第3話 未来新元号ブラジル

 つい最近元号が令和になったとかいう次元じゃ無い。


「日本だよね、ここ?」

「今はキミに合わせ、かつてこの一帯で使われていた言語で会話しているが、たしかにこの言語は日本語というらしい」


 未来だもんな。言語の壁を平気で越えるテクノロジーあってもおかしくないし、そもそもここが日本なら言語はそこそこ保たれているかもしれない。


「大丈夫、すぐ帰れるよ。それまでそのタブレットでも触って時間を潰していてくれ。もっとも……、帰りにはキミの記憶は消去されるわけなんどけど……」


「なんとなくオチはそうなる気がしてた」


 せっかくの可愛い子とのエンカウントの記憶を消されるのかと思うとガッカリする。


 あと、ポケットの中のスマホを見てみると、電源が入らないようになっていた。これで、ボクが未来から情報を盗むことは不可能なわけだ。


 透明タブレットに目を落とす。文字はボクの時代の日本語なので使いこなそうと思えばできそうな気がする。


「ところで……キミ、ええと、エムハチ……いち……」


 ダメだ。人間の脳は無意味な数列を少し聞いたぐらいで覚えられるようには出来ていない……!

 ここはひとつ、気の利いたニックネームを付けるのが筋だ。スター〇ォーズ(D社なので伏せ字)のフィンのように。


m……8……、1……、いや『イ』は余計な気がする、よし、ミヤ! ミヤさん!」

「な、なんです?」

「あなたの事は友情を込めて『ミヤ』と呼びます! 今決めました! 短い間ですが仲良くしてください!」


 仕方ないな、みたいな顔をミヤさんは浮かべた。


「ご自由に。……なるべく、不便は無いようにボクも勤めるよ」

「いえいえ、どうぞお構いなく!」

「そう? では……仕事があるから……」


 ミヤさんは中空に腰を掛ける、その瞬間に床から椅子が形成された。いちいち魔法的演出挟まないと椅子にも座れないのだろうか……? そして、その顔の前に8つほどのモニターが空中に表示された。

 監視カメラ?

 ボクが興味深くそれを見つめているのに気付いたのかミヤさんは解説をしてくれた。

「このカメラに映った映像、人物間でどんなやり取りがあったかを、纏め上げてレポートにするのがボクの仕事だよ」

「当たり前のように超監視社会ディストピアだ……」


 A3カメラ、業務報告。

 C8カメラ、日常のやりとり。

 E42カメラ、今朝のニュースについて。


 と、次から次へと凄いスピードでカメラを切り替えながら映像の要約をしていく。


「記者……ライター、作家のようなものかな?」


 ミヤさんの指先が止まる。


「キミの時代ではまだ問題になっていないのだろうが、その名はやめてくれ」


 警備ロボに追いかけられていた時よりも、その注意の言葉は厳しげだった。


「……言葉は神であり、主は例えを用いて話された、言葉を用いて誰かを語ること、すなわち物語や作劇は死者を生き返らせることになる……人を蘇らせることができるのは神と神に選ばれた者だけだ」


 ここで下手にジーザスとか言ってしまったら(ただの英語読みだけど)、宗教裁判にでもかけられて無事に令和の時代に帰れないかもしれない。


「人は神になってはいけない、と?」

「そういうこと、ボクらが語るのを許されているのは『起こったこと』『主観の挟まないデータ』だけさ」


 記事制作の仕事でよく言われる「事実のみ」を書けというやつか、ウィキペディアで言われる「中立的な記述」思考が進んだのだろう。

 それはそれで正確なのかもしれないけれど……。


「え? じゃフィクションは!?」

「長くそれは論争になったけど、今では誰も書こうとしていないというのが事実だね」


 手元のタブレットで試しに有名な小説について調べてみると、そこには単にあらすじが時系列で列挙されているだけの……たぶん書籍だった。

 たしかにこれならカラマーゾフだって一瞬で読破できそうだが、味気ないにも程がある。


「ダメだこの世界、ボクは絶対に飢えて死んでしまう……!」


 こんな世界では絶対に精神的食糧難に陥る。こんな米と塩で生かされるみたいな生活嫌すぎる。肉と野菜、いうなら『おかず』をくれ。


 不満を抱くボクを置いて、ミヤさんは物凄い速度で画面の操作を繰り返しては入力を続けている。


 その操作が、ある画面で止まった。

 突如、ミヤさんは嘔吐感を抑えるように口元に手を当てた。


「どうしたの?」


「J8カム……死体が放置されている」

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