【カクヨムコン短編賞参加作】非叙述的ディストピア

椎名アマネ

第1話 夏への扉

初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。


-ヨハネ 1:1‬ ‭



イエスは、また、たとえを用いて語られた。



-‭‭マタイ ‭22:1‬ ‭



あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい。


-マタイ 28:6


(新共同訳聖書より)


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 高校の図書室でボクはジョージ・オーウェルの『一九八四』を読んでいる。この小説はよくディストピアものの筆頭に挙げられるほど有名な作品である。


 学校と言う全体主義社会に身を置くボクにとっては、規則を破る快感はやはり堪らない。それによって事態が破滅的な方向へ進んでいくんだから尚更堪らない。

 こんな反体制文学を学校で読んでいる自分はなかなかロックかもしれない。ロックとは生き方だと誰かが言っていた。学生なんて学校や教師に歯向かってなんぼだとお祖父ちゃんも言っていた。


 2010年代というやつも終わった今、なぜボクがこの様な古臭い小説を読み耽っているのかと言えば、やはり父の影響が大きい。彼は昔から実にタチの悪い大人で、年端もいかないボクなんかに結構性描写が際どいのではないかと思う、大人向けの小説や古典を昔から平気で押し付けてきた。しかし、奴の作品解説はなぜか一流に面白かったのが腹立たしい。

 ボクが高校二年の夏に至っても、本の虫を続けていて、まったく浮ついた話の一つ提供できないのはひとえにアイツの影響に違いない……!


 一九八四の主人公は良からぬ女性と関係を持ってしまうのであるが、なぜ同じ反体制主義者のボクの前には素敵な人が現れないのか父には問い詰めたい。


 これを読み終えたら、今度は逆に軽めのラブコメ系ラノベでも読もう。

 ちょくちょく肩の力を抜きたくなるボクである。


 最終下校時間を告げるチャイムの音に我に帰る。


 しまった、またやってしまった、また下校時間ギリギリまで読み耽っていた。

 窓からはすでに夕日が差し込んでいる。室内は橙色に照らされていた。


 栞を挟み、本を鞄に入れると、ボクは席を立つ。顔なじみの図書館司書の先生に帰りの挨拶をすると、ボクは図書館を出るために──


 ──扉を開けた。


 そこには見慣れた廊下が……無かった。


「ふぁっつはぷん?」


 廊下は廊下なんだけど、異様に白い、材質不明だけど、少なくとも見慣れたリノリウムの床ではないのは確かだ。おまけに明かりがおかしい。窓がないし、電灯も無いのに明るい。


 ここどこ? なにこの未来的な場所?


 引き返そうと後ろを振り返ったが、そのにはもう図書館への扉は無かった。


 やばい詰んだ……。


 この状況は2001年宇宙の旅や、マトリックスの白い部屋展開か? 黒い石板に触れてワープした覚えも、赤いカプセルを飲んだ覚えも無いんだけど……。


 トボトボと白い廊下を、取り敢えず扉を出た右手側へ歩いてみる。

 にしても白い、圧倒的白さ、何か遠近感のテストでもされているみたいだ。四隅にある直角の床と壁のラインさえなければもうなにがなんだか分からない光景になっていただろう。


 曲がり角を適当に曲がる……もうこれ、絶対最初の地点に帰れないな……と、なにやら白い円盤状の物体が床にあった。


 あ、コレ知ってる、ルンバでしょ!


 近づくと、突如ルンバは赤い光と、物凄くヤバげな警告を鳴らした。

 「Warning! Warning!」状態なのは見るからに明らかだ。ここは逃げるべきだと、ボクのお約束展開ボキャブラリーが告げている。


 ルンバに背を向けるとボクは猛烈にダッシュした。

 絶対に振り向いてはいけないやつだ。もうビープ音が後ろから追いかけてきてるし、それも複数鳴ってるみたいだし!


「キミ! こっちへ!」


 しばらく慣れない全力逃走をしていると、何か声が聞こえた。そちら見てみるとメチャクチャ可愛い白人の子が扉を開けてボクを呼んでいる。そっち行けってこと? とにかく背中のルンバから逃げないと、ボクはそちらへと逃げ込む。

 ていうか……。


「激マブ(死語)!! 美少女展開キタかコレーーー!!!???」

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