親は魔術師にならなくてもいいとは言っていたんだけど‥‥‥僕は兄弟の中でも出来損ないだったから」


「それは‥‥‥」


 なるほど、結構名の知れた魔術師の家系か。

 そういうところは変わらないな、昔から。


 魔術師としての実力を左右するのは努力よりも血だという人もいるくらいだ。


「ある有名な魔術師が居てね。子供なら一度は憧れる魔術師さ。君も名前くらいは聞いたことあるかもね。――ギルフォード・リーブスっていうんだけど」


「それって‥‥‥」


 お‥‥‥――俺じゃねえか!!!


 俺は余りの驚きに顔に出てしまい、あんぐりと口を開ける。

 おいおいおい、こんなおっさんに憧れられたくねえ!!


 いやまあ伝説上の生き物みたいにされて尾ひれがついた逸話がごまんとあるのかもしれないけど、でもさあ!!


 俺は恥ずかしさの余り顔を覆う。

 子供なら一度はって言ったよな? なに、小説になっちゃったり劇になっちゃったりしてる訳、もしかして‥‥‥。


「お、その顔は知っている顔かな? ――そうだよね、君の名前もギルフォードだし、ご両親が彼から取ってつけたのかもしれない」


 勝手に納得し、サイラスは話を続ける。


「完全無欠とまで言われた最強の魔術師。魔神を退けるためにその命を懸けて封印したと言われている。――もちろん、そういった英雄的な一面も好きなんだけど、僕が惹かれたのはそういうところじゃなくてね。彼はもともと魔術師の家系の出じゃないらしいんだ。それでもその努力で一気に魔術師界を駆け抜けた。‥‥‥僕の足りないものがそこにあるようなきがしてね。それから努力して今や異形狩りとして王様に仕えるまでになったと言う訳さ」


 真剣に語るサイラスに、俺は余りの恥ずかしさで顔を背けそうになる。

 が、今背けるとあらぬ疑いをかけてしまう‥‥‥。


 俺はなんとか、そうなんですか‥‥‥、と返すので精一杯だった。


「だからこそ、自分の力で勝ち取ったこの職業には誇りを持っていてね。手ぶらで帰る訳にはいかないんだ」


 サイラスの顔つきが急に険しくなる。


「ギル君‥‥‥君の魔術は誰から教わったんだい? あの魔術書は、本当に君のお父さんのものなのかい?」


「そうですよ。確かに父はもう死んでしまっていて証明出来ないけど」


「‥‥‥悪い、不躾な質問をしてしまったね。でも不思議なんだ。魔術師の居ない村‥‥‥、森に住む繋がりをあまり持とうとしない女性と子供‥‥‥魔術を使える少年。一見すれば確かに今の時代どこかにはあっても可笑しくはない環境だけど‥‥‥あの魔術書の数、そして君の家に掛けられていた結界」


 さすがに俺の結界には気付いていたか‥‥‥。

 俺に探知されずに家まで近づけたんだから当然か。


「どうにもね、君以外に更に魔術に長けた人物がいる気がしてしょうがなくてね。私は吸血鬼を追ってこの村まで来た。そしてその場所には魔術を使える少年と、不相応なほどの魔術の痕跡があった。――とても無関係とは思えないんだ」


 くそ‥‥‥どうする。

 ここで何を言い訳にしても納得してもらえなさそうだ。


 クロが魔術を使えることにするか? ‥‥‥いや、それじゃあ会ったときにボロが出る。

 

 やっぱここは俺が独学で学んだ魔術で実験していたことにして――


「きゃあああ!!」


「!?」


 刹那、少女の叫び声が森にこだまする。


「なんだ今の‥‥‥ユフィ‥‥‥ユフィがいない!! まさか――」


 俺とサイラスは顔を見合わせる。

 嫌な予感が一気に脳裏をよぎる。


 いや、でもこの時期にこの森にそんな危険な生物なんて‥‥‥。


「何かあったようだ‥‥‥! ――っく、計画は白紙になるが仕方ない。ミネラ、カレン!!」


 サイラスが大声で名前を呼ぶと、森の木々の合間から、二人の女性が勢いよく飛び出してくる。


 なに‥‥‥!?

 気配遮断‥‥‥こいつらも魔術師か!


「僕とギル君は声の方を探る。二人は周囲を警戒していてくれ! 悲鳴の原因が分からない以上、それが一つではない可能性もある‥‥‥!」


「わかりました!」


「了解~」


「もし吸血鬼に遭遇した場合は――――私を呼んでくれ」

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