第4話 そして勇者は夢を見る その10

 轟々と音を立てて竜巻が渦巻いていた。

 竜巻は一つでは無かった。


 砂が渦巻き形となった竜巻があった。

 水を巻き上げ一筋となった竜巻があった。

 燃え盛る炎の竜巻があった。

 真っ黒な雲と奔る雷で出来た竜巻があった。


 四本の竜巻は、よじれうねり、そして咆哮を上げる。

 竜巻の先端にはドラゴンの頭がついていた。

 砂嵐の、水の、炎の、雷のドラゴンだった。


 不定形の四つ首のドラゴン。

 それが、牙を剥き、ルークを睨む。


「『|嵐龍≪ドラゴネード≫』か。そのまんまだな」


 ルークは呑気にそんな事を呟いた。

 呟くと同時に、自ら穿った穴から身を投げる。


 |嵐龍≪ドラゴネード≫のいる場所は、ひどく巨大な空間だった。

 一階層をそのままぶち抜いたような巨大な玄室。

 周囲は強風が吹き荒れ、床上は分厚い砂丘になっている。

 天井は青く輝いていて、ここがダンジョンの中と知っていなければ、どこかの砂漠にでも迷い込んだのかと思うだろう。


 青い天井にぽっかりと空いた穴から飛び降りるルーク。

 炎の龍が落ちるルークに頭を向ける。


 じりじりと焼ける空気の匂いが漂う。

 炎の熱が皮膚を焦がすようだった。

 真っ赤な光に照らされて、ルークの顔がにやりと歪む。


「【術技:光破乱舞陣】」


 ルークが剣を振り下ろす。


 炎の龍が火炎の吐息を吐いた。

 燃え盛り、渦巻く炎はルークの身体をたやすく覆い尽くす程に巨大だった。


 その炎の吐息が、爆裂する光に切り裂かれて消えた。

 吐息ごと、炎の龍の頭部が二つに割れていた。

 四方八方に飛び出した光の剣が、それぞれに意志があるように、光の軌跡を描いて飛び交う。


 ざくざくざくと、砂嵐の龍を、水の龍を、雷の龍を、光の剣が貫通し、切り裂いた。


「こいつで一丁上がり……」


 ルークはふわりと砂の上に立つ。

 大きな塔よりも遥かに高い場所から落ちても、傷の一つもついていなかった。


 剣を掴み直し、見上げる。


 砂塵を巻き上げる巨大な竜巻は、いまだそそり立っていた。

 切り裂かれ、宙に散った炎と水と黒雲が、砂嵐の竜巻に吸い寄せられて、やがて竜巻の龍として顔を出す。


「……ってわけには行かないか」


 ルークがぼやく間に、四つ首の竜巻の龍はすっかり元の姿に戻っていた。


「こういうのは、元を叩かないとダメなんだよな」


 ルークは周囲に目を向ける。

 敵も地形も見る必要はない。

 ただ、浮き上がる【窓】を見るだけでいい。

 すぐに目標物は見つかった。


「……はあ。階層そのものが魔物なのか。そういうのもあるんだな」


 階層に吹き荒れる巨大な嵐。

 それが|嵐龍≪ドラゴネード≫の本体だと、【窓】が表示していた。


 階層の空間そのものが一体の|嵐龍≪ドラゴネード≫であり、一つの別の世界であり。

 目に見える四本の竜巻は、|嵐龍≪ドラゴネード≫の腹の中に生えた付属器官の一つに過ぎなかった。


「って事は、空間そのものを潰さないとダメか……」


 四本の|嵐龍≪ドラゴネード≫の首が鎌首をもたげる。

 牙を剥き、魔力を込めた目が光る。

 最大威力の攻撃を、一斉にルークに向ける。

 そのつもりのようだった。


「じゃあ、これか――【術技:超重闇黒洞刧閻撃】」


 闇が現れた。

 ルークの掲げた剣が漆黒に包まれた。

 付近の景色が歪む。


 轟々と音を立て、|嵐龍≪ドラゴネード≫と異なる嵐が吹き荒れる。

 ルークの掲げる闇に向かって、空気が、砂塵が、炎が稲妻が。光さえもが吸い込まれる。

 恐れたように|嵐龍≪ドラゴネード≫が身をよじり、そのまま闇に吸い寄せられる。


「――断――」


 ルークの振るう剣。

 はたしてそれは剣だったのか。

 闇の塊が通り抜け、通り抜けた先にはなにもない。


 砂も炎も水も稲妻も。

 空間すら存在しなかった。


「……これ、ちょっとダメだ。色々と」


 ルークが呑気に言って。


 そして、『なにもない』に、空気と砂と空間が押し寄せる。

 階層そのものが形を変えて歪んだ。

 びしびしと音を立ててダンジョン自体が押し曲げられる。

 異界と化した第十三階層そのものが、ねじれ身を捩りながら、『なにもない』に巻きとられていく。

 |嵐龍≪ドラゴネード≫だったそれが、空間の竜巻に巻き上げられ、喰らい尽くされて。

 それでようやく、『なにもない』は閉じて消え失せた。


 巨大な階層だった空間は、さして広くも無い小部屋に変わり。

 その壁も天井も見る間に砕けて瓦礫に埋まり。


 存在していたものは、すべてが砕けて割れて消滅し。

 そして、ルークだけが無事だった。


「いつもこれくらい静かだといいんだけどな」


 崩れ落ちる瓦礫を自動的に発動する【術技】が弾き飛ばす。

 ぴょんと一跳びして、自分が穿った大穴へと戻る。


 周囲には一面の闇。

 目障りな【窓】の一つも視界には無い。

 ダンジョンを攻略した時は、これほど静かになるのかと。

 安らぎすら感じた。


 四階層をぶち抜いた直通通路を歩いて戻る。

 目障りなものが見えないのは、なんとも快適だとルークは思う。


 歩き、上り。

 ふと、足元に気付く。


「……なんだ?」


 【窓】があった。

 よく見ないと気づかないほどに小さい窓。


「……お前か……」


 アリアが地面にうずくまっていた。

 その【窓】は目に見えない。

 いや、その姿を確認し、直接見ようと思えば【窓】は浮かび上がってくる。


 ただ、ルークそう思わない限り、【窓】は消えたままだった。

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最強勇者を倒すため。ボクは邪剣に手を染める はりせんぼん @hally-sen

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