第7話 サイラスの興味

 サイラスはキョロキョロと家の中に視線を這わせると、ニッコリと笑みを浮かべる。


「どうも、王国魔術騎士団所属のサイラス・グレイスです。いやー凄い家ですね。入っても?」


「いや、ちょっと今立て込んでて――」


「いいじゃないか、ギル。せっかく来てくれたんだ、少し上がって貰っても」


 おいおいまじかこいつ、状況わかってんのかよ。

 クロが不敵に笑う。


 やる気か? ここで?


 クロはゆっくり俺の方に近づくと、小声で耳打ちする。


「敢えて敵をもてなす。スリリングで面白いじゃないか」


 クロの口角が上がる。


「ささ、どうぞどうぞ。何もない家ですけど、今飲み物出しますね」


「すまない。じゃあ遠慮なくお邪魔させてもらおうかな」


 躊躇なくサイラスは家の中に足を踏み入れる。

 退く様子がないあたり、確実に何か違和感を感じ取ってやがるな。


 サイラスはテーブルに付きはせず、家の中の様子を伺っているようだった。

 フードをとったその下は、想像よりもずっと若かった。


 眠りにつく前の俺と同じか、もうちょっと年上といったところだろうか。

 青がかった短めの髪で、おでこを出しているからか明るい印象を受ける。


 ゆっくりと興味深げに室内を見渡したのち、不意にサイラスは本棚の前で立ち止まると、驚いた表情で口を軽く覆う。


「こ、これは‥‥‥――!」


 やばい、何か手掛かりになるようなもの置きっぱなしにしてたか‥‥‥!?


「‥‥‥どうかした?」


「いや‥‥‥魔術書の量に驚いてしまって‥‥‥。まさか魔術書がこんなに‥‥‥しかも状態も悪くない。――どこでこれを?」


「えっと‥‥‥それは死んだ父さんが持っていたもので、詳しくは知らないんだ」


 さすがに俺が千年も前から所持していたなんて言う訳にもいかない。

 でもやはりこれだけ力のありそうな魔術師でもこの本の量は面くらうのか。


 ――と思っていたが、どうやらそう言う訳ではないようで、サイラスは「興味深い」とぼそりとつぶやきながら本棚を食い入るように見つめる。


「お父さんが‥‥‥。どれもこれも千年近く前に書かれた古文書レベルの書物だ。本当に興味深いよ‥‥‥。ヤングにカステオ‥‥‥ウガンの書まで‥‥‥。しかもこの品質の保ち方は――保護魔術が掛かっているのか」


 サイラスはブツブツと独り言をつぶやき始める。

 おいおい、大丈夫かこの人。


「えっと、俺はそんな詳しく知らないけど、そんな珍しいものなのか?」


 どれも確かに千年前の書物であることは事実だが、別に俺がレアな本を買い集めた訳でもなく、その辺の書店で買ったものが殆どだ。ウガンの本なんて本人からの貰い物だ。

 歴史的な価値があるかは不明だが、サイラスが言ったように保護魔術が掛けられるんだから幾らでも残っていそうなもんだが。


 サイラスは不思議そうな顔をしてこちらを見る。


 なんだなんだその目は。


「あー、そうか。森の中でずっと暮らしていたなら――。そうだね、失礼。知らないのも無理もないかもしれない」


 サイラスはゆっくり俺の方を向く。


「――千年程前、魔神と人間との闘いがあったのは知っているかい?」


「まぁ、それくらいは」


 事実、俺はそれに参戦してたわけだしな。

 詳しすぎる程知ってる。


「その時、魔神達の軍にとりわけ猛威を振るったのは魔術師たちの攻撃だったという。今では考えられないが、隕石のようなものを降らせる魔術や、地割れを起こす程のエネルギーを持った魔術、死者を蘇らせ操る魔術なんてものまであったと言う」


「えっ、それは流石に‥‥‥」


 あっれえ、そんな超強力な魔術なんてあったかな‥‥‥。死者の再生なんてまず不可能だしやってたなら俺が知らない訳ねえよな。――いや、死霊魔術なんてのがあったか‥‥‥。にしても隕石級は流石に‥‥‥。


 千年も経てば正しく伝わってない事実もあるか。こいつらの中ではあれは伝説上の戦い‥‥‥いわば神話みたなもんなんだろうか。


「ま、真実はわからないがね。――そして人間が勝利し、魔神は封印された。そして後には人間による人間のための世界が残った」


「平和になったんだね」


 サイラスは頷く。


「でも、人間は愚かだからね。そのうちまた人間同士で争うようになった。その時脅威となったのが、あの魔神の軍さえも恐怖の底に叩き落した魔術の存在だ。あんなものが人間に向けて放たれれば、人類はすぐにでも絶滅するだろう、と」


 なるほど‥‥‥何となくわかってきたぞ。

 つまり、こいつが言いたいのは――


「時の権力者が選択した方法は‥‥‥魔術師の糾弾と魔術書の焚書。魔術師狩りの横行さ。その時代を暗黒時代と呼んでいる。この時、魔神との大戦以前の魔術書と、沢山いた魔術師たちは姿を消した。出回っていた書はすべて焼かれ、力ない魔術師たちは抵抗する間もなく殺され、有力な魔術師たちは姿をくらませた」


「酷い時代だな‥‥‥」


 俺が眠りについた後そんな出来事が‥‥‥。

 正直、そんなことになるなんてあの時は微塵も思っていなかった。


 あの当時、魔術師にも騎士の様な称号を与えられ地位も高まっていたし、浅く広く、魔術は確実に広まっていた。それが、急にそんなことになるなんて。


 それが‥‥‥それが原因か。

 ユフィの村に一人も魔術師がいないのは。


「もちろん今はそんなことはないけどね。歴史の汚点というやつさ。だからね、失われた魔術も多いし、書物何か残ってすらいないのさ。それが、まさかこんなところに大量にあるなんてね」


 サイラスの眼はキラキラと輝いていた。

 ここを訪ねてきた時とは比べ物にならないほどに。


「君のお父さんは‥‥‥君の一族はこの魔術書を大事に守ってきたんだろうね。凄いことだよ。だから君もきっと立派な魔術師に違いない」


 そういい、サイラスはニッコリとしながら俺の頭を撫でる。

 何だか調子狂うな‥‥‥こいつはクロの天敵だろ。

 

 にしても、そんなことがあったならさっさと教えろよなクロ!!

 六年間そんな話一度も聞かなかったですけど!?


 どうせ聞かなかったからとかいうんだろうなあ!!


「そういえば、さっきの女性は君のお母さん?」


「‥‥‥みたいなものかな」


「ふむ‥‥‥。彼女は魔術師ではないようだね。という事はこの家周辺の結界や本の魔術は‥‥‥」


 サイラスはチラッと俺を見る。

 その目はさっきのキラキラした目とは違い、何かを疑っているような、そんな懐疑的な眼だった。


「何か気になることでも?」


「いや、こっちの話さ。えーっととりあえず今日はお暇させてもらおうかな、調べたいことも出来たし、長居は無用さ」


「えー、魔術見せてくれるんじゃないのギルにも‥‥‥」


 ユフィは悲しそうな表情でサイラスの裾を掴む。

 サイラスは屈むとユフィの頭をそっと撫でる。


「ごめんね、ユフィちゃん。近いうちに必ず見せると約束するよ。今日はちょっと用事があってね――では、あの女性にもよろしく言っておいてくれ」


 そう言い残し、サイラスはユフィを連れて出て行った。

 

「あらら、帰っちゃったか」


 クロはサイラスが返った直後見計らったかのように奥から姿を現す。


「何か気になるところはあったのか?」


「どうかなあ。私の擬態は見破れてないみたいだし‥‥‥魔術師としてはなかなかかな。君の結界に引っかからない程度の力はあるということさ。ま、それは君がこんな森に来る奴は居ないって言って手を抜いたせいだけどね」


「‥‥‥うるせえ。まあ悪い奴って訳ではなさそうだけど、ありゃ俺の周りを疑ってるな。‥‥‥疑ってるというより、興味を持ってると言う方が正しいか。吸血鬼へと繋がる手がかりが俺の先にあると踏んだか、単に魔術的な好奇心で俺の周りに目を付けたかは知らないけど‥‥‥」


「モテる男はつらいねえ。まさか君自信が最強の魔術師とは夢にも思うまいさ。君の背後に吸血鬼と繋がるような魔術師が居るかもしれないと推測するのは当然の流れか。どうやら私は対象からは除外されたみたいだし、また接触してくるぞ」


「だろうな。俺の周りを調査して吸血鬼は空振りだったと思ってくれたらいいんだけどな。ただクロが言ってた同胞の血の匂いとやらは気になるな」


「ははは、何はともあれ君たちは仲良くなれそうじゃないか。なんか情報があったら教えてくれよ」


「おい、クロも探りいれろよ、クロの問題だろ!」


 クロは気だるげに首をぽきぽきと鳴らす。


「なーんか拍子抜けしちゃった‥‥‥。擬態を見破れない程度なら別にスリルも感じないし。興味が君に移り始めてるなら、傍観するのが吉かな~。死体が増えるのは嫌だろ?」


 クロは至って純粋な表情でさらっと言ってのける。

 これだから感覚の違う奴らは‥‥‥。

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