第6話 ユフィの善意

「それでね、その人凄いんだよ!」


 純粋な眼にキラキラとした輝きを灯しながら、興奮を抑えきれない様子でユフィが俺の背中に語り掛ける。


「凄いカッコいい魔術だったなあ」


「なんだよ、そいつは何か魔術を見せてくれたのか」


「うん! なんかねえ、バシューっと光る矢みたいのが出てきてね、盾を粉々にしてたんだよ、凄くない!? ギルが言ってたみたいに詠唱っていうのもしてなかったし、あの弓に魔法陣でも描いてたのかなあ‥‥‥凄いなあ」


「矢ねえ‥‥‥」


 アロー系の攻撃魔術か‥‥‥。にしても光る矢となると汎用魔術の範囲じゃねえな、特異魔術か。


 でも、魔術師の奥義とも言えるであろう特異魔術を簡単に人に見せるか? 

 その程度の魔術師なら警戒するほどでもないか‥‥‥?


 ――いや、俺の頃とは時代も違うんだ、自分の特異魔術を隠しておくのが基本と言うのはもう古い考えという可能性もあるか。


 まあ、少なくとも特異魔術も扱えるレベルの魔術師ということだ。雑魚ではないんだろう。


「で、そいつは――」


「そいつじゃなくてサイラスさんね」


「‥‥‥そのサイラスって人はなんでこの村なんかに来たんだ? お前の話を聞く限りじゃ結構お堅いやつっぽいじゃねえか」


「んーなんかね、何かの手がかりを追ってこの村まで来たって言ってたよ。確か‥‥‥"異形狩り"っていう部隊の人みたい」


 やっぱり異形狩りか。つーことは、狙いはやっぱりクロか?

 にしても、吸血鬼を狩ろうなんていつの時代も人間は愚かすぎるな‥‥‥。


 千年経っても学ばない辺り、結局人は繰り返すんだなあ‥‥‥。


「じゃあ化物でも狩りに来たんだろうな。もしかしたらユフィの村に入り込んでるのかも」


「!! そ、そんなことない! ‥‥‥ないはずだけど。‥‥‥でも、そうだとしてもサイラスさんは絶対悪い人じゃないよ! きっと優しくしてくれるもん」


 ユフィはグッと拳を握りしめて力説する。


 こりゃ相当憧れ持っちゃってるな‥‥‥。まあそりゃ俺しか魔術師を知らなかったんだからそりゃそうか。

 俺がいつも見せてるのって汎用魔術の類だし‥‥‥。


「あ、そうそう、それでねサイラスさんが空いた時間にまた魔術見せてくれるっていうから一緒に見に行こうよ!」


「俺はパス。あんま興味ないや」


 違う意味で興味はあるけどな。


「なんでそういうこと言うのー! ねえ一緒に会いに行こうようー‥‥‥ギルも凄い魔術なら勉強になるでしょ!」


「俺はいいの、もう最強だから」


「どっから来るのその自信‥‥‥」


 さすがのユフィも若干困惑気味に眉を潜める。


「‥‥‥はあもういいや、後で見せて欲しいって言ってきても知らないんだからね!」


 ユフィはぷっくりと頬を膨らませプンプンと不貞腐れながら村へと帰っていった。


 ちょっと悪いことをしたかな‥‥‥。

 いや、でも本当に怪異狩りだとしたら迂闊に俺が接触してクロに迷惑かける訳にもいかないし‥‥‥。


 ま、今度もうちょっと複雑な魔術でも見せて機嫌とっておくか。


◇ ◇ ◇

 

「それで、どんな奴だって?」


 クロはカップからコーヒーを啜りながら本棚に背中を預ける。


「やっぱり異形狩りの連中らしいぞ。まあ十中八九クロを狙ってきたんだろうな。近くに他の吸血鬼のお仲間はいないんだろ?」


「そうだねえ。今はみんなバラバラだよ。何か月かに一回あったりするやつもいるが‥‥‥。にしてもどこで私の足跡を見つけたんだか」


「考えにくいよな‥‥‥仮にも擬態してるクロを追跡できる奴なんて本当にいるのか? ‥‥‥もしかして最近何かしたか?」


「あー最近ね‥‥‥‥‥‥」


 嫌な沈黙が流れる。

 クロは明後日の方向に視線を向けながらもう一度コーヒーを啜る。


「~~はぁ‥‥‥。心当たりあるのか」


「あ、あれは事故みたいなものだ! 私のせいじゃない。キャスパーの奴がへましたから仕方なくだな‥‥‥」


「ったく、何が「イェネガンドの吸血鬼、クローディア様だ」だよ。聞いてあきれるぜ」


「うるさいなあ。別に私の足跡が読まれていただけで私個人に到達したわけでもない。それにいざとなれば――」


「ここが気に入ってるんだろ、それはなし。今回ばかりはいつもみたいに露払いすりゃいいってもんでもないだろ。怪異狩りの方々には丁重にお帰り頂かないと」


 クロはぐぬぬっと唸り声を上げジト―っとした目でこっちを見る。

 そんな目でこっちを見るな。追われるような痕跡を残したお前が悪い。


「まあ、幸いその異形狩りとやらのサイラスって魔術師はこっちに警戒してるわけでもなく呑気にユフィに魔術を見せびらかしてるらしいから、大人しくしてれば会うこともないだろ」


「そうだな‥‥‥。やれやれ、まあたまにはこういう刺激がないとつまらないからな。長い年月を行き過ぎて娯楽も遊びつくしてしまったし。すべてを破壊すれば済むという考えは遠の昔に捨て去ったよ。過程を楽しまないとな」


「そんな風に考えていた時期があったのが驚きだわ‥‥‥頼むから人類を滅ぼそうとしないでくれよ」


「ははは、する訳ないだろ。お前は虫が沢山いるからってこの星の上から絶滅させたいと――」


「いや、毎回虫に例えるのもういいから。お腹いっぱい」


「酷い‥‥‥」


 コンコン――。


 不意にノックが鳴る。


 俺とクロは同時にドアの方を振り返り、一拍置いて顔を見合わせる。


「ギルー! いるんでしょー!」


 もう一度ドアがコンコンとなる。


「なんだよユフィか。昼間っから家にくることなんてあんまないのに、珍しいな」

 

「ふふふ、何もなくても会いたくて会いに来てしまう。いよいよだね」


「うるせえよ何がいよいよだ」


 俺は立ち上がりドアの方へと歩く。


 朝追い返したばかりなのにもうご機嫌な声色で俺を呼ぶ辺り、こいつも大概だな。

 ま、それくらい機嫌が直るのが早いと何かとありがたい訳だが。


 俺はドアに手をかけ、ゆっくりと開く。


「何の用だ、ユフィ。魔術師様に魔術を見せて貰うんじゃ――」


 ドアを開けるのと同時に、濃い魔力が一気に隙間から流れ込んでくるのを感じる。

 なんだこの感じ‥‥‥ユフィのじゃねえ!


 後ろでクロもカップを置き警戒態勢に入るのを感じる。


 恐る恐るドアを開けきると、そこにはユフィと他にもう一人‥‥‥黒いローブに身を包んだ男が後ろに立っていた。


 ついさっきまで気配すら感じなかった‥‥‥まさかこいつが‥‥‥?

 村に入った瞬間に気付いたクロでさえ今の今までこのドア一枚隔てた向こう側にこいつがいることを気付かなかった‥‥‥。気配遮断の魔術か? それもこの高レベルの遮断‥‥‥。


 緊迫する空気の中、最初に口を開いたのはユフィだった。


「サイラスさん、この人がギルよ! 意地っ張りで魔術なんか見ないってかっこつけてたやつ」


「ほう、彼がユフィちゃんの友達で魔術が使える師匠の‥‥‥」


 サイラスは穏やかな笑みを浮かべる。


「ギル、あなたが意地張ってるからわざわざ連れてきて上げたわよ、感謝してよ!」


「は、ははは‥‥‥そりゃどうも‥‥‥」


 やってくれたなこいつ‥‥‥!

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