第5話 ローグットの養父
グレイは頭の中を整理するのに戸惑う。
「梅華殿の実父です」
ローグットがグレイに説明をすると、
ヘンデルはローグットに近寄り、拳骨を落とした。
「このバカ息子っ!いつまでも帰ってこないと思いきやこんなところで油売ってたのか」
「帰ってこないのは梅華殿もでしょう!」
殴られた箇所をさすりながら涙目で養父に訴える。
「黙れ!もちろん、梅華も見つけたら拳骨を落とすさ!お前たち兄弟は親の心がわからないのか!?」
「悪かったよ!あぁーっもう!」
ローグットは自身の後頭部を掻き毟った。
グレイがここまで感情表現をするローグットを見たのは、初めてだった。
「いい親子だな」
グレイは本心を吐露した。
「ありがとうございます」
ローグットがグレイにひざまずく。
ヘンデルはその光景にデジャブを感じる。
「俺が王子付きだった頃を思い出すな」
ヘンデルの発言にグレイのこめかみがぴくりと動いた。
「王子とは?」
ヘンデルは優しい笑みを持って口を開いた。
「今の国王のことさ。今でも助言役として、時々国王の元へ伺っているぞ」
グレイは身体を硬直させて、ヘンデルを見つめる。
「お前の顔には見覚えがあるなぁ」
ヘンデルは眉間にシワを寄せて、グレイに近寄る。
顔を寄せてくるヘンデルの圧に体を仰け反らす。
「グレイ、だっけ?」
グレイの名は珍しいものではない。
しかし、グレイの一般の綴りはgrayだが、彼のスペルは独特で、
識字率の高い王都の人間でさえ、読み間違える。
ヘンデルはグレイの胸元の刺繍を見ながら、自身の顎に手を当て、さらに眉間のシワを深くする。
「お前は毎日居残り決定だな」
何を思いついたのか、ヘンデルの発言にグレイは額に汗が出る。
「まぁとりあえずは親父の剣術を使えるように指導してやるよ。
アースナイトの名に恥じぬ実力をつけて貰わねばなぁ」
やはり、バレている。
「お前のお守り役になってやるんだ。対価を払ってもらう」
この男は王子を相手だと知った途端、金の話か。
教師の風上にもおけないやつだ、とグレイは怒りを覚えた。
身分を明かさない口止めにいくら払わせるのか。
「いくらでしょう?」
しかしグレイの胸中とは異なる返事が返ってきた。
「ローグットをここの生徒として通わせろ」
「え?
今度はローグットが戸惑いの声を漏らす。
「ローグットが一人の人間として生きる術を与えること。
それが俺が口を
てっきり口止めに大金を要求されると踏んだグレイは目を見開いた。
「俺が人間扱いされてないと思ってるのですか?」
ローグットが数段低い声を出した。
「違うか?グレイが授業を受けている間、お前はここにいるのに、魔法で姿を隠されていて存在自体許されてない。それこそこの王子がお前を従者としてしか見ていないからではないのか?」
「グレイ、我が父の無礼をお許しください。罪は私がお受けしますから」
ローグットはグレイの機嫌を伺う。
「どうなんだ王子?俺の息子を人間と思って接っしたことが一度でもあるか」
「失礼ながら、ローグットは私の右腕といえる存在です。私が王座についた暁には、宰相補佐など、代わりのいない重要な立場に据え置くという約束のもとで共に過ごしています。それに、私はまだ未熟者故、ローグットの支えなしに行動できません。我々の行動の真意をどうか御理解いただきたい。学校はローグットが望むのであれば学費を私が負担して通わせましょう」
ヘンデルはグレイとローグットの顔を交互に見た後、ふっと笑った。
「そろそろ教室へ戻っていろ。
ローグットは明日から通学させろ。俺からそのように校長に話を通しておく」
ヘンデルはフン、と鼻を鳴らしてグレイに背を向けて歩き出した。
「梅華の父がお前の養父なのか?」
「幼少期に梅華殿の遊び相手として屋敷住まいをしていました。私の実の両親にはお金がないからと、当時地元で一番大きな屋敷に奉公に出されたのです」
ローグットは無表情でグレイと視線を合わせた。
「グレイ、私の養父はあなたを次期国王と期待しているようです。そうでなければ初対面で剣術を教えると言うような人間ではありません。私が養父から剣術を教えてもらえたのは、屋敷で暮らして3年も経ってからでした」
ローグットはそう言うとすぐに姿を消した。グレイは話を途中で切り上げられたような、虚しさに襲われた。
ローグットの素顔を垣間見れた気がして、主人として嬉々とした感情が静かに沈む。気持ちを整えるように小さく息を吐くと、グレイは真っ直ぐ前を向いて自身の教室へ戻っていく。
教室へ戻ってすぐ、空いている席に腰を下ろす。
となりを見ずに座ったグレイは腰を上げて移動したい気持ちを抱きつつ、顔を顰めたが、空席がないと知り諦めた。
「やけに遅かったじゃねえか!
先生と何を話したんだよグレイ」
興味深々に聞いてくる隣の席のウルグに、
はぁと頭を垂れた。
「おいおい、俺っちそんなに嫌われることしたか?」
「いや、そうじゃない。ただちょっと、面倒くさい、かな」
ウルグ相手なら、言ってもいい気がする。グレイは思ったことを口にした。
「うーわぁ、ひっでぇ」
「当然。ウルフだたら、それ言われる。私もおもたけど、やさしいだから、言わないしたよ。グレイは正直だな」
片言で少女が話しに入ってきた。
入学セレモニーのあとに少し話した少女。異国から来た留学生で、特待生の彼女はやはりウルグをウルフと呼び、ウルグの事を貶す。
「おい、グレイこれわかる?」
アースナイトの言語を習得するために辞書を持ち歩いているらしい。
「どれ?」
後席のシンディーの持つ辞書を振り返って覗き込む。
「シンディーの母国語とアースナイトの言語が書かれているのか------。
君が言っているのは、ジャライのことか?」
「ウワティカの言葉、わかるのか?」
シンディーはウワティカという南方の島国から来ているらしい。
「「ジャライ、はこの国ではユウトウセイ、というんだ。」」
シンディーに説明するためにウワティカの言葉を使う。
「ジャライ、はユウトウセイ。ありがとうグレイ。」
「あはは、いいよ。いつでもどこでもお気軽にお聞きください、ウワティカの姫君さん」
「私が姫、と聞いてたのか」
シンディーはグレイの顔を見つめる。
「ウワティカの姫の名前は有名だからね。優等生で、海外に来て勉強するほどの財もある。ウワティカからこの国に入ってきた曲にも君のことが歌われている」
グレイは歌を口にする。
(ウワティカヌヒミナシンディーヤ
ウワティカの姫のシンディーよ
キカレトウルクトゥフラブラヌ
可憐で歩けば花咲かす
ウワティカヌヒミナシンディーヤ
ウワティカの姫のシンディーよ
クーテヌムルティービーナスヤ
あなたさまはまるでビーナスのよう)
シンディーの頬がほんのりと赤くなる。
「隠していたわけじゃない。まだ、アースナイトの王様、会うしてない。正式にウワティカから内親王の留学の発表は来週中。その前、国民には言わないだけ」
「王様と正式に謁見していないから、姫さまだと明かさなかったと?」
「そう。別にバレるは問題ない」
ウルグはシンディーをじっと見つめる。
「シンディーがねぇ-------」
そう言って黙ったウルグをシンディーが睨んで、
「ウルフ嫌い。お前私に何が言いたい」
「え?あぁ------、いやまぁ、姫っぽくはねぇなぁって思っただけ。顔立ちは綺麗だけど口悪いしな」
グレイには心配ごとが今日だけでたくさんできてしまった。
このような調子で身分を隠して学校生活を送れるのかと不安でたまらない。
ヘンデルが教室に戻り、簡単に翌日の授業の説明をして、生徒たちは解散になった。
グレイは宿へ戻り、宿舎利用の申し込み書に目を通す。
ヘンデルから渡された書類は、スクールの正式な書類であることを示す三本の薔薇の刻印が施された封筒に入っている。封を開けると、ひとりでに紙が宙に浮き、四つ折りの紙がグレイの目線の高さで開かれる。
スクールの伝統魔法、"ムーブ"である。
初代の卒業生が作った魔法で、その者の名がムーブであったと言われている。
王子は存在感を隠しきれない 光間江合 @koumaegou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。王子は存在感を隠しきれないの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます