第14話 騒がしい少女
少女は唖然としていたものの、やっと状況を飲み込めたのか露骨に表情が暗くなる。
そして俺をもう一度見ると、声を荒げる。
「しぶといな‥‥‥じゃないわよ!! 何余計なことしてくれてんのよ!!」
「‥‥‥はい?」
俺は急な叱責に、思わず素っ頓狂な声を上げる。
え‥‥‥助けたのに怒られるの‥‥‥?
「私一人で何とかなったわよ、こんな奴。あんたの助け何て必要なかったのに‥‥‥あぁもう!」
「いや、そんなこと言っても君結構怯えてたじゃないか」
「あ、あれはいきなり連れ込まれたからびっくりして少し動揺してただけよ! やっと落ち着いてきて私がこのクズを追い返すところだったのに‥‥‥!」
少女は興奮気味に俺に食ってかかる。
あれーおれってなんか不味いことした‥‥‥? 誰か助けて!!
「一人で出来たのに‥‥‥よりにもよってこんな珍妙な恰好した男に横やり入れられるなんて」
「おいちょっとまて、そこは聞き捨てならないんだが? 珍妙な恰好ってなんだよ」
少女は呆れた顔で大きくため息を付き、だるそうに俺を指さす。
「今時そんなローブ何か来てるやつ、見たことないわよ。何あんた魔術師なの? だとしても時代錯誤にも程があるわよ」
「時代‥‥‥錯誤‥‥‥?」
おいおい、ちょっとまて。ローブって魔術師の正装みたいなもんだろ!?
いや、確かにサイラスが着ていたシンプルなローブと違って昔から使ってたスタイルのをクロに仕立て直してもらったけど‥‥‥。
はっ!? まさか、千年前のスタイルって‥‥‥もう古いのか!? だからジロジロ見られてたの!?
俺は恥ずかしさの余り顔を覆う。
あああーーーー!!
「な、何今更恥ずかしがってんのよ、気持ち悪い‥‥‥。はあ、白けたわ。クズには路地に引き込まれるし、時代錯誤の魔術師に助けられるし、本当厄日ね」
こいつ口悪いな‥‥‥。助けられた側の発言とは思えんぞ‥‥‥。
あんま関わり合いにならないどこ。
っと、その時、さっきまでもがき苦しんでいた男がやっとのことで立ち上がる。
「て、てめえら‥‥‥ただじゃ置かねえぞ‥‥‥クソガキどもが‥‥‥!」
男は腰からナイフを取り出す、俺へ向けて構える。
「よくそんなフラフラでまだかかってこれるな。大人しく寝ていれば良かったのに。まあいいや、どのみち片付ける予定だったし」
俺は左手を前に突き出す。
人相手にファイア出すの久しぶりだから加減がわからないな‥‥‥これくらいか?
建物まで壊したら弁償なんて出来ないし。
俺は魔力を一気に練り上げる。
それに気づいたのか、少女が声を張り上げる。
「ちょ、ちょっと!! どんだけ大量に魔力練ってるのよ!! 殺す気!!!??」
「はあ? いやそりゃそうでしょ。犯罪者だぞ、生かす意味あるのか? お前だって自分でやる予定だったんだろ? ――あぁ、それとも留めは自分で刺したいか?」
当然だ。悪は殺してでも止める。それが正義だろ?
千年前から変わらない真理のはずだ。
やらなきゃやられる。それが日常だった。
そういう人間の本質的な部分が、千年やそこらで変わるわけがない。
「ちょちょちょ、ストップストップ!! やめてよ! 確かに私だけで何とかなるとは言ったけど、殺すつもりなんてないわよ!! どんだけ野蛮なのよあなた‥‥‥私は人殺しに成る気なんてないわよ!? こんな奴の為に捕まってどうするのよ」
「は‥‥‥はぁ? いや‥‥‥別に善人を殺すわけじゃないのに何を‥‥‥ていうか悪人殺して捕まる訳ないだろ?」
「――ッ!?!?」
少女は頭が痛いのか両手で頭を抑える。
「馬鹿よ‥‥‥本当の馬鹿だったわ‥‥‥。法律ってもんがあるでしょうが、何あんた恰好だけじゃなくて頭の中まで時代錯誤なわけ!? 今時私刑なんて許される訳ないでしょ! 一体どんな世間知らずな田舎から出てきたのよ!」
俺たちの会話を聞いていた男は、完全に蚊帳の外だったが、どうやら俺たちが自分を殺すか殺さないかで揉めているというのはわかったようだった。
男は慌ててナイフを放り投げる。
「て、てめえら‥‥‥狂ってるよ!!」
そう叫ぶと男は表通りの方へと駆け抜けていく。
「いや、狂ってるのはそっちだろ‥‥‥」
何だか追うのも馬鹿らしくなってきたな‥‥‥。
「狂ってるのはあんたよ! 殺人なんかして衛兵に捕まるのなんてまっぴらなんだから! これから魔術学校に入学しようってのに何でそんなことにならなきゃいけないのよ‥‥‥」
「おお、君もロンドール受験するの? 俺もなんだよね。名前は?」
少女は今日一番の絶望顔で俺を見る。
その目は明らかな敵意が宿っていた。
「いや‥‥‥ちょっと勘弁してよ‥‥‥。いい、もういい! あんたとは絶対に関わり合いにならないから! さようなら、ごきげんよう! 悪人殺すも生かすも勝手だけど私は巻き込まないでね! あと私一人で何とかなったのに余計なことしたのは悔い改めて。それじゃあ!」
少女は一息に一気に捲し立てると、足早に俺の前から去ろうとする。
「いやちょっちょ、ちょっとまってくれよ。せっかく受験生同士会えたのに、なんかお互い頑張ろうみたいなのはないのかよ。俺こっちに一人で来たからいろいろ情報交換できる相手を探してたんだが――」
「意外に空気読めないわね‥‥‥どんだけしつこく食い下がってくるのよ‥‥‥ある意味尊敬するわ。とにかく、私はあんたが落ちてくれることを祈ってるわよ! 絶対に試験会場でも私に関わらないでよね」
空気が読めないだと‥‥‥はじめて言われたぞ‥‥‥。
少女はフンっと顔を背ける。
しまった‥‥‥千年の間にいろいろ倫理的な感覚も変わってきていたのか‥‥‥。そりゃそうか、これだけ平和になれば生きるか死ぬかなんて言う感覚もなくなるよな。
まさかこの年になって少女に呆れられるとは‥‥‥いやまあ見た目はきっと同い年なんだろうけど‥‥‥同じ受験生だし。
「相変わらず楽しそうだね、ギル君」
「あっ‥‥‥」
表通りの方から、にこやかな笑顔を浮かべて近づいてきた男。
一件無害そうな穏やかな雰囲気のくせに、腹の中では何を考えているか分からない腹黒い男。
「サイラス!」
「やあギル君、路地の方が賑やかだから覗いてみたら何だか言い争う声が聞こえてね。もしかして暴漢でも居たのかと思って覗きに来てみたら‥‥‥君だったようだね」
「何か棘のある言い方だな‥‥‥」
サイラスはニコって笑みを浮かべる。
さすが既に成人しているだけあって、五年前から余り変わっていない。
「それにしても‥‥‥なんだいその恰好は? ユフィちゃんにでも罰ゲームを言いつけられているのか?」
「‥‥‥それに触れるな。頼むから着替えを用意してくれ」
くそ‥‥‥クロ絶対知ってて着させたな。
と、よく見るとさっきの少女はまだ立ち去っていないようで、何やらサイラスを凝視している。
なんだなんだ、また難癖付ける気かこの少女は。
「サ――――ッ!!」
少女は勢いよく俺の首根っこを掴むと強引に引き寄せる。
「ちょ、ちょっとちょっと!! サイラス・グレイスじゃない!! なんで、なんであんた何かがそんな親し気に話してるのよ!!」
「は、はあ? いや、知り合いだからだけど‥‥‥」
「なんであんたみたいな奴がサイラスさんと知り合いなのよ! ‥‥‥納得いかない‥‥‥っ!」
「そんなこと言われてもなあ‥‥‥サイラスってそんな凄い奴なのか? 俺にはそうは見えないけど――」
少女は鬼の形相で掴む手を強める。
「当たり前でしょ!! あー羨ましい‥‥‥というか恨めしい!!」
感情が忙しい奴だな‥‥‥。
「あーちょっとお取込み中申し訳ないんだけど。ギル君、宿は取っておいたよ。この先にある旅人の宿っていうところだ」
「げっ」
少女が苦い顔をしながら声を漏らす。
「サイラスの家に泊めて貰えないのかよ」
「悪いね、僕は今日明日遠出していてこの街に居ないんだ。仕事柄無人の家に人を上げたくなくてね、申し訳ない」
「いや別にいいけどさ‥‥‥そこまでしてもらっておいて文句はねえよ」
「そう言ってもらえると助かる。それじゃあ、これを」
サイラスは一枚の封筒を俺によこす。
触った感じ、そこそこの厚さがあるようだ。
「試験の概要と受験票が中に入ってる。明日はそれを持っていくのを忘れないようにね。分からないことがあったら‥‥‥まあきっと宿には同じ目的で来てる人も多いだろうから誰かに聞いてくれ。それじゃあ僕はかなり急いでるから‥‥‥健闘を祈るよ。君なら試験くらい問題ないだろうけどね」
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