第2話 高い城の少年(あるいは少女)
ルパンダイブのごとき芸術的なヘッドスライディングで声のする部屋へ飛び込むと、ルンバの侵入を阻止するように音もなく扉がボクの後ろで閉まった。
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……!」
「大丈夫? 息がすごいけど……」
「ただの息切れっス!」
「そう」
目の前にはフランス人形みたいに整った顔の若者が手を差し伸べている。
服の埃を落としながら(まったく付着してなかったけど)その手を取り立ち上がる。
サラサラの銀色の髪、透き通るような真っ白な肌と、淡いグリーンの瞳。古いSF映画でみたことのあるような体にピッタリの服、その薄い生地の下に見え隠れする首元に浮き出た鎖骨のライン……。
まずい。鼻血出そう。
「ダメだよ、キミみたいな子が勝手にここに入っちゃ。ボクが居なかったら、今頃警備ロボに食べられてたかも」
その声にはあまり本気の怒りは含まれていなかった。ちょっと庭先に猫が迷い込んだか、程度の落ち着いた声色。
「ハァハァ……、ん……? 『ボク』? ボクっ子!! ……と言うか男の子……?」
外見だけ見るとどちらでも許せそうな見た目をしている。
「何を言っているんだいキミは? いや、ところでキミこそ男……だよね?」
よく性別を間違われるボクではあるが、さすがに目の前の子ほど性別不明なことにはなっていないはずである。ウチの高校女子もスラックスの子多いから結構間違われるんだよね。
いや、けど、今の状況って……。
「なにこのボク特展開!?」
目の前には性別不詳のボクっ子、それも最高の美少女(年)、この際♂だろうが♀だろうが……、いや、分からないミステリアス状態こそが最高すぎる!
「頼むから答えないで! ボクの夢を壊さないで!!! あとボクも性別不詳のまま通させてお願い!!」
「ええと、キミ、本当に大丈夫……?」
「大丈夫大丈夫!! 今人生に一度あれば十分なぐらいのとてつもない幸運の味を噛み締めてるところだから……!」
LとかGとかBとかT? 確かにボクはそのどれかに入るかもしれない、しかし! 今のトレンドは『性的無個性』だっ!!!
H・G・ウェルズのタイムマシンで言えばエロイ族的な人間。そして、目の前の子はまさしくそれだった。
ダビデ像が全裸だからって、誰も性的興奮を覚えないだろ? そういう事。目の前の子は完全に性的魅力を意に返さない外見をしている。そこがいい。整い過ぎたる美は色気すら与えないのだ。
なぜ世間がグラマラスボディ信仰なんてものを持ち続けているのか理解に苦しむ。
削ぎ落とし系の無駄のないスレンダーボディこそ最高だとなぜ気づかない?
ボクは廊下に引き続き、同じくらい真っ白い色の室内を見回した。装飾品やら一切なし、ある種の隔離部屋にさえ思えるのだが、この子は平気なのだろうか?
「ええと、ここ、キミの部屋?」
「そうだけど……」
「とにかく……! 助けてくれてありがとう! ボクはアキラ! 君は?」
早速自己紹介をする。……ああこんな美形とお近付きになれるなんてなんてメシウマ展開なのだろう。まったく今日はいい日だ!
「ボクはm^815637……。君、見慣れない顔だけど、IDはどうしたの? それに、ここにはどうやって入ってきたんだい?」
「えむ……はち……いち……??」
「おっと、お客様に立ち話をさせるなんて、ボクとしたことが……かけたまえ」
地面から枝のようなものがにょきにょき生えてきて、それは絡み合うと一瞬にして白い椅子に変わる。ボクはクラーク三原則を思い出していた。
勧められるまま、椅子に座る。
m^815……さんはボクの身体に目をやると、何かに気づいたらしく手を叩く。
「なるほど、次元バイパスが間違えてキミの時代と繋がってしまったらしい。本当に申し訳ない」
「次元バイパス……?」
「とにかく、怪我がなくて良かった。キミの時代では結構メジャーな概念だろ? タイムトラベルさ」
「ああ、ボク未来に来ちゃったわけ?」
「ちょっとした手違いでね。ほら、これを見て?」
全く何もない空間から透明なタブレットのようなものが召喚された。過ぎたるテクノロジーは魔法と変わらない。
全く透明だし、空中から発生したくせにちゃんと手で持てる。タッチスクリーンだろうかと触ってみると案の定その通りで、画面にはこう表示されていた。
「2486年……」
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