第4話 アラヘナの熱視線

列を崩さないように細心の注意を払って森の中を歩いていく先頭で、アラヘナは、ワンピースで森の中を歩くなんて------と文句を言いながら進んでいく。

何故かウルグはグレイに執拗に構うので、グレイは校舎にたどり着く前には人一倍ヘトヘトになってしまった。

その横で、元凶の本人は涼しい顔。

憎たらしすぎる。

グレイはジト目でウルグを見ながら、

これから毎日過ごす校舎の様子を伺う。


「この学校の中で一番大きい建物がここです。入学セレモニーの会場だった講堂のある建物からここまでは30分あります」

アラヘナは生徒を見て淡々と説明をするのだが、グレイと目が合うと笑みを浮かべた。


キラキラした目を向けられてグレイは顔を逸らした。

アラヘナはバサバサとまつ毛を鳴らしながら素早く瞬きをする。


 「ミスターグレイ」


アラヘナに視線を戻す。

「あなた魔法は使用できますか?」


 途端に強風が起こり、アナヘラの金髪が煽られる。強風に目を閉じたアラヘナが恐々と目を開けると、先程まで列の後ろら辺にいたグレイの顔が目前に迫っており、ヒィッと喉からヒキガエルのような声を出す。


「あ、あなた縮地の能力が!?」


 「縮地ではなくて、脚力と浮遊力の融合したものです。俺はまだ縮地の能力がないから------」


「学校に通う以前から魔法が使えると?」


「まあ確かにそうですね。大方の魔法は会得しています」


アラヘナは顔面蒼白になりながら、


「あなたが"常軌を逸した特待生"というのが、今のでやっと理解できましたわ」


「至って普通ですが」


「まぁいいですわ。学校生活の中で自分が特異だと自覚するでしょう。ただ、ひとつだけ忠告しておきますわ。この学校では、テストに合格するまでは魔法の使用は禁止されていますので、今後しばらく魔法学の授業以外で魔法を使用した場合、処罰がありますのでそのおつもりで」

 

アラヘナから忠告を受けたのち、生徒たちは教室のある校舎に入る。

 2階の端の教室に入っていくアラヘナについていくと、そこは階段教室になっていた。

階段の上から黒板が見える。

 

「皆さん、とりあえず空いている席にお座りください。担任教師を紹介します」

 

アラヘナはそう言いながら階段を降りて黒板の前に立つと、黒板の真横のドアから緑色のロングマントを着た男が教室に入ってきた。

マントの下は見たことのない服装で、まるでどこか異国の地のものに見える。

ワンピースのような真っ白な上衣はくるぶしの丈まであり、足元は茶色のサンダル。腰には黒い布が巻いてある。男の頭髪は、真っ白で、顔の至るところに古傷がある。左目は閉じられていて、熊などの鋭い爪で引っ掻かれたのか、三本の傷があり、傷の周りは所々皮膚の色がまだらになってしまっている。鋭い眼差しで生徒を見る男は、どうやらかなりの戦闘を経験してきたようだ。

 「お前たちが今年の一年生か。」


男性教師は目を細めて生徒の顔を一瞥して、ふん、と鼻を鳴らす。


「たいした者はおらんか。今年は失敗だな」


アラヘナは男性教師に何かを耳打ちする。

それを聞いて男性教師はニヤリと笑った。

「今日の授業は校庭でやる。」


校舎は円形で、真ん中には大きな校庭がある。

生徒は早速アラヘナに校庭に案内されたのち、ニコニコと笑いながら、あとはお願いします、男性教師を残して去ってしまった。


 「俺の専門は体術だ。魔法と体術を組み合わせれば、鍛え方次第では国が滅ぶ」


男性教師の発言に皆が唾を飲む。


「俺はヘンデル。元国家暗殺部の隊長をしていた。国の名の下、俺はこの国の平穏を脅やかす人物を何人も仕留めてきた。両手両足を入れても数えきれんほどの数をな。俺は50を過ぎてようやく三年前に現役を引退して、この学校にスカウトされたわけだ。国の管轄下の学校にな。これがどういうことかわかるか?」


「あなたの能力の抑止と国家機密保持の為に死ぬまで国に干渉され続ける」


グレイが答える。


「あなた一人の能力があれば、この国を滅ぼすことも守ることもできる」


ヘンデルはため息をつく。


「この学校に入ったからには、おまえら全員俺と同じだ。一生この"国"から逃れることはできぬ、ということだ」


 校庭をぐるりと囲んだ校舎の壁に反響して、ヘンデルの声が静寂の中で際立った。


「ヘンデル先生はこの国を嫌っておいでですか?」


グレイは王子として、ヘンデルに意見を求める。


 はぁ、とヘンデルはまたもやため息を溢す。

 「これだから、今年の一年はダメなんだ。いいか?国を嫌いなら俺はとうの昔にこの国を捨てるか、潰していただろうな。それが答えだ。

俺は自分の意思で国に飼われているんだ。己の檻は自分で壊せる。この国は脆い。俺一人ででも、現状であれば存続を危うくするまで国を追い詰めることはできよう。それをしていないのは、俺の生まれた国で、俺の守るべきものがいる国で、なんの罪のない国民が存在しているからだ」


ヘンデルは口角を上げた。


「グレイよ、お前は俺に何を言わせたいのだ。お前が望むは国家への忠誠か?はたまた反逆か?」


「現状では、まだどちらとも言えませんが、おのずと答えは見えてくるかと」


 「そうか。」


ヘンデルはそれ以上は質問をすることなく、授業の説明を始めた。


「お前たちは脆弱だ。親元でぬくぬくと育てられ、戦さ場を知らない。戦闘についてはどいつも赤子同然といえる。肉付きは細いわ、無駄についてるわ------。どちらにしろ、鍛える必要がある。」


ヘンデルは整列する生徒たちの間をぬうように後ろ手を組みながら歩く。

時々通りすがりに生徒の足を払い、

払われた生徒はその場でバランスを崩して転けてしまう。


「足元をすくわれるな」


ヘンデルは転けた生徒を見下ろす。

尻餅をついているオーバルという男子生徒は今にも泣き出しそうな表情で鬼教師の顔を見つめる。


「全員その場で最敬礼のポーズをとれ」


オーバルから離れ、先頭に戻り、生徒を一瞥すると、ヘンデルは指示を出す。ヘンデルの指示に従って全員九十度の敬礼をするが、先頭から大きな舌打ちが聞こえる。


 「お前ら、足は飾りか?」


ヘンデルが鬼の形相をしているというのはその場にいる者は見ずとも感じ取れる。


「良いか、二足歩行時、人間は4点地面に接している。足の前部、後部だ。

土踏まずを中心にすると足趾と踵に圧が集中した状態で立っている。

それが左右揃えて4点である。いくら二足歩行と言えど、元は四足歩行をしていた人間は4点で支えることでバランスを保つような構造になっているのだ。そのバランスが崩れていると、俺がワザと足を引っ掛けたときのように無様なことにならぁ。となりの者と向き合い、互いの足を片方持ち上げてみるがいい。」


ヘンデルは生徒を向き合わせる。


一斉に右側の生徒が左側の生徒の片足を持ち上げると軽々と持ち上がって、バランスを崩してしまった。

左右が入れ替わったところで、結果は同じ。

「バランスが悪いと、戦闘時、踏み出しが遅れる。踏み出しが遅れるとどうなるか------。剣や銃が、相手の攻撃が先手を取る。ここにいるお前たちは戦場では攻撃が後手後手に回り、相手に先制攻撃を許し、その場で命を落とすことになる。姿勢を崩すことなく、重心を中心に据えて初めて戦闘大勢と言えよう。お前たち全員、戦闘態勢が取れるまで戦闘訓練には移行しない。戦闘訓練ができなければ全員落第、進級は認めん。期限はひと月。今日はもう教える気はなくなった。全員教室に戻り帰り自宅を済ませろ」


そう言ったヘンデルがグレイに視線を向ける。


「グレイ、お前は居残りだ」

ヘンデルの顔は意地悪く歪んだ。

教室に生徒が戻る中、校庭の中心にポツンと残されたグレイ。


生徒の姿が見えなくなると、

ヘンデルが右足を浮かせ、思い切り地面を踏みつける。砂埃が舞い上がり、ヘンデルのまわりが白っぽくなる。と同時に風が起こりグレイの髪や服は煽られる。

放解結鏡ほうほけきょう


ヘンデルの足が地面につく瞬間、確実に聞こえたにグレイはまずい、と構えるが時すでに遅く。

グレイの右後ろで気まずそうに頬を掻くローグットが姿を見せた。


「アラヘナ君は魔法学で博士号を持っている。面白いモノを見るように貴様らを見ていただろう。姿を隠す魔法など、やつには簡単に見抜ける」


アラヘナがグレイに目をつけた理由はグレイが精霊語を操ったことや魔法を使えたことだけではなく、ローグットの存在に気づいてのことだったようだ。


「貴様、どうして王都にいる」


ヘンデルはローグットを睨みつけた。


「いやだな、仕事ですよ」


「ローグット、顔見知りか?」


ローグットは罰が悪いと視線を逸らしながら、ポツリと呟いた。


養父オヤジですよ」


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