第4話 マイノリティリポート
ミヤさんは酷く動揺し、震えていた。
人の死や死体とったものは近代に置いて社会から隔離されたと一般には言われる。これが未来でさらに進められ、死という現象を目にしたのがこれが初めてだということも十分にあり得る。
おまけにこれは明らかに他殺体だ。画面には胸にナイフが刺さった男の姿が映し出されている。その男もまた、遺伝子工学が進んだのであろうこの世界の流行を受けてか、中性的な顔立ちをした若者だった。
「大丈夫……? ミヤさん?」
「……ああ、事実だけを記述。もうこのカムに用はない……」
「いや、なに言ってるんだよ! 人が殺されてるんだ! 何とかしようよ」
「ボクがしなくても係の人間が……それにじきに故人の情報だって、死者の権利によって削除される。死は死だ、やめよう無駄なことは……」
「ああもう!!」
ボクはミヤが触るコンソールを奪い取った。
他殺体。ナイフのようなもので刺されている。と、ボクはタイプした。被害者の身元は……e^96321……と画面に表示されている。それを追記。
死後あまり時間は経っていない。
現場の保全のため区域への立ち入り禁止にご協力願いたい。ポスト。
「ちょっと、キミ……」
タイピングしながらタブレットでその被害者について検索をかける。
「なにやって……!」
「情報を集めよう、ミヤさんも手伝って!」
ピコンと音がして、ディスプレイに何かが表示された。
「m^815……、記事作成のガイドラインに違反しています。第g条22項、例えを用いないでください。訂正必要箇所『ナイフのような』」
「訂正箇所そこかよ!?」
もっと問題のあるところはあるような気がする。しかし、今はこの殺人事件の解明が先だ。
「ミヤさん、現場付近のカムを調べて、不審な人物がいたら通報しよう! というか、ボクらにだってできることはあるはずだよ」
「う…………」
ミヤさんは酷く気分が悪そうな表情を浮かべている。
「ミヤさん……?」
「少し、待ってほしい……」
ガラス製のコップが何処からともなく現れ、その水を飲み干すとミヤさんは言う。
「……分かった。やろう」
「よしっ!」
ミヤさんは画面に向かって音声で入力する。
「サーモスキャン。温度分析アルゴリズム、タイプ『人体』、……死亡推定時刻の特定」
推定:90分未満、と別のウィンドウが立ち上がった。
「J8カムから移動距離90分以内の範囲に居る人間にマーカーセット。絞り込んでみたけど、凄い数……」
「……キミと違って、みんなは外出好きなのかな」
「外なんて出たい奴が出ればいいのさ」
ボクはミヤさんと背中合わせに席に着く、周囲360度を浮遊するウィンドウが取り囲んだ。
かなりサイバーな光景過ぎて、テンションが上がってしまう。
勘だけど、どう腕を動かせばウィンドウに干渉できるのは分かってきた。
ウィンドウがまたポップアップした。
「e^963……が死んだって?」「それは本当?」「刺されたって?」「殺された!」「殺人」
ミヤさんが驚きの声を上げた。
「嘘……レスポンスが来てる……!」
「そりゃ、非常事態だし」
「……みんなもっと無関心かと思ってた!」
さらにポップアップ。
「e^963……にはお世話になったんだ。なんとしても犯人を捕まえてほしい」「ご冥福を」「私の待機時間を回して犯人の特定に協力します」「正義の裁きを!」「協力します」
大量のメッセージに戸惑うミヤさん。不謹慎な言い方になるが、初めてツイートがバズってしまった子のようだ。
「誰か犯人に心当たりは?」
ボクはオーディエンスに尋ねる。
「ワタシの知る限りでは居ない」「まさか殺されるなんて……」「いいカウンセラーだったのに……」「でも、時々少し過激な発言をしてなかった?」
ビープ音が鳴り、画面に「警告、死者についての記述です」と表示された。
なるほど、カウンセラーか。なら、犯人はクライアント?
「クライアントのリスト、調べようか?」
「できるの?」
「記者特権でね」
個人情報流出がどの程度許されてるんだこの未来。
「現場付近いる人は気をつけて! でも何かあったら教えてください!」
ひとまずボクはネットの話題を死者からそらす。
位置に関する情報として扱えば『死者についての記述』問題から逃れられるか……?
ボクは地味にごまかした記述で先を続けた。
視界の端では90分前の状態から再生されている、殺害現場の映像がある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます